第16話 むごい命令
「キアス、四人抜きとは恐れ入った」
サンザ先輩はピンピンした状態で私に話しかけて来た。どうやら、殴られてさっさと退場したかっただけのようだ。
「キアスなら勝てるって信じてたぜ。さすがだな」
フレイは手を叩きながら私を褒める。いや、別に褒められるようなことをしたわけじゃない。
「キアスくん、すごくカッコよかった。もう戦い方がまるっきり『黒羽の悪魔』と同じだったし、やっぱりキアス君も冒険者に興味があるんでしょ。そうなんでしょ!」
ライトは目を輝かせながら私に話しかけてきた。同一人物だから戦い方が似通るのは仕方がない気もする。
「ちょ、ちょっとだけ、参考にしたかな……」
私は誤魔化すのが下手なのか、視線をそらすだけだった。
「では、決闘に勝利したDランククラスの方からBランククラスの方達に何かを要求してください」
「じゃあ、最初に戦っていた大柄の男は仲間に舌を絡ませながらキスしてください!」
私は羽根ペンと『禁断の書』を持ちながら目をかっぴらいて鼻息を荒くする。このために決闘を引き受けたといっても過言じゃない。この目で男同士のチュッチュが見られると思うだけで、鼻血が出そうになってくる。
「な。なんてむごい命令なんだ」
「ううぅ、そんな精神攻撃、考えただけでもぞっとする……」
「あの男、性格悪すぎだろ」
観覧席からの声がざわざわと起こる。だが、決闘で勝利した私達に命令権があるのだ。
「では、Bランククラスの方々、逃げたものを連れ戻し、命令に従ってください」
女性教員は一切の張著なく相手の男達に伝令した。
「くっ、は、はい」
男達は渋々命令を聞く。逃げた大将を引きずり戻し、私達の前にやって来た。
「く、くっそ、ど、どうして俺がこんな目に……」
大柄の男は隣にいた男の肩を持ち、顔を近づけていく。
「く、くぅ……」
両者は顔を青くしながら私の命令を遂行した。唇同士がくっ付き、全身が痙攣している。
両者共に嗚咽を吐く。大柄の男性にはまだ続きが残っている。あと二名だ。
「う、うう。なんてむごいんだ。Bランククラスのやつらが可哀そうに見えてきた」
サンザ先輩は相手の苦しむ姿を見て、冬山に取り残されたように震えていた。
「あんなことをさせたがるほどキアスはいらだっていたのか。こりゃあ、キアスを怒らせたら大変な目にあうぞ……」
フレイは私の命令に滅茶苦茶引いていた。
「あ、あんなキス、見たことないよ。男同士でなんて……、心が持たないよ」
ライトは泣きながら口を押え、相手の姿を見られないでいた。
「えへへ、エヘヘへ……。良いね、良いね。ほら、もっと楽しんで、今は凄い楽しいことをしているんだよ! 相手が滅茶苦茶大好きな子だと思い込んでさぁっ!」
私は鼻から血を流し、大きな声を出す。
その後、大柄の男は仲間全員とキスして全員撃沈した。
私を『白羽の天使』と言う者もいえれば、『白羽の悪魔』と言う者もいた。通り名が混ざり合ってしまい、複雑な気分だ。
普段の生活に戻っても私を見た男子は何をされるか恐怖し、離れていく。男子学園に入ったのに男子たちが逃げてしまった。そうなったらいったい何のために学園に通っているのか疑問がわいてくる。
男子のイチャイチャを楽しんでいたのは私だけだろうか。少々泣きたい気分になりながら『禁断の書』に様子を書いていった。
☆☆☆☆
上級生に吹っ掛けられた決闘を蹴散らして学園の生活に慣れて来た頃、私達は講義で習った技術を実践で身に着けるために、王都の外に位置するルークス森にやって来た。二年前ほどに冒険者がコボルトに襲われていた場所と同じだ。
「三人一組となり、魔物を討伐してもらう。気を抜けば死ぬぞ! 気を引き締めてかかれ!」
ゲンナイ先生は近衛騎士のころの鎧を身に纏い、いつも以上に気合いが入っていた。それだけ今の学生たちにとって危険な訓練なのだろう。
「討伐する魔物はスライムや一体のコボルト、ゴブリンに限定する。それ以外の魔物と遭遇した場合、直ちに逃げろ!」
「はいっ!」
Dランククラスの者達は大きな声をあげた。
服装はそれぞれ違う。騎士家系の者は鎧を着ている、剣士になりたいものは革製の防具に動きやすい薄手の服装。
持ち物がそろっていない場合、エルツ工魔学園の運動着に防具を付けるというダサい恰好で実技を受ける必要があった。なので、私は冒険者服を渋々着ている。
「キアスの服装、どっかで見た覚えがあるんだよな」
「俺も俺も。あんなカッコいい服、いくらするんだろうな?」
同じクラスの者達が私の服装を見ながらヒソヒソ話していた。
「キアスくん、その外套は『黒羽の悪魔』と同じでしょ。すごい、本当に本物みたいだよ! 良いなぁ~、ぼくも欲しいっ!」
ライトは私の服装を見て完全に言い当てた。いつも閉じている外套を今回は開き、内側に着ている服を見せるようにしていたが気づかれてしまった。
「え、えぇーっと、た、たまたまだよ……」
私は白々しく呟くことしかできなかった。『禁断の書』を書くことばかりに休日を使ってしまい、服を買いに行く時間が作れなかった私の落ち度だ。
