第13話 決闘を申し込まれる

「えっと、お嬢さんたち、無事でしたか?」


 私は乱れた前髪を掻き揚げ、適当に直したあと振り向いて四名の女性の方を見る。

 四名の女性は私の顔を見ながら目を輝かせている。ただ、脚が動かせないくらい身が震えてしまっていた。


「無事みたいなので、私はこれで失礼します」


 私は頭を下げ、王都の散策に戻ろうとした。女性に構っている暇はない。


「お、お待ちになって!」


 一人の女性が私の手首を持ち、鼻息を荒らげながら引き留めてくる。


「なにか?」

「た、助けてもらったお礼をさせてください。美味しいお菓子屋さんを知っているのでぜひ一緒に来てくれませんか!」


 女性たちは私の手を引っ張り、半ば無理やり同行させてくる。

 私は美味しいお菓子という甘い言葉に誘われ、女性たちがお勧めするお菓子屋さんに入る。すでに菓子や珈琲、紅茶の香りが漂っていた。

 何を隠そう私は女子だ、当たり前のように甘いお菓子は大好きだ。


「さあ、座って座って」


 四人組の女性は私をテーブル席の椅子に座らせた。

 私達は午前一〇時頃にお店に入っていたので小腹を満たすためにケーキを買った。私以外は皆紅茶を頼んでいた。私は珈琲を頼み、ミルクや砂糖を一切付けない。甘い品を食べるのに珈琲まで甘くなったら最悪だ。


「皆さん、エルツ工魔学園の生徒が失礼をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。私の方から生徒会の方に話を通しておきます。あぁ、自己紹介が遅れてすみません。私はキアスと言います」


 珈琲を飲みながら頭を下げる。貴族の礼儀は師匠が教えてくれなかったので適当にこなす。


「キアスさんがいなかったらどうなっていたか。本当にありがとうございます。実際、私達は箱入りみたいなものでして王都の中を自由に歩けるなんて初めてで……」

「なるほど、皆さんも王都を散策している途中でしたか。私も王都に来たばかりで、歩いて調べていたんですよ。今度からは話し掛けられそうになったらすぐに移動してくださいね」


 出来るだけ笑顔で接した。相手は多くのお嬢様が通うフリジア魔術学園の生徒だった。何か問題を起こせば、シトラ学園長に何を言われるかわからない。


 私は年が近い男子と話した経験が無かった手前、女子と話した経験もほとんどない。お嬢様ばかりが通うフリジア魔術学園の生徒たちと真面に話せるか不安だったが、案外気さくな者たちばかりで、ついつい話し込んでしまった。

 お昼前に私達は喫茶店を出る。


 私は四名が危険に陥らないようにエスコートしながらフリジア魔術学園まで足を運んだ。

 王都の散策を終え、夕食頃にエルツ工魔学園のDランククラスの寮に戻る。

 今日はフレイとライトの鍛錬を休みにしておいた。多少の休みは重要だと師匠も言っていた。なのに、仕事を休まなかった私って偉い。


「ライト、お前、女みたいな良い匂いがするな。あっちはバカみたいにデカいのに」


 自称Dランククラス最強のサンザ先輩がライトに抱き着きながら匂いを嗅いでいた。


「ちょ、サンザ先輩、そんなこと言わないでくださいよ。凄く恥ずかしいんですから」


 ――ちょ、え、なになに! どういう状況!


 私は異空間から『禁断の書』を取り出し、ローブの内側から羽根ペンを取り出す。


「サンザ先輩って体が大きい割に案外甘えたがりですよね」

「う、うるせぇ。そう言う気分なだけだ」

『サンザ先輩って案外受け身なんですね。大きな体なのに、可愛い』

『う、うるせぇ。お前はそのでかいのを俺に使っていればいいんだよ』


「きゃあアアアアアアアアアアアアアアアッ! そう来たかっ!」


 私は頭の中でライトとサンザ先輩のイチャイチャを想像し、羽根ペンを紙の上で走らせる。


「おい、またキアスのやつが叫んでいるぞ」


 サンザ先輩は私の方を見ながら目を細める。まるで汚い品を見ているような視線だ。


「キアスくんは気分が上がると叫ぶんですよ」

「ふぅ。気持ちよかった……」


 私は『禁断の書』を書き終え、ほくほく気分で夕食にした。


「キアス、お前は食べる量が少なすぎる。もっと食え」


 サンザ先輩はドカ盛りの料理を私の前に置いてきた。


 ――この人、うざいのに加えてお節介なのか。


「こ、こんなに食べられませんよ……」


 私はドカ盛り料理を押し返す。何度か押し返すも、サンザ先輩は何度も押し付けてきた。そのため、ため息をつきながら仕方なく食べる。


 ☆☆☆☆


 フリジア魔術学園の生徒を助けた次の日。Dランククラスの教室に、クラスメイトではない四名の男がドカドカと入り込んでくる。


「おい! キアス! 俺達と決闘しろ!」


 大柄な男が私の目の前で怒鳴り込んできた。


「私ですか?」


 私はどこかで見覚えがあるような大柄な男を見るも、思い出せない。


「昨日は俺の本気が出せなかった! お前を含めて四人同士の決闘を受けてもらう!」

「四人同士の決闘? 別に私と一対一で戦えばいいのでは」

「うるせえ、四対四が普通なんだよ。学園長に話は通してある。五日後の放課後に闘技場に来やがれ。お前はDランククラスの者達だけで団体を作れよ。友達がいないなら四対一でもいいぜ!」


