第11話 容赦のない鍛錬
私はライトとサンザのやり取りを見て『禁断の書』を広げた。
『ライト、お前は本当に小さいな。俺がその華奢な体を食ってやるよ』
『ぼ、ぼくは大きいですよ。さ、サンザ先輩が大きすぎるだけです。や、優しくしてくれないと……ぼく、壊れちゃいますからね』
私は巨漢と美少年のイチャイチャを想像し、羽根ペンが紙の上を走りまくる。
「キアス、なにをそんなに一心不乱に書いているんだ?」
フレイは私の頭上から禁断の書を覗き込んでくる。
「だ、ダメえええええええええええッ!」
私は握り拳をフレイの顎に咄嗟にぶち込んだ。
「ぐはあああああああああああああっ!」
フレイは私に殴られ、天井にぶっ刺さった。
「はっ……。フレイ、ごめん!」
私は飛び跳ね、天井に突き刺さったフレイの脚を持つ。そのまま天井から引っこ抜き、壊れた部分は魔法で直しておく。フレイの体も魔法で回復させた。
「これでよし」
私は仕事を終え、両手を叩きながら大きく頷く。
「なにもよくねえよ……」
フレイは顔が埃塗れになっており、明らかに汚くなっていた。
私はフレイの顔に『クリーン』という魔法を掛けて、埃を綺麗にする。
「なんか、俺の扱いが雑過ぎないか?」
「そ、そんなことないと思うけど」
私は視線を背け開いている席を見つけたので移動する。
「じゃあ、二人は先に料理を持ってきなよ。私はここで待っているから」
「お言葉に甘えるとしよう」
フレイとライトは食堂のおばちゃんのもとに向かい、大盛り料理をお盆にのせて戻って来た。
その後、私も料理を取りに行く。通常の量で十分だと伝えたのだが。
「今は成長期なのよ。いっぱい食べなきゃ。そんな細い体じゃ、今後付いていくのだって一苦労よ!」
食堂のおばちゃんは私に大盛り料理を出してきた。食べきれるのか不安だったが、出された料理は食べるしかあるまい。
「い、いただきます……」
私はテーブル席に戻り、分厚いステーキをナイフで切って口に運ぶ。
「う、美味い……」
私は自分の体が女だと忘れそうなほど大盛り料理を瞬く間に完食し、お腹を膨らませた。満腹感を得ると、疲労と混ざり合って胸が暖かくなる。
「じゃあ、そろそろ部屋に戻るとするか」
フレイは皿を食堂のおばちゃんに返し、席に戻ってきた時に言う。
「ぼくは大浴場に行って汗を流してから部屋に戻るよ」
ライトは汗を掻いた制服の胸元を持ち、動かす。服の間に新しい空気を入れ込んで身を冷やしていた。その仕草が妙に色っぽい。私より女子っぽいのはなぜ?
「私は部屋に戻るよ」
――さすがに風呂場までは覗けない。そんなことをしたら犯罪だ。
「そうか。なら、また明日、食堂でな」
フレイは手を上げ、何事もなく去ろうとした。
「何言っているの? 午前四時頃から走るに決まっているでしょ」
「…………」
フレイとライトは顔を青くさせる。だが、強くなりたいといった手前、引くわけにいかなかったのか両者は了承した。
私は二人と別れた後、寮の指定された部屋に向かう。
皆、私のことを男だって思っていた。本当は女なのに気づいている者が誰一人いなかった。よかったような、悲しいような……。
☆☆☆☆
私は制服を着たまま、部屋のベッドに倒れ込んだ。一年生なのに珍しく一人部屋をもらっていた。
小さいが個室のお風呂やトイレが付いている。学園長が配慮してくれたのだろう。
制服が皴になると面倒なのですぐに脱ぎ、ハンガーに掛けておく。汗臭いと思われたらいやなので『ウォータースチーム』と言う魔法で汚れを飛ばした。
ネクタイを緩め、カッターシャツを脱ぐ。内着と下着姿になり、開放感を得た。このまま眠ってしまったら師匠と変わらないので汗まみれの内着と下着も脱ぐ。お風呂にお湯を溜めて飛び込んだ。
「はぁー。気持ちいい……。溶けるぅ……」
私はお風呂の中で身を綺麗に洗い、汗をしっかりと落とす。長い髪をバッサリと切っているので頭を洗うのは凄く楽だ。まあ、長い髪を切るのに抵抗はあったが、どうせまた生えると思い、躊躇なく切っていた。
実際、頭が軽いし洗いやすいし邪魔にならないので良いことしかなく、ショートボブくらいだがベリーショートもわるくないなと思い始める。
体を洗い終えた後、バスタオルで体の水分を綺麗に吸い取り、汗まみれの衣類をお風呂の残り湯でジャバジャバと洗濯した。濡れた衣類はハンガーにかけ、部屋に干しておく。
お風呂を出た後、キャミソールだけを身に着け、ベッドに倒れ込む。ブラジャー? そんなもの、人生で一度もつけた覚えがないね。守る胸が一切無いんだから。
「はぁー、辛い仕事がないってほんと楽だな。もう、学生は最高だよー」
私はベッドの上でひっくり返ったゴキブリのように蠢く。仕事疲れでベッドに入った瞬間に眠ることはなく、まだ気力が残っている。もったいないので勉強と『禁断の書』を書いていく。
