第12話 女が苦手
「じゃあ、一人ずつ指導していく。それまで剣の素振り、または体を鍛えていろ」
ゲンナイ先生は闘技場にいるDランククラスの者たちの相手をこなしていく。
――一人一人に教えるなんてマメな人だな。
ゲンナイ先生は長い時で一〇分、短い時で一〇秒程度の指導をこなしていた。剣の握り方から応用まで幅広く、今の生徒に合った指導だった。その姿を見るだけで優秀な人だとわかる。
――あれくらい目が肥えているのなら騎士の教官にもなれるんじゃなかろうか。
私は剣の素振りをこなし、飽きたら体を鍛える。その繰り返しで指導されるのを待った。だが、私のもとに一向に来ない。結局私のところに来ることなく剣の講義は終わった。
「あの、私のところになんで来なかったんですか?」
「今のキアスに教える技術が特にないからだ」
ゲンナイ先生は一言だけで話を終わらせた。
実技が終わった後は放課後になり、生徒会の活動が開始される。パッシュさんにお願いされ、私とコルトは学園内を見回る。
「うーん、学園内の見回りなんて、意味があるのだろうか」
「学園で悪さしている生徒がいたら学園全体の評判が下がり存続が危うくなる。学園や学園に通う生徒の生活を守るためにも、生徒会がしなければならない大切な仕事だよ」
教師かと突っ込みたくなるほどコルトは意識が高い。生徒会の仕事自体に興味がない私としては非常に面倒臭い。できれば悪さしている生徒がいないようにと願ったが案外いた。
女性講師にちょっかいをかけている生徒や喫煙している生徒、女性の卑猥な写真が取られた雑誌を売買していた生徒など、多くの禁止行為を発見し、パッシュさんとハンスさんに報告した。
パッシュさんとハンスさんは迅速に行動し、適切な処置を施した。その間、私とコルトは生徒会室で部費の計算をこなし、生徒会活動は終了した。
午後七時ごろ生徒会室から出て、夕日が西門に沈む姿が窓から見える廊下を歩いていく。
「いやー、案外、規則違反を犯している生徒がいるんだね」
「が、学園にあんな破廉恥な雑誌を持ってくるなんてありえない……」
コルトは雑誌の中身を見たのか、珍しく赤面し、視線があちこち彷徨っていた。
「コルトはシトラ学園長とやりまくっているんじゃないの?」
「だから何もしていないって。確かにシトラ学園長は素敵な女性だけど、興味ない」
「へー、若々しくてボンキュッボンの完璧な体なのにー」
「まあ、確かに……。って違う、私は女にかまけている時間なんてない。ルークス王国のため、トルマリン家のため、愚直に実力を伸ばさなければならない」
コルトは握り拳を作り、はっきりと言った。向上心が他の生徒の比ではなかった。
「コルトはなんでエルツ工魔学園に来たの? もっと上のドラグニティ魔法学園に行けばよかったのに」
「その……、変と思われるかもしれないけど、私は女子が苦手で上手く話せないんだ。だから、どこにも女子学生がいないエルツ工魔学園に来た」
――いや、あなたの目の前に女子がいますよ。今、普通に喋れてるけど? あ、私は女として見られていないわけか。女子が苦手なコルトにすら気づかれないって私は相当溶け込めているんだな。
「じゃあ、女子が苦手じゃなかったらドラグニティ魔法学園に行けた?」
「推薦は貰っていたんだけど、どうしても行けなかった……」
コルトは両腕を抱え、寒さに凍える子猫のように物凄く震えている。
「そんなに女子が苦手なの?」
「私は長男なんだけど姉と妹が二人ずついて昔から嫌がらせを受けていたんだ」
「嫌がらせ……」
「風呂に入ってきたり、パンツを隠されたり、歯ブラシを盗まれたり、私に向って『コルトの意気地なし!』とか『お兄様のバカ!』とか罵倒してくるときもあって」
コルトの話を聞くだけでは判断しかねるが、悪戯好きな姉妹がいるようだ。
「あげくの果てに私を引っ張り合う始末。服が全て剥ぎ取られた時もあった……」
――好きな人に悪戯しちゃうってやつかな? なかなか不器用な姉妹だ。コルトがイケメンすぎるからか。
「だから大人の女性が好きなんだね。なるほどなるほど、シトラ学園長とか」
「ま、まあ、否定はしない」
コルトは視線を背けながら呟く。女が大嫌いという訳じゃないようだ。
「でも、同年代で仲がいい女子の一人や二人いた方が楽しいんじゃない?」
「どうだろう。女子と話したいと思わないからな」
「へー、そんな男子もいるんだね。じゃあ、男の方が好きってこと?」
「そういう訳でもない」
「はぁー、つまらないな」
「つまらないって……」
「こっちの話。気にしないで。じゃあ、私は鍛錬している同級生のところに行くから」
私はコルトに手を振り、軽く駆けながら広間に向かった。
フレイはライトの体に覆いかぶさっており、息を切らしていた。ライトはフレイに押し倒され、息を荒らげている。
――こんなところでイチャイチャして~。もう、ありがとうございますっ!