ライトは小さい体を生かしたシーフのような軽装備かつ、動きやすい恰好。悪戯少年感が強い。でも、やっぱり可愛い。
「ライト、今は実習中だ。気を引き締めないと本当に死ぬぞ」
フレイはライトの襟首を持ち、姿勢を正させる。体が出来上がっているからか銀色の鎧を身に纏うと様になっていた。
「ご、ごめん。気を引き締めるよ!」
ライトは頬を数回叩き、凛々しい表情を浮かべる。だが、やっぱり可愛い。
「この場から半径一キロメートル圏内で魔物と交戦。その結果を随時報告! 制限時間は六〇分。時間終了と同時に指笛を吹く。それを合図に戻ってこい。なにかあれば俺にすぐに伝えろ!」
ゲンナイ先生は魔物や大型の動物を威嚇するように大声を出し、皆にしっかりと伝えた。
「了解!」
私達も声を出し、理解する。学園と言うより、騎士団とかの訓練に似ているかもしれない。
私とライト、フレイの小隊はとりあえず森の中を歩く。すると、魔物に早速遭遇した。体長が二.五メートルを超える大型の魔物が茂みから姿を現した。
「お、オーク。なんでいきなり」
フレイは顔を青くさせており、身が硬直していた。ゲンナイ先生の指示では、オークは討伐対象外。となれば、すぐに撤退しなければならなかった。
「フレイくん、早く逃げるよ!」
ライトは大型のオークに動じず、フレイの手を取り茂みに非難。何だかんだ言ってライトの方が冷静だ。
全身が緑色っぽいオークは私達を無視し、別方向に歩いて行った。
「す、すまない、ライト。いきなりの出来事で咄嗟に判断出来なかった」
「ううん、ぼくも怖かったけどフレイくんが前に出てくれたから動けた」
フレイとライトは茂みの中で手を繋ぎながら寄り添って呟いていた。
『ライトと手を繋いでいると、心臓がすごく苦しい……』
『え……、ふ、フレイくんも? 実は、ぼくもなんだ……』
「えへへ、えへへへ」
私は茂みの中に隠れながら『禁断の書』を取り出し、羽根ペンを使って頭に流れてくる文章を書き連ねていく。訓練のことはそっちのけ。だが、後方からオークの声が聞こえた。
「うわああああああああっ!」
他の小隊がオークと鉢合わせたのか、叫び声をあげる。
「もう、良い所だったのに……」
私は羽根ペンに魔力を流し、茂みからオークの頭部目掛けて投げる。魔力で操作し、木々の間を縫って飛ぶ羽根ペンは、勢いそのままにオークの側頭部に直撃。卵の殻に裁縫針が突き刺さったように羽根ペンが貫通した。白かった羽根ペンは魔物の黒い血液を吸い、黒く染まる。
「もう、あの羽根ペンは普段使いできないな」
私は手元に戻って来た黒くなった羽根ペンを燃やし、灰に変えた。私がオークを倒したころ、ゲンナイ先生が生徒たちの叫び声を聴き着けて颯爽と到着した。
「な……、もう倒されている。いったい誰が」
ゲンナイ先生は辺りを見渡していた。
私は見つからないように茂みに隠れたままの状態で待つ。数分経ち、私たちは茂みから出た。
「ライト、いつまで手を握っている気だ?」
「あっ、ごめん。フレイくんの手が大きくて安心できたからつい……」
ライトは手を握っていたことを忘れていたように驚くと、フレイの手をすぐに放す。
「さあ、気を取り直して私達も魔物を倒しに行くよ!」
「キアスはオークと遭遇したのにいつもより張りきっているな」
「でも、キアスくんの調子がいいなら普通の魔物に出会っても怖がる必要ないよ」
フレイとライトは、ウハウハ気分の私を見ていた。
少し歩き、一体のコボルトに遭遇した。狼が二足歩行しているような見た目の魔物で、群れで行動している時は危険だが一体だけなら今の学生でも問題なく倒せる。
「俺が攻撃を受け止める。その間に、キアスとライトは攻撃してくれ!」
フレイは一番に突っ込み、コボルトの持っている棍棒を剣で受け止める。
ライトは剣を鞘から引き抜き、両手で柄を持つ。「はあっ!」と声を出し、コボルトの側面から穂先を首に突き刺した。コボルトの首から黒い血が流れ、絶命する。
「よ、よし。倒したぞ」
フレイは緊張から解放され、呼吸を整えている。ただのコボルトを倒しただけに過ぎないが、学生たちからすれば、慣れない作業のようだ。
「うう……、魔物を始めて倒したけど、なんか気持ち悪いな」
ライトはコボルトの首を折った感触が残っているのか、手をぎゅっと握る。
「まあ、そのうち慣れるよ。魔石を抜き取ってゲンナイ先生のところに報告に行こう」
私達はコボルトの魔石を持って先ほどまでゲンナイ先生がいた場所まで戻る。すると小隊の半数が座り込んでおり、石造のように固まっていた。
「ゲンナイ先生、コボルトを討伐しました」
私は魔石をゲンナイ先生に見せる。
「キアス達の小隊は無事みたいだな」
ゲンナイ先生はコボルトの魔石などどうでもいいといわんばかりに、胸をなでおろしている。
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