第22話 オーガ

 多くの生徒の前で表彰された私はエルツ工魔学園の生徒たちの模範になってしまった。だが、私が思っていた以上に生活に変わりはなかった。Sランク冒険者がDランククラスにいるわけがないという考えが私と『黒羽の悪魔』を乖離してくれているらしい。ただ、以前より明らかに疑いの目が増えた。エルツ工魔学園にいられる時間は長くないかもしれない。


 私がエルツ工魔学園に入学してから三カ月近くが経ち、六月の後半。前回の実習でオークに襲われた私達は実習場所を変え、別の場所で再度実習を執り行っている。


「く、な、なんでスライムなんかに」


 フレイは体がゲル状のスライムに捕まり、身動きが取れない状態になっていた。直径二メートルほどもある大きなスライムに体を拘束され、息苦しそうだ。


「う、うぅ……。ぬ、ぬるぬるが体を這って気持ち悪いよぉ……」


 ライトもフレイと同様にスライムに捕まっていた。ライトは男なのにそこら辺の女子より可愛いので、とても破廉恥だ。


「お、俺はスライムごときに、負けられん」


 フレイは体を動かそうとするがスライムの拘束が強くなっていくばかり。ぬるぬるの触手がフレイの鎧をべりべりと剥がしていき、鎖帷子が露出する。


「やっ……。そ、そんなところ、入ってこないで……」


 ライトは冒険者服の中にスライムの触手が入り込んできて、涙目になりながら震えている。全身が巨大なナメクジに這われているような感覚を味わっているだろう。


「えへへ、えへへへへ……」


 私は禁断の書を開き、創作意欲を掻き立てられて書きなぐる。


「おい、キアス! さっさと助けろ!」


 怪我がすっかり治ったゲンナイ先生は遠くから私に叫んだ。


「はっ……。す、すみません。すぐに倒します」


 私は羽根ペンを操り、先端をスライムの核に直撃させる。すると、核が壊れ大きなスライムは体を維持できなくなり、水のように溶ける。


「す、スライムに負けるなんて、く、屈辱だ」


 全身がぬるぬるになったフレイは息を荒げ、地面に倒れていた。すぐに起き上がれないくらい疲れているようだ。


「も、もぅ、嫌ぁ……。スライム、きらぃ……」


 ライトも地面に倒れ、布製の服が軽く溶かされていた。ライトのすべすべの肌が露出し、見た目が女の子のそれ。熱った肌と潤んだ瞳が色っぽく、下半身を一生懸命隠そうとして背中を丸めている仕草が厭らしい。


「良いね、良いね、その顔、その仕草、私にもっと見せてっ!」


 私はドロドロに塗れている二人の姿を見ながら禁断の書を書いていく。

 フレイとライトは目を細め、私の方を見てきた。そのまま、立ち上がり私に向ってくる。


「え、ちょ……。ちょ、ごめ……」


 私は嫌な予感がしたのでさっさと逃げる。捕まったら、どうなるか想像できてしまった。


「キアスもスライム塗れになりやがれっ!」

「ぼく達ばかり酷い目に合っている気がするんだけどっ! キアスくんもぬるぬるになって!」


 フレイとライトは逆切れしながら私に向って液体になったスライムを投げてくる。

 残念だが、私はSランク冒険者だ。素人の投げたスライムなんかに当たるほどドジではない。そんな人間がSランク冒険者になれるわけが……。


「げふっ!」


 私は小石に躓き、倒れ込んだ。その後、二人の蛮族に捕まり、辱めを受ける。


「うう……。ひ、酷い……」


 私はスライム塗れにされ、服を軽く溶かされた。股を閉じ、胸を隠すように腕を乗せ、身を縮める。


「なんか、キアスがエロく見えるんだが」

「な、なんでなんだろうね。キアスくんは男なのに」


 フレイとライトは私のぬるぬるになった姿を見て少々引いていた。

 私は水属性魔法で体を洗い、ボロボロになった外套を残念に思いながら叩く。同じ品を何着も持っているからいいやという結論に至り、見えたら恥ずかしい部分は隠れていたので実習を継続した。


 先ほどまで遊んでいて気付かなかったが思ったよりも魔物の数が多い。小隊がウォーウルフやオークに襲われ、ゲンナイ先生が何度も何度も動く。なぜ、ここまで魔物の数が多いのか謎だった。

 ルドラさんが言っていた魔王の噂が、現実味を帯びてくる。


「う、うわあああああああああああああっ」


 木々が叫んでいるかのようなざわめきと共に、生徒の悲鳴が聞こえた。


「くっ、やはり魔物の数が多い。これは異常だ」


 ゲンナイ先生は悲鳴がした方に全力で走りだす。実習が始まってから常に全力稼働だった。

 気になった私は小隊を組んでいるフレイやライトからこっそり離れ、ゲンナイ先生についていった。


「グオオオオオオオオオ……」


 ゲンナイ先生の前にいたのは頭部から二本の角が生えたオークの上位種、オーガだった。ぶくぶく太った不衛生な姿が特徴的のオークと違い、オーガは全身が筋肉の塊になり力が増した個体だ。

 人間がオーガの攻撃を真面に食らったらひとたまりもない。三メートル近い巨体から生み出される攻撃の威力は大木を小枝のように軽々とへし折ってしまうほど。


「この実習が終わったら、絶対辞めてやる……。シトラ学園長に何を言われようと絶対に辞めてやる!」


 ゲンナイ先生も私と同じように仕事を辞めたいと思っていた。まあ、こんな激務なのに給料が上がらないんじゃやってられないよね。そんな激務の中、自分の仕事を投げ出さずにこなす責任感の強さはやはり元近衛騎士だからだろう。


 オーガは自分で作ったとは思えない大剣を手に持ち、臨戦態勢を取っている。生徒達は死んでいないが、オーガの近くで気絶していた。


 私は目立たないようにしなければいけないのに、ゲンナイ先生だけでは手が足りないと思ってしまった。このままだと、ゲンナイ先生はまた怪我するかもしれない、生徒も死ぬ可能性がある。私がいる手前、そのような状況になったら……気分が悪い。


「ゲンナイ先生、私がオーガの周りにいる生徒を避難させます。その間にゲンナイ先生はオーガに対処してください」


 私は気絶している生徒たちを魔法で軽くし、羽根ペンを使って回収していく。


「助かった。これで大分動きやすくなる」


 ゲンナイ先生は剣の柄を握り、左脚をじりじりと下げ、剣を構える。

 オーガとゲンナイ先生は見つめ合い、停止していた。その間に生徒の回収は完了し、この場にいるのは私とオーガとゲンナイ先生のみ。生暖かい風が吹き、梅雨のジメジメとした嫌な湿気が肌に張り付く。

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