第34話 男の友情
私は呼吸を整えて冷静さを保つ。転移魔法でルークス王国の王都まで一瞬で移動し、ウルフィリアギルドまで足を運ぶ。
王都は一昨日の騒動の影響か、魔物への警備が厳重になっていた。上空からやってくる魔物への警戒を強めており、魔法使いや魔道具を保持した騎士達が何人も待機している。空を飛んで戻って来ていたら、私は蜂の巣にされていたかもしれない。
私はウルフィリアギルドのギルドカードを騎士に見せ、問題なく検問を通り王都内に戻った。その後、ウルフィリアギルドに迷わず直行した。
ウルフィリアギルド内に入ると冒険者たちが何人も待機しているのが見て取れる。攫われた生徒の捜索依頼が掲示板にでかでかと張り出されていた。依頼を出したのはコルトの両親か、はたまたエルツ工魔学園か。どちらにしろ、多くの冒険者たちが渋っているのは確かだ。
何しろ、魔王関連の可能性があると感づいているから。多くの冒険者たちが魔王なんかに拘わりたくないと言わんばかりの腰抜けだった。
私は誘拐された青年の捜索という依頼すら受けられない腰抜け冒険者たちに魔王の討伐を任せようとしていたようだ。
ウルフィリアギルドのギルドマスター室の扉を叩き、返事を待たずに入り込む。
ギルドマスターのルドラさんは仕事机に突っ伏していた。もう、干し肉かと思うほどげっそりとやせ細っている。
隣で至急集めた冒険者の情報が記載された書類をひっきりなしにめくっているカイリさんもいつもの冷静さはなく、服装が乱れている。
「き、キアス……」
ルドラさんは天から舞い降りてきた天使に会ったのかと思うほど目を見開いていた。頬が痩せこけているためより瞳が大きく見える。高級な椅子からゆっくりと立ち上がり、私が幻ではないことを確かめようとしているのか、老人のような速度で近づいてくる。
長々と話す気もないので、簡潔に言う。
「私がコルトを助けに行きます」
それまでの間、魔物が王都を攻めてきても私は王都を守れない。そのため冒険者たちに王都の周りを巡回させておくように伝える。何もしていないと、ウルフィリアギルドの看板に傷がつくだろうから。
「あぁ、あぁ、ああ……。あうあぅあうあ」
ルドラさんが赤子になったのかと思うほど、喃語を口にしながら近づいてくる。気持ちが悪いので蹴り飛ばしてしまおうか。
「き、キアスさんは攫われた青年が生きていると思っているんですか?」
カイリさんはルドラさんの動きを止め、椅子に再度座らせてから訊いてくる。
「おそらく、生きています」
確信は無い。でも、コルトはそう簡単に死なないって信じている。
今回の騒動で攫われた者はコルトだけ。わざわざ彼を攫う理由がないから、相手は何かしら理由があって攫っているはずだ。
「殺したいなら、わざわざ攫う必要もないでしょう」
「なるほど、確かにそうですね」
「あと、騒動を起こした魔人は私が始末しました。その者から得た情報によると魔王が私を狙っているようです。私が魔王に会って攫った青年の話を聞いて戦う必要があれば、戦ってきます」
「なっ、キアス一人で行くつもりか! 魔王のもとに一人で行くなど危険すぎる!」
ルドラさんは生気を取り戻したようで、机に手の平を叩きつけながら声を張り上げていた。王都が襲われてイラ立っているのか、はたまた興奮してしまっているのか。いや、私を心配してくれているのだろう。
「青年の捜索という依頼すらこなせないような腰抜け冒険者たちを連れて行っても足手まといですから、一人で構いません」
「うぐ……」
ルドラさんは心臓発作でも起こしたのかと疑うほど、顔が険しくなる。腰抜けの言葉を受けて、大きなダメージを負ったようだ。
ギルドマスターとしてこの部屋で多くの冒険者にコルトの捜索や魔王の討伐の依頼を頼んだのだろう。だが断られ続け、瀕死になっていた。そんな彼に私が最後の一撃を放ってしまったらしい。
「キアスさん、シトラ学園長はコルトくんだけではなくあなたの心配もしておられました」