気づいた時には午後一〇時を過ぎていた。歯を磨き、トイレを済ませてベッドに倒れ込む。
午前四時前に起床。歯を磨いて、顔を洗い、履き忘れていた下着をつける。動きやすい運動着に着替え、寮の外に出た。フレイとライトの姿はない。
懐中時計を開けながら二人が出てくるまでの時間を計る。私が外に出て一〇分後。
「はぁ、はぁ、はぁ。ま、待たせた。ライトが起きなくてな」
フレイは息を切らして寮の出入り口から出て来た。
「う、ううん。おはよう……」
寝ぼけた顔のライトが女子みたいに可愛かった。九割九分の者が女子に見間違えると確信できる。
「一〇分の遅れだから、園舎の周りを一〇回走ってもらう。その前に一〇回走ってもらうから二〇回は確実に走り切ってもらう。行くよ!」
「反論させてもらえないのか。だが、強くなるためだ、やるしかない」
フレイとライトは私の後ろを付いてきた。
私は園舎の周りを一〇回走った。学園の敷地は物凄く広いが園舎の周りならそうでもない。精々二から三キロメートルだ。二人がギリギリついてこれそうな一キロメートルを四分の速度で走った。なので、すでに八〇分経っている。だが、私にとってまだ準備体操だ。
私は息を切らすこともなく走ったが、フレイとライトはそうもいかず、バテバテだった。
「さあ、二人共。あと一〇回走るよ」
「ま、待て待て。もう、朝食の時間だ。あと、このまま走ったら普通に倒れる。なんなら、ライトが倒れている」
フレイは地面に座り、息を切らしていた。ライトは仰向けになって吐息を漏らしている。
「じゃあ、午後に持ち越しだね。私が生徒会活動している間に走り切っておくこと。じゃないと、もう一〇回増やすからね」
私は必死にならざるを得ない課題を出す。
フレイは土を握りしめながら体に力を入れ、歯を食いしばり立ち上がった。
「し、しんじゃうぅ……」
ライトは泣きたそうに瞳をウルウルさせていた。脚がすでに使い物にならなくなっているっぽい。
私達はそのまま食堂に向かい、周りからの痛い視線を受ける。Dランククラスで朝練している生徒は私達だけだった。他のクラスの子達は朝練している者がいたので、その差なんだろうなとしみじみ感じた。
「朝食をしっかりとって、栄養を体の中に入れて。そうしないと一日持たないよ」
「いわれなくてもそうするつもりだ」
「うう、走りすぎて逆にお腹空いていないんだけど」
「食べないと体がもたないって言っているでしょ。飲めるように流動食にしてあげようか? 味はお勧めしないけど、どうする?」
「ライト、キアスは何が何でも食べさせようとしてくる。食うしかなさそうだぞ」
「うう……、りゅ、流動食でお願い」
ライトは逃げ場がないとわかると半泣きになりながら言う。
私は食堂のおばちゃんから大盛り料理を貰い、三人分運んだ。
フレイは自力で食べるそうだ。ライトが食べる料理を魔力でドロドロになるまで混ぜ込む。ドロドロになった料理は大きな器に移し、一纏まりにする。
「不味いと思う前に飲み込む。味わっちゃ駄目。わかった?」
「わ、わかった……」
ライトは器を持ち、流動食を胃に移し替える。
体が疲弊していると食べ物を消化するのも疲れる。だからといって何も食べないと体が弱くなってしまう。なにがなんでも食べてもらわなければならない。
ライトは順調に飲んでいたが、頭が不味いと理解してしまったのか進みが遅くなった。それでも彼はは飲み進める。器に入れられた流動食は全てなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ。ドロドロすぎる。でも残さずに全部飲んだよ……」
ライトは涙目になりながら呟いた。その表情はやけにエロい。周りの生徒が頬を赤らめるほどだ。
「お疲れ様。よく頑張ったね。毎日続けていれば体が変わる。眼に見えてわかるからこれからも頑張っていこう」
「うん、これからも頑張るよ」
「ライトが頑張るのなら俺も頑張らないとな」
フレイは口だけではなく料理をしっかりと完食した。
私も料理を食し、体力をつける。エルツ工魔学園の一限目が始まる午前八時五〇分に教室にいれば良いので私達は部屋に一度戻り、汗をシャワーで流したあとに服を着替え、必要な道具を持って園舎に向かう。昨日と同じように講義を受けて勉強。
午後の講義は闘技場で剣術指南。担任のゲンナイ先生が私達を指導する。
ゲンナイ先生は私達と一人ずつ戦い、潜在能力や運動神経、才能を見極めるようだ。たとえ、剣の才能がなくとも他の分野で開花する可能性を考えているのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます