第21話 表彰
「う、うぅーん、ふわぁー」
私はあたかも今起きたかのように目を覚ます。
「あ、あれぇ。私の部屋になんでコルトさんがいるの……」
「き、キアスくん。お、起きちゃったのか。言いにくいんだけどここはキアスくんの部屋じゃないんだ。Sランククラスの寮で私の部屋なんだよ」
「えぇー、そ、そうなの。た、確かに周りを見たら全然違う。ご、ごめん、仕事続きで疲れちゃってたみたい。あはは……」
「外套が濡れてたから洗濯しておいた。今、下着姿だと思うからこれを着て」
コルトは乾いた外套を私に手渡して来た。洗剤の匂いがする。とても高級な洗剤の匂いで嗅いだ覚えがない香りだった。
「コルトさん、良い洗剤を使っているんだね。凄く良い匂いがするよ」
「普通の洗剤だよ。えっと、その。私はキアスくんの下着姿を見てしまったんだ。ごめん。帰って来たらキアスくんがベッドの上にうつ伏せで眠っていて」
――この反応、私が女だと気づいてないっぽい。よかったよかった。
私はシーツで身を隠しながら外套を羽織る。さっき、コルトに抱き着かれていた時のような香りが周りに纏わりついた。
――く、この匂い、嫌いじゃない。むしろ好き。
ショートパンツも受け取り、履き直した。
「私がいない間、コルトさんは生徒会の仕事を頑張ってくれたと思うし、その料金だと思えば私の体なんて安い安い」
「い、いや。安くないよ! お尻なんて女の子の膨らみそのもので綺麗だった……って、私は何を言っているんだ。ご、ごめん。忘れてくれ」
コルトはあたふたしながら首の後ろを何度も触り、顔が赤くなっていく。視線が彷徨い、じっとしていられない様子だった。
――わ、私の体が綺麗だった?
「う、嘘だぁ。私のぺったんこな胸とお尻が綺麗なわけないでしょ」
「いや、体の曲線が麗しい妖精と同じだ。キアスくんの整った顔立ちと合わさったら綺麗以外言い様がない。男にこんなことを言うのもなんだけど、す、すごくエロかった」
コルトは何でも口にしてしまう性格なのか後で思い出したら完全に自滅する発言を連発する。
「え、エロい。わ、私が……。こ、こんなちんちくりんな私が……」
私はコルトに言われた覚えのない言葉を何個も言われた。その度、血が通っているのもわかるほど皮膚がじんじんして顔や耳が熱くなっていく。
SSランクの冒険者に任命すると言われた時の何倍も、心が弾けそうになってしまう。
「ご、ごめん。じ、自分でもわけわからないことを言っているのはわかっている」
コルトは生徒会室でパッシュ先輩とハンス先輩の言い合いを長い間聞かされて頭がどうにかしているのかもしれないとか、不快に思ってたらどうか許してほしいとか、声を震わせながら早口になっていた。
「キアスくんにまで嫌われてしまったら私は学園での生活が苦痛になってしまう」
コルトは私の手を握って今にも泣きだしそうになっていた。親に捨てられる子犬のような、うるうるとした瞳が向けられる。
――か、可愛い……。
いつもは凛々しく頼りがいのあるコルトだが、孤独に弱いのか私にくっ付いてくる。
私に言い寄ってくる男なんて、私の強さを利用するためのルドラさんくらい。生まれて初めて私の強さ以外の部分で頼られている気がした。
「私はコルトさんを嫌っていないよ。逆にありがとう。コルトさんが私を起こさないでいてくれたから疲れを癒せました」
私は泣きそうなコルトにそっと抱き着いて背中をさすってあげる。恥ずかしいのはコルトのはずなのに、私の心臓も妙に高鳴ってしまっている。これが母性というやつだろうか。
「前々から思っていたけど、キアスくんは母性みたいな優しさまで持ち合わせているよね」
コルトは私の背中に手を回し、抱き着いてくる。見た目よりも子供っぽい。普段は周りから舐められないようにするために、見栄を張っているのかもしれない。
「コルトさんは案外子供なんだね」
「ご、ごめん。母が厳しい方で、このように甘えられなかったから」
「よしよし、コルトさんは良い子だねぇ~。偉い偉い、頑張ってる頑張ってる」
私はコルトの後頭部を撫でて安心させる。
コルトは私に抱き着きながら軽く泣いていた。なぜ泣いているのかわからないが、日ごろの鬱憤が溜まっていたのだろう。
「えっと、キアスくんは早くDランククラスの寮に移動するんだ。朝なら皆、食堂に移動している。別の道を進めば遭遇する可能性が低い」
私は禁断の書を抱き、コルトの部屋から食堂を通らないように寮を出た。すると、簡単に脱出できた。
「入るのも脱出するのもチョロいな。まあ、男子学園の寮に入ろうとする変質者はそうそういないだろうし、警備が薄いのかな?」
私はDランククラスの寮に向かった。朝から鍛錬しているフレイとライトの姿が見える。
「お、頑張っているね」
「キアス……。無事に帰って来たのか」
「キアスくん、お帰りなさい」
フレイとライトは私の姿を見て、鍛錬を止め挨拶してきた。
「うん、やっと仕事が片付いてね。学園の講義に出られるようになったよ」