カイリさんの口からエルツ工魔学園の話が出てくると、身が固まる。なにを言われるのかと身構えてしまっていた。
「仕事の基本は報告、連絡、相談。学生だとしても大切な内容です。どこをほっつき歩いていたのか知りませんが、無断で休むのは罰則だそうですよ。申し訳ながら、私たちはあなたの心配をほとんどしていませんでしたが、あなたは今もエルツ工魔学園の生徒のようです。仕事をこなす時はシトラ学園長の許可を取ってからにしてください」
「うぅ、わかりました」
どうやら今の私は生徒だから、冒険者ギルドではなく学園に許可を取らなければならないようだ。今、シトラ学園長に会うのは気が引ける。
無断で魔王城に向ってしまおうかと考えたが、もしかしたら会えなくなる可能性もあるため、今までの感謝と謝罪を述べに行くと決めた。
コルトが攫われてしまった理由は恐らく私にあるだろう。だから、私が責任を取らなければならない。今回ばかりは逃げるわけにはいかなかった。私が逃げてしまえば、コルトに二度と会えないかもしれない。それは死ぬよりも嫌だ。
「キアス、こんな時に言うのも変かもしれないが、春のころよりずいぶんと変わったな」
「そ、そうですか? 私も成人してやっと大人の色気が出てきましたかね」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「ルドラ様、キアスさんは一応女性ですよ。女性が短期間で大きく変わるなんて、あれしかないじゃありませんか」
「あぁ、そうか。そういうことか!」
ルドラさんとハンスさんに何か感づかれてしまったようで、私の頬は妙に熱くなってしまう。
「キアス、ようやく友達ができたんだな。そうかそうか、ずっと独りぼっちだったもんな」
ルドラさんは腕を組み、何度も頷きながら笑っていた。
私は変に緊張していたのがバカらしくなり、さっさとギルドマスターの部屋から出てエルツ工魔学園に向かう。
エルツ工魔学園は魔人カプリエルによって壊された厩舎や寮の建物を補習、改築、新設するようで多くの仕事人たちが作業に当たっていた。
エルツ工魔学園の生徒が何者かに誘拐されてしまったため、少なからず学園側に王都民たちからの非難が向けられるだろう。
ただ、騎士達の中にコルトに助けられた者がいたようで、コルトの意思で前線に出てきたため、生徒本人の責任でもある。まあ、指導の仕方が悪いとかいちゃもんを付けてくる輩もいるだろうな、と思いながら園舎の八階にある学園長室の前に私は立った。
ギルドマスターの部屋に入った時よりも体が硬い。呼吸が荒くなり口の中が乾燥してくる。前髪をかき上げてから大きく深呼吸して扉を叩き、中に入った。
シトラ学園長は大怪我を負っていたが、魔法による治療を受けたからか今は何の問題もなく椅子に座って仕事していた。地上の工事音は八階にほとんど響いてこず、森の中よりも静寂で変な汗が身に纏わりついていた。
「シトラ学園長、えっと、その……。無断で学園に戻らない判断を取ってしまい申し訳ありませんでした」
私は頭を深々と下げ、心から謝罪する。
「無事だったか。それなら何よりだ」
シトラ学園長はトイレに行きたいのかと思うほど急ぎ足で仕事を進めているように見えた。
「えっと、何をそんなに急いでいるんですか」
「一昨日の事件で、生徒を危険にさらしてしまった。今、その責任を取るために学園長の辞任の準備をしていたところだ」
「え……、いや、魔人がエルツ工魔学園に攻めてきたのは、私が無断で魔人を保護していたからで、シトラ学園長は何の罪もなくて、本当なら私が罰を受けなければいけなくて。私のせいで大きなご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。だから、辞任なんて……」
「キアスは何か勘違いしているようだ」
シトラ学園長は椅子から立ち上がり、私のもとに歩いてくる。長時間眠っていないのか、肌の調子は悪く目の下に濃いクマができていた。そのためか、表情が少し暗く見える。だが、私を恨んでいるように見えなかった。