 大柄な男性の首元を見るとⅡと銀の記章が付けられていた。


「ああ、思い出した。あなたは昨日、四名の女性を口説いて撃沈していた男性ですね」

「撃沈してねえよ! お前が終わらせたんだろが!」


 大柄な男性は顔を赤くした後、指先を私に向けてくる。


「俺は言ったからな! 来なかったらお前は女に鼻の下を伸ばして戦いそっちのけにしているへっぴり腰の糞雑魚って言う噂を流しまくってやるからな!」


 男は捨て台詞を吐き、仲間と共に教室を出て行った。


「やることが小さいな。小物感がすごいよ」


 私はBランククラスの先輩に決闘を申し込まれた。決闘などした経験は一度もない。四対一でも負ける気がしないけど、私に友達がいないと言っているようで恥ずかしい。かと言って話に乗ってくれそうな知り合いがほぼいない。


「Dランククラスの者だけで団体を組まないといけないのか。面倒だな」

「キアス、上級生に目を付けられるとかいったいなにしたんだ?」


 フレイは一部始終を見ていたのか、私に話しかけてきた。


「簡単に言えば口説いているところを注意して殴られたから殴り返したら決闘を申し込まれた」

「なんだそりゃ。決闘は四対四だったか。キアスはどうする気だ?」

「うーん、悩んでいる途中なんだよね。どうしようかな」


 フレイは私の方を見ながら立っている。数回視線を反らし、場所を移動した後また同じ場所に立つ。


 ――何がしたいんだ?


「キアスくん、上級生と決闘するってほんと!」


 ライトも話を聞いたのか私のもとに走って来た。


「まあ、決闘することになっちゃった」

「キアスくんは凄いね! 相手は年上のBランククラスだって言うじゃないか。そんな格上と戦うなんてカッコいいよ! 憧れちゃうな!」


 ライトは自分が相手と戦っている姿を想像しているのか上の空になった。


「じゃあ、ライト。私と一緒に戦おう」


 私はライトの手を握り、団体に入れた。

 ライトは目を丸くし、顔を青ざめさせていく。頭を横に何度も振るった。


「別に勝ち負けはどっちでもいい。四人集まればそれで十分だよ」


 ――私がボッチだと学園で広まるよりは断然ましだ。


「で、でも、ぼくは弱いし。か、勝てる気が全然しない」


 ライトは視線を下げ、気分を静めた。どうやら自信がまだつかないようだ。


「ライト、弱い弱いって言っていたらいつまでたっても弱いままだよ。少しでも前に出て頑張る。努力を積み重ねれば確実に強くなる。もう、弱いと言う単語は禁止!」

「ええっ! で、でもぼくは本当によわ……」


 私はライトの口に指を当て、言葉を遮った。

 ライトは涙目になり、戦いを想像して泣きそうになっていた。


「ライト、考え方を変えてみて。格上の上級生と戦える機会は滅多にない。強くなりたいならこの機会を生かさない手はないでしょ。だから、一緒に戦おう」


 私はライトの手をしっかりと握り、彼の瞳を見ながらお願いする。


「わ、わかったよ……」


 ライトは頭を渋々下げた。


「ありがとう、ライト。ほんと、助かる」


 フレイは未だに何も言わずに立っており、話し掛けてほしそうに私の方を見ていた。


「……フレイも出る?」

「もちろんだ!」


 フレイは口角をあげ、大きな声で返事した。どうやら、一緒に戦ってくれるらしい。


 私はあっという間に二人を集めた。もしかしたら三人目も簡単に見つかるんじゃないかと思っていたが決闘の前の日になっても私達の団体に入ってくれる者はいなかった。


「キアスくん、Bランククラスの者と決闘するって本当かい?」


 生徒会長のパッシュさんが生徒会室で仕事している私に訊いてきた。


「はい。学園外で女子を口説いていたので様子を見ていたら力ずくで遊びに誘おうとしていたので止めたら、殴られて……」

「相手が完全に悪いじゃないか。よくそんな相手からの決闘を受けたな」


 風紀委員長のハンスさんは眼鏡を掛け直し、計画書に目を通しながら呟く。


「戦うのを強制されました。相手はBランククラス、こっちはDランククラスだけで集めないといけなくて」

「勝たせる気がないじゃないか。まあ、キアスくんがいれば問題ないか。いやー、明日の決闘が楽しみになってきたな」


 パッシュさんは細い脚を組み、私の顔を見ながら目を細める。少々気味が悪い。私の苦労も知らないでヘラヘラと笑った。


「でも、あと一人足りなくて。私の友達の少なさが生徒全員に晒される羽目に」

「気にしない気にしない。僕とハンスは友達ゼロ人だよ」

「ハンスさんがいるじゃありませんか」

「ハンスは……家族だもん」

「また、気持ち悪い発言を。私はパッシュと家族になった覚えはない!」


 ハンスさんは眼鏡を何度も掛け直し、すぐに反論した。


「えー、もう、恥ずかしがり屋なんだから。一緒に食事してお風呂に入って同じベッドで寝ていたら家族も同然でしょー。それとも、そう思っているのは僕だけなの……」


 パッシュさんはハンスさんの首に手を回し、抱き着いた。


「ええ、そう思っているのはパッシュだけだよ」


 ハンスさんは計画書をパッシュさんの顔に押し付け、離れさせる。


「むぅー、ハンスのムッツリすけべ。お風呂に入る時、僕の華奢な体を見ていっつも息を切らしているくせに!」

「な、なにを言っているんだ! そ、そんなわけないだろう!」


 ハンスさんとパッシュさんののろけ話が生徒会室に響き続ける。


「えへへ、えへへ、えへへへへ」


 私は仕事中にも拘らず、涎をじゅるりと啜って『禁断の書』を書きなぐっていた。


「もう嫌……、この生徒会……」


 コルトは半泣きになりながら仕事していた。今更、そんなことを言っても遅い。

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