三幕

第35話 魔王城に潜入

 私は安全を度外視した超高速飛行で半日かけて魔族領と呼ばれるルークス王国と魔族たちが支配する国家の国境に到着した。

 魔王の影響があると考え、検問を受ければ確実に私の存在が気づかれる。そのため、魔法で姿をくらませたまま、国境を通過。だが、水の膜を通過したような感覚が頭のてっぺんから足先に広がる。


「な……、嘘っ」


 国境を通過した瞬間、私が発動していた身を隠す魔法や体を軽くする魔法、風を起こす魔法などが強制解除された。発動する前の魔法を解除するならまだ理解できるが、発動した魔法を解除するなど普通は不可能だ。しかも、私が魔族領からすれば北側から攻めてくると読んでいなければ事前に罠を仕掛けておくのも不可能。


「魔王、明らかにやり手だ」

「だから言っているだろう。魔王様は凄いんだって」

「魔王様に泣いて詫びれば許してもらえるかもしれないっすよ~」


 ザウエルとカプリエルは魔王が大好きといわんばかりに、私の不安をあおってきた。何事もなく魔王城に付ければそれに越したことはなかったのだが、そうもいかないらしい。私の姿が現れた影響か森の中から魔人と思われる者たちが飛び出してきた。


「あれは、二人の仲間?」

「こんなところに配置されているなんて知らなかったが、魔王様が配置しておいた部下だろう」


 魔人が森の中から飛び立つと同時に倍以上の魔物が空に現れる。明らかに、私を狙い撃つ作戦だった。私が来るってわかっていたような準備の良さ。魔人たちは一人もひるまずに私に迫りくるため、魔王への忠誠心が高いと見て取れる。

 準備段階だと魔王の方が何枚も上手だ。一筋縄で勝たせてもらえないのは明白。


「皆! 数で押しきれっ! 単体で戦おうとするな!」


 魔人は私の対抗手段まで計算済みだった。確かに複数で攻められれば、隙を限りなく少なくしても突かれてしまう可能性が上がる。魔王の配下になっている魔人が皆、ザウエルやカプリエルのような境遇だとするなら、殺すわけにもいかない。ただ、うまくあしらって魔王城に向かったとしても、増援が残っている状況は私にとって不利でしかなかった。


「ちょっと痛いのは我慢してよねっ!」


 私は自前の羽根ペンを外套の内側から八本取り出し、指の間に挟んで魔力をふんだんに込める。羽根ペンに私の魔力が纏わりつくと、天使の羽のように輝きが増していく。


「『電撃(ボルト)』」


 詠唱と共に展開された魔法陣に羽根ペンを入れ込み、電撃を纏わせた。雷ほど強くないが、人間のような生き物が今の羽根ペンに触れれば筋肉が痙攣して体が動かせなくなる程度に痺れる。時間稼ぎができればそれで十分。放たれた八本の羽根ペンは魔物や魔人を狙い、突撃していく。


 私は魔人や魔族の包囲網に空いた抜け穴に突っ込み、袋叩きにあうのを回避。戦いは常に一対一を意識するように師匠に教えられている。複数の戦闘の時も同じ。団体を分担させて、一人ずつ叩く。

 羽根ペンを操りながら、怯んでいる魔人や魔物を拳で殴りつけ、地面に叩き落としていく。増えすぎたコウモリを駆除している気分だ。それでも魔王の配下なだけあり簡単に前に進ませてくれない。鍛えられている分、普通の魔物より明らかに戦いづらい。


「魔王と戦う前に魔力切れになったら魔王に勝てるわけがない。どこで引き上げるのが正解か見極めないと」


 私の魔力量は普通の者よりだいぶ多い。それでも、長時間の飛行と戦闘が続けばいずれ魔力が尽きる。通常の状態で魔王と互角なのだとしたら、体力を少し削られるだけで私の勝ち目が見えなくなってしまう。

 休憩したい気持ちは山々だが、すでに私の侵入が魔王に気づかれている。悠長に休んでいたら体勢を整えられてコルトの奪還が不可能になりかねない。

 超短期決戦が、私の勝利条件。たとえ、魔王が倒せたとしてもコルトが無事でなければ、私の負けなのだ。コルトさえ奪還すれば、転移魔法で王都まで戻り体勢を立て直せるはず。

 私は羽根ペンの耐久度が落ちて来た頃を見計らい、八本の羽根ペンを爆発させて黒い煙幕を上空に大きく広げる。


「キアス、うちが囮になってやってもいいぞ」

「そう言って上手く逃げる気じゃないの」

「うちはキアスの寝室にわざわざ捕まりに行ったような奴だ。もう、キアスの拷問無しの生活は考えられない。それに、あいつらを危険な目に負わせたくないんだ」


 ザウエルは仲間思いのようで、私に撃ち落されるより自分に引きつけた方が安全だと考えたようだ。確かにその方が私も魔力の温存ができる。ただ、ザウエルをどこまで信用していいのか。彼女が魔人を引き連れて魔王のもとまで舞い戻ってくる可能性もゼロではない。


「わかった……。出来るだけ引き付けて。でも、途中までは羽根ペンの姿で」


 羽根ペンの状態なら魔人も仲間を上手く感知できない。加えて、ザウエルもすぐに裏切るのは不可能。異空間から私が羽織っている外套と同じ品を取り出し、ザウエルの羽根ペンに纏わりつかせ、黒煙内から勢いよく放った。

 何者かの移動に反応した魔人や魔物たちが私の白い外套を追っている間、ゆっくりと低空に移動し、カプリエルの指示に従って魔王城を目指す。


「キアスさん、ザウエルに囮役をまかせてよかったんすか?」

「私はザウエルと少しの間一緒に暮らしていた。その間、彼女は悪い奴じゃなかった。私を騙すためだとしても仲間のために行動を起こしたいと願った彼女の思いは嘘じゃないってわかる」

「あんまり信用していると、足下を掬われるっすよ。所詮、おれたちは魔族と人間。昔から争ってきた間柄っすから」

「でも、二人共、根っから悪い奴に思えないんだよね」


 私はザウエルが魔人と魔物を引き付けている間に、距離を大きく稼ぐ。数分で魔王城のような建物が岩山の崖に見えた。その瞬間に一時停止。おそらく、国境付近に仕掛けられていた魔法と同じ魔法が仕掛けられている。このまま、私が突っ込めば私の姿はまた魔人たちに気づかれるだろう。


「はぁー、仕方ないっすね。じゃあ、つぎはおれが囮になってあげるっすよ」

「カプリエルちゃんが私の代わりに魔人と戦ってくれるっていうの」

「さっき、ルークス王国を襲った魔人は倒したって言ってくれたっすから、これくらいの役割なら請け負うっすよ」


 よく考えれば私は罪人を庇うような行為をとってしまっていた。倒したのは嘘ではないが、殺しているわけではない。ルークス王国やエルツ工魔学園に大きな被害を出していたら、カプリエルに何かしら罰が与えられていたはずだ。でも、私のおかげで彼女は罰を受けずにすんでいる。その恩返しとでも言いたいのだろう。


 私は外套の裏からカプリエルを変形させた羽根ペンを取り出し、彼女を元の状態に戻した。私が羽織っている外套を彼女に巻き付け、彼女を背負うようにして飛ぶ。

 やはり、魔法効果が解除される魔法が発動し、透明だった私たちの姿が空中に現れる。その瞬間、私だけ姿を再度消し、カプリエルはフードを深くかぶって現れた魔人たちを相手してもらった。彼女に私の魔力を纏わせているため、カプリエルだと簡単にばれないはずだ。

 魔人や魔物たちはカプリエルの方に攻撃を仕掛けていく。やはり同族だと気づいていない。


 カプリエルは優秀な魔人らしく簡単にやられる素振りは見えなかった。それでも、数の力は偉大だ。大勢を相手にして一時間持つかどうか。


「さっさとコルトを助け出さないと」


 魔王城は巨大だった。もう、エルツ工魔学園の園舎よりも巨大かもしれない。こんな建物の中からコルト一人を見つけ出すのは簡単ではない。城の中にある牢屋か、どこかに縛られた状態で隔離されているか。魔王に聞きだすのが一番手っ取り早いが、そうなると戦闘は避けられない。


 私は王城の中に入り込む。魔人の護衛はいなかった。全員が私を迎撃するために出払っているようだ。そう考えると魔王は自分の実力にゆるぎない自信があるらしい。

 私と一対一の勝負を所望しているのか。逆に一対一なら、私にも一縷の望みが残されている。


 人を探す魔法という便利な魔法はない。魔王城の中をひたすら走り回ってコルトを探す。魔王とはちあったら、その時はその時だ。ともかく、誰とも戦わずにコルトを救出できるのが理想だ。

 時間を費やしていると、外に出ていた配下たちが戻って来てしまう。そうなれば、私は袋叩きに会い死ぬだろう。その前に気持ちをコルトに伝えなければ、死んでも死にきれない。


 魔王城の中を探し回ったが、コルトは中々見つからなかった。魔人たちが仲睦まじく生活しているだけの場所なのではないかと思うくらい施設が整っている場所だと知れただけだ。

 学園長室のように質がいい扉の前に立つ。おそらく王の間に繋がっているのだろう。この奥にコルトがいないなら魔王に直接聞きに行くしかない。まあ、王の間に魔王がいるかもしれないが。


 私は扉を蹴破り、不意打ちを食らう前に内部に入り込む。広い空間で、礼拝堂のような縦長の部屋だ。天井も高く、前魔王が設えさせたと思われる質のいい細工が施された外壁が見事だった。


 王座の背後に施されているステンドグラスの下に一人の青年が張りつけにされている。意識を失っているがコルトで間違いない。


 黒曜石で作られたような漆黒の王座に座るのは、白い外套を身にまとった一人の女。細い指先を肘起きに当てながら、コツコツと音を鳴らしている。デカい胸、括れた腰、真っ白で長い脚は組まれておりサンダルから見える足先の爪まで女の色気を纏っている。長い金髪がステンドグラスから差し込まれる陽光に照らされ、魔王と言うより聖女と言ったほうがしっくりくる存在。


 ただ、私は魔王を見て、一瞬で戦意をそがれた。

 なぜそんなところに彼女がいるのかという訳がわからない疑問と、勝てるわけがないという二つの意味で。


 私が絶句していると、王座に座っていた者は上段から私を見下ろしてくる。

 その目つきは、魔王と言われても納得できるほど鋭い。加えて彼女から発せられる威圧感は、今まで感じた覚えがないほど強烈で、熱風を眼前から受けているようだ。立っているだけで体力がすり減っていく。冷や汗が止まらず、腰が抜けそうになっていた。もう、失禁していないだけ褒めてほしいくらい気張っている。

 今、立っていられるのは魔王の奥にコルトがいるから。ただ、未だに魔王の意図が読めない。

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