私は禁断の書と羽根ペンを取り出し、脳内にあふれてくる内容を書き出す。のってきた頃、私の存在に気づいたフレイとライトが近づいてきた。
「キアス、走り終わったぞ。次は何をすればいいんだ?」
「うーんと、ライトとキス……、じゃなくてライトと筋力を鍛えて」
体に筋肉をつけすぎても戦いにくい。でも、なかったら戦えない。体のどの部位がしっかりと使われているのかと理解しながら体を動かす。それだけでも全然違う。
フレイとライトは了承し、体を動かしながら筋肉をつける鍛錬をこなした。
私も混ざり、鍛錬を繰り返す。体を鍛えながら反復練習で基礎をガチガチに固めれば、問題なく戦える。二人が体の限界で倒れた後は私の回復魔法で少しだけ治し、また限界を越えさせる。自分の限界を三回越えたころ、鍛錬は終了した。
どちらも魂が抜けたような白い顔になっており、疲れ果ている。
「二人共、こんなところでへばっていたら襲われるよ。さっさと立って」
「うう……、キアスの鍛錬、容赦がなさすぎる」
「ほ、ほんとだね。でも、確実に効いている感じがする。キアスくんの鍛錬、辛すぎるけどこれくらいしないと変われないって、何となくわかるよ」
ライトは根性を出し、小刻みに震えながら立ち上がった。
「確かにな……」
フレイも気合いを絞り出し、ふら付きながら立ち上がる。
☆☆☆☆
学園に来てから一ヶ月ほど経ち、学生生活にある程度慣れて来た頃、フレイとライトは少しずつではあるが力をつけていった。
私は国が定めた休日という名の最高な制度に感謝しながら王都の中を巡っていた。
「いやぁー、王都は広いな。どこに何があるのか全然わからないよ」
私は二年間も王都にいたのに仕事漬けだったため土地勘が全くない。そのため、情報収集とネタ探しのために学園から出て繁華街にやって来た。
王都の繁華街は今まで見ていたところが田舎かって思うくらい栄えている。建物が大きくキラキラ輝いて見えてくるほど清潔感があった。
レンガ造りの建物が多く哀愁が漂い、昔からあるんだろうなと優に想像できる。繁華街で働くような人達は皆優秀な方達だろう。八日に二日ある休日にやってきているので子供連れや学生が多い。
私は私服を持っていないので制服を着て移動している。冒険者着でもよかったが、そうしたら私の存在を知っている人が見たら気づかれるので配慮しておいた。
チョコバナナを買い食いしながら繁華街を歩いていると、見覚えがある制服を着た男達が四名の女性に話しかけている。
「そこの可愛い子ちゃんたちー。俺達と遊んで行かない? 俺達、エルツ工魔学園の生徒なんだぜ。金を持っていて強くて超カッコいいだろ。なあなあ、俺達と一緒に遊べばかわいこちゃんたちも学園で人気者になれること間違いなしだ」
通っている学園を出汁に使い、自分の凄さを女性に見せつけていた。情けないったらありゃしない。
「ご、ごめんなさい、興味ありません」
女性達は男達の包囲をすり抜けながら歩いていく。まあ、そりゃあそうだろう。見ず知らずの男についていく女はいない。相手が超カッコよかったり、自分が好きな相手ならついていくかもしれないが、今見ているエルツ工魔学園の生徒は下心丸出しで、あまりにも品がない。
「いいじゃねえか、休日だし、暇だからここにいるんだろ。ちょっとくらい、俺らと遊んで行けよ。絶対楽しいからさ!」
エルツ工魔学園の生徒は女性の内、一人の手首を掴み、無理やり連れて行こうとした。
「はぁ。休日にも仕事をしないといけないなんて生徒会って面倒だな」
私はスタスタと歩いていき、男達の前に立つ。
「なっ。生徒会のコルトに引っ付いているガキ……」
男達の中で私を知っている者がいたらしい。話が速い。
「あなた達、相手が嫌がっているでしょうが。その手を放しなさい」
「ああ? 誰のせいで鬱憤が溜まっていると思ってやがる! お前らがエロ本を没収するせいで俺達の楽しい時間が台無しだ!」
私より頭一つ分ほど背が高く、肩幅の広い男は両手を握りしめながら大声で叫んだ。
「学園内で見ているのが問題なので、エロ本が見たいなら寮や学園外にしてください。加えてその話と今の話は別問題です。相手が嫌がっているんですからその手を放しなさい。ナンパして振られたのならあなた達に魅力がなかっただけです。諦めなさい」
「グぬぬぬ、ちょっとかわいい顔だからって言わせておけば。いつもいつもパッシュやハンスにチクるだけしか能がない一年のクソガキの癖に。だが、今、パッシュやハンスがいない! こいつをここでいたぶってやろうぜ!」
大柄な男は女性の手頸を放し、血気盛んに私に殴りかかってきた。大柄の男の拳が私の頬に打ち込まれる。
私は力を逃がすために後方に飛び、空中で体勢を立て直して軽々着地。
「ははっ! どうだ、俺様の拳は! Bランククラスの力を舐めるなよ!」
大柄の男の襟首に付けられている記章を見るに、二年生のBランククラスで間違いない。残りの三名も同じだった。
――せっかくいい成績を収めているんだから、もっと堅実に生きればいいのに。
「殴られたので殴り返します」
私は右拳を握り、大柄の男の顎に軽く打ち付ける。すると大柄の男は何が起こったのか理解できないまま、赤子が眠るように地面に倒れる。
「えっと、他の方もやりますか?」
私は握り拳を作りながら三名に聞く。この程度の輩が何人相手になろうと話にならないが、やるというならやってやらんこともない。
「ちっ! 覚えてろ!」
三名の男達は倒れた男を担ぎながら私達の前から逃げ出した。凄い逃げ足の速さだ。
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