「私やゲンナイ、パッシュ、ハンス、ライト、フレイ、学園の皆を守ってくれてありがとう。たとえ、キアスが原因だったとしても事態を収束させられなかったのは私の落ち度だ。学園長としての実力不足を感じたよ。私は私の責任の取り方がある。キアスは気にするな」
シトラ学園長は私にムギュっと抱き着いてくる。大きな胸の温もりは男とは違い、母性で溢れていた。母親に慰められているような感覚。久しぶりにこんな暖かい抱擁を受けた気がする。
おそらくシトラ学園長は学園長を辞任した後にコルトの捜索に向かおうとしていたのだろう。魔王と戦うことになったら、カプリエルにやられていた彼女では太刀打ちできるわけがない。なのに、誰よりも責任感が強いからか、コルトを探さずにいられないようだ。
私はシトラ学園長から離れ、彼女を無駄死にさせないためにもルドラさんにも伝えた内容を話した。
「シトラ学園長はエルツ工魔学園の学園長として生徒を守る責任があります。辞任してコルトだけに時間を使うのは責任逃れではありませんか?」
「……言ってくれるじゃないか」
「今、辞任してしまったら、コルトを見捨てるよりも多くの学生を見捨てることになるんですよ。コルトの件は私に任せてください。私が彼を連れ戻してきます。だから、私にコルトを助けに行く許可をください」
「はぁ……、私より強い奴に許可を求められるっていうのも変な感覚だな」
シトラ学園長は椅子に座り込み、禁煙と書かれている壁紙を眺めた後に、たばこを咥えて指パッチンで小さな火を起こす。紫煙を吐き、考え込むと一本吸い終わってから口を開く。
「無茶はするなよ」
「ありがとうございます」
私は頭を下げたあと学園長室から出るために踵を返した。
出入り口に近づいていくと床にローファーの踵を強くぶつけながら走っている音が聞こえる。扉が勢いよく開かれると息が上がっているフレイとライトが現れた。
「やっぱりキアスだったか。今まで、どこに行っていたんだ。心配しただろうが!」
「そうだよ! 寮に戻ってこないし、本当に心配したんだからね!」
フレイとライトはエルツ工魔学園の復興作業中に私を見つけたようだった。身を隠して行けばよかったと思ったが、見つかってしまった今、考えても遅い。
「今まで仲良くしてくれてありがとう。また、会えるかどうかわからないから、感謝の気持ちだけは伝えておくね」
私はフレイとライトを巻き込まないよう、必要最低限の会話だけを済ませて二人の間を歩いていく。彼らがゲンナイ先生とシトラ学園長の前に飛び出した時は彼らの成長をひしひしと感じられた。弟子が成長しているのに私は何をくすぶっていたのだろうか。
「キアス・リーブンがどんな奴だろうと、俺からしたら師匠みたいなもんだ。Dランククラスのクラスメイトで、共に高見を目指す学友でもある。勝手なこと言ってるんじゃねえよ」
「キアスくん、ぼくを助けてくれてありがとう。ほんと、凄くカッコよかったよ。ぼくの憧れそのものだった! きっとコルトさんを助けに行くんだよね。キアスくんなら大丈夫、どんな敵が相手でも絶対に負けないよ。ぼくとフレイくんは学園を直してキアスくんとコルトさんの帰りを待っているから!」
フレイとライトは私を引き留めるでもなく、背中を押すわけでもなく私の学友として弟子としてエルツ工魔学園で待っていてくれるらしい。男の友情ってやつだろうか。
私は何も答えず、学園長室を出る。八階の窓から飛び降りて魔法で姿を隠しながら飛行する。
「ザウエルちゃん、カプリエルちゃん、魔王城の場所を教えて」
「南に真っ直ぐ進め」
「そのまま、山や街を何個か超えてくださいっす」
私は二人の指示に従い、王都から魔族領に向かった。
――コルト、待っていて。必ず助けるから。
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