私は講義をこなしている教授に届けを出しているので講義を休んだということになっていない。まあ、有給みたいなものだ。実際は仕事しているけど。
「そうか。まあ、試験でいい点を取れるように頑張れ」
「キアスくんは追試確定だね」
フレイとライトは満面の笑みのまま、私を憐れむような視線を向けてくる。
――あぁ、中間試験終わってた。
六月の中間試験はウルフィリアギルドの依頼を受けていたら終わっており、不完全燃焼。七月末の期末試験に良い点を取れるよう切り替えていく。ただ、放課後に大量の試験を受けることとなり、寝不足を解消していなければ完全に死んでいた。
☆☆☆☆
私が追試を終わらせたころ、シトラ学園長が直々に表彰したい者がいるらしく、全園生徒がエルツ工魔学園の闘技場に足を運んでいた。全園集会というやつか。観覧席に全園生徒が座ると空席がほとんどなくなり、生徒の多さが伺える。
私も観覧席に座り、中央に立っているシトラ学園長の姿を平然と眺めていた。なんせ、私に一切関係のない話だと思っていたから。
「今日、集まってもらったのは、ある生徒を表彰するためだ」
シトラ学園長が周りに大声を放つ中、生徒が何人もいるにも拘らず、私の方に視線を向けた。
「その者はDランククラスでありながら、大量発生したオークが蔓延る中でクラスメイトの捜索を自ら進んでこなし、巣を見つけ、単独でオークを撃破した。その者がいなければ多くの者が犠牲になっていただろう」
私はシトラ学園長の話を聞き、身に覚えがありすぎて体が固まっていた。どうしてそこまで知っているのかわからない。フレイやライト、ルドラさん、ゲンナイ先生の話を総合した結果、私が皆を助けたと結論づけられてしまったのだろうか。ルドラさんに聞いていたとしても、私がオークを倒したことくらいしか知らないはず。
わざわざ、多くの生徒の前で言いふらすなど何を考えているんだ。
「一年Dランククラス、キアス・リーブン。ここに来なさい」
シトラ学園長は私の方に視線を向けただけではなく、苗字まではっきりと言い放った。
「キアス・リーブンって『黒羽の悪魔』と同じ名前じゃなかったっけ?」
「ああ……、そうだな。だが、Sランク冒険者がDランククラスにいるわけがないだろう。別人に決まっているじゃないか」
「『黒羽の悪魔』は女って噂だし、男子しかいない学園にいるわけない」
多くの生徒たちがざわざわと会話し始める。私が思っている以上に『黒羽の悪魔』という通り名は王都の中で広がっている。その者と同じ名前と苗字を持つ者と言うだけで変な疑いがかけられるのは当然だった。
シトラ学園長はしたり顔で、私を手招きしている。今までバレないように頑張ってきたのに……、私の変装や努力が水の泡になりかけている。
止まっていても、終わらないため私はシトラ学園長のもとにすぐに移動した。
「シトラ学園長、これはいったいどういう意味ですか。なんでこんなことを」
「キアスは、エルツ工魔学園の生徒として誇らしい行いをした。それを表彰するのはごく自然のことだ。まあ、一種の宣伝でもあるが……、学園の失態を薄くするためにキアスの行いを表彰しないわけにはいかないんだ」
シトラ学園長は小さな声で、私を表彰する意図を教えてくれた。どうやら、以前の実習の時にオークに襲われたのは、ルドラさんの失態だが周りから見たらエルツ工魔学園の失態にも見えるらしい。その悪い評価を良い評価で塗り替えるために、私が使われたらしい。
「キアスはエルツ工魔学園の者全てが模範にするべき優秀な生徒であり、彼女……ではなく、彼のような勇敢な者はこれからの未来にいなくてはならない存在だ。皆も、キアスを見習い成長するように努めてほしい。では、皆でキアスに盛大な拍手を送ろう」
シトラ学園長が拍手し始めると、多くの者たちが手を叩き、闘技場全体が楽器のように共鳴して爆音が響き渡る。ただ、生徒を助けオークを倒しただけなのに。でも、それが皆にとっては凄いことらしい。
――じゃあ、今まで私がやってきた仕事ってどれだけ凄いことなんだろう。ルドラさんが言っていたように、本当に私にしかできない仕事だったんだろうか。
私が嫌々やっていた仕事は私にしかこなせなかったのだとしたら、私が仕事をこなさなければ多くの者が困ってしまうのも理解できる。
じゃあ、私が面倒臭がっているだけで多くの者たちが危険にさらされて、両親や村が魔物によって奪われた私のような思いをする人が増えているのだとしたら……。
「キアスにとっては些細なことかもしれないが、お前の行いは生徒だけではなく、騎士団や冒険者たちを間接的に救っている。あの規模のオークが暴れていれば、大きな被害が出ていたのは間違いない。お前の行動で多くの者が救われたんだ」
シトラ学園長は私の肩に手を置き、今までにないくらい優しい笑顔を向けてきた。もしかすると私がこなしていた仕事は私が思っている以上に大切なのかもしれない。
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