第10話 Dランククラス最強
「あれー、おかしいな。師匠と同じ鍛錬のはずなのに、ギリギリ耐えられていない。平坦な道だから山道よりも楽だと思うんだけど」
「き、キアスの師匠、狂っているな」
「うぅ、あ、脚が、ちぎれそう」
「でも、強くなりたいなら強くなるための鍛錬をこなさないと意味がない」
フレイは顔をこわばらせながら大きく頷いた。
誰しも自己満足の鍛錬では限界がある。卒業したら自分の力で生きて行かなきゃいけない。卒業まで三年しかない。三年といったら私が師匠に基礎の基礎を叩き込まれた年数だった。
「俺もキアスのように強くなりたい。力を貸してくれ」
「ぼくも、負けっぱなしは嫌だ」
フレイとライトは肩を貸し合いながら立ち上がった。脚が震え、今にもこけそうだが、私の目を真っ直ぐ見つめてくる。燃えるような瞳だった。
私はそんな目で師匠を一度も見た覚えはない。
――私が指導する義理はないけど、学園で出来た初めての知り合いだし、他のクラスメイトと反りが合う気もしない。あと、普通に気が合いそうだ。
「私、手加減しないけど、ちゃんとついてこられる?」
私は腕を回しながら、二人の意思を確認した。
フレイとライトは顔を見合わせ、石化したように全く動かない脚を見て「手加減は欲しい……」と言った。
「ふっ、そうだね。体が壊れないくらいの手加減は必要みたいだ」
私は手に持っていた杖の先をフレイとライトに向ける。『ヒール』という魔法で彼らの体に着いた傷を癒した。これで歩けるくらいに回復したはずだ。
「回復魔法まで使えるのか。さすがだな。魔法を使わなくても強いのに、魔法を使ったらいったいどれくらい強くなるんだ」
「キアスくんならBランクかAランクの冒険者になれるんじゃないかな!」
フレイとライトは私の底が知れないのに、目新しい品を見つめる子供のような、邪念のない瞳を向けてくる。
「そ、そうだなー。ウォーウルフの群れを倒せるくらいかな」
「えっ、キアスくん! 魔物と戦ったことがあるの!」
「ライトは魔物に興味があるの?」
「魔物に興味があると言うか、冒険者に興味があるんだ!」
ライトは三男、家督はおそらく継げない。弱小貴族で婿の貰い手もない。そう考えたら頭を使う仕事で生計を立てるか、冒険者でお金を稼ぐかくらいしかない。だから、ちょっと興味があるらしい。
「俺もゆくゆくは冒険者になるつもりだ。魔物を倒して、金を稼ぐ。有名にならなくても人の助けになれるのなら構わない」
「二人は将来までしっかりと考えているんだね。ほんと立派だよ」
――私、ルドラさんに言われるがまま冒険者として二年も働いていたな。そのせいで変な異名までつけられて、勝手にSランク冒険者にされて。ウルフィリアギルドの希望の星って何? ウルフィリアギルドの他の冒険者、ほとんど知らないんですけど。
私は脳内で数々の面倒な仕事を押し付けて来たルドラさんの顔を思い浮かべる。
「もう、夕食時だ。さっさと帰らないと寮長がうるさいぞ」
「そうだね。もう、お腹ペコペコだよー」
「じゃあ、寮に戻ろう」
私達は一年から三年まで泊っているDランククラス専用の寮にやって来た。普通の宿より質が良いので何も文句はない。上のランクになると個室になったり、部屋の質がもっと上がるようだ。
寮の入り口を通り、手洗い場で手洗いうがいを済ませた後、すぐに食堂に向かった。
「ハグハグハグハグハグハグハグハグっ! うっめええっ!」
「あぁぁあー、このためだけに生きてるぜっ!」
「俺、この料理がなかったら学園をやめてる自信がある……」
「俺はこの料理がなかったら死んでるぜ!」
一年から三年までのDランククラスの者たちが広い食堂で大量の料理を食べ、楽しんでいた。
「まず、開いている席に座らないとな」
フレイは開いている席を探していた。四人用の席が空いていたので座ろうとする。
「おっと! そこは俺の席だぜ!」
巨漢の生徒がフレイを弾き飛ばした。
フレイは足下がフラフラだったからか、軽くしりもちをつく。
「おいおい、その程度でふら付いてるとか、足腰が女子かよ。一年の記章ってことは今年の新入生か? たはー、またへっぽこばかりが入って来やがったなー」
巨漢の生徒は山盛りの料理が乗ったお盆をテーブルにドカッと置き、椅子がミシミシと音を立てるほど勢いよく座る。
「ここはDランククラス最強のサンザ様が座る場所だ! 一年は床で食ってろ!」
サンザと言う男は大声を出し、威圧した後に料理をがつがつと食していく。
フレイが何か言いたそうな目になっていた。今にも噛みつかんとする猛獣の瞳だ。
「ま、まあまあ、フレイくん。ここは先輩を立てようよー」
ライトはフレイの腕を持ち、引っ張っていった。空気が読める子のようだ。
「Dランククラス最強ね……。ふっ、ださっ」
「あ? てめえ……なんつった」
「え、だって上にC,B、A、SランククラスがあるのにDランククラスで威張っているのは流石にダサくありませんか?」
「お前……、一年の癖に何、口答えしてんだごらっ!」
サンザは切れやすいのか拳を振りかざしてくる。体長が二メートル近くあり、推定体重一〇〇キログラム以上の巨漢の拳が私の顔に打ち込まれる。拳が顔に当たると体が軽々と吹っ飛び、食堂内の壁に激突した。
「良い拳ですね。さすがDランククラス最強」
私は頬を摩りながらサンザの前に戻る。殴られたら殴り返してもいいはず。
「じゃあ、次は私の番ですね」
私は育ち切っていないジャガイモのような小さな手を握り、腹に力を入れて、腰を落とす。
「な、なんだ。ふ、雰囲気が重いぞ。お、お前、本当に一年か?」
サンザは額から油汗を掻きながら身を引き、私の拳と顔を何度も見回していた。どうやら、真面な危機感は持っているらしい。
「安心してください。Dランククラス最強のあなたなら、巨大な岩を砕く私の小さな拳を余裕で耐えられるはずです」
私は右拳に魔力を溜め、威力を高める。チラチラと輝き始め、温度変化によって室内の空気に流れが生まれ短い髪がそよめく。
「ちょ、ちょっと待て、そ、その拳、なんかやばそうだぞ!」
サンザはじりじりと下がり、丸々太った顔が青ざめていく。
「では、お返しに一発殴らせてもらいます!」
「ま、まて、まてまて! そ、その拳はまずい! 人が受けたら絶対駄目なやつだ!」
サンザは後方の椅子に尻もちをつく。重さに耐えられなかった椅子が破壊し、彼は後方に転がる。
「ふう……、はああっ! 星に成れっ!」
私はサンザの顔面に拳を打ち込もうとした。なんせ、思いっきり殴られたのだ。殴り返しても文句を言われる筋合いはない。そう思っていたのだが……。
「喧嘩は駄目だよっ!」
ライトは私の前に現れ、両手を広げてサンザを守った。
私の拳はライトの鼻先に止まり、彼の金髪が後方に靡く。おろしていた前髪がオールバックになると可愛い系からイケメン系に早変わり。
「キアスくん、殴られたからって殴り返したら相手と同じだよ!」
ライトは私の拳を握り、叫んだ。そのまま、拳を下げさせる。その後、振り返る。
「サンザ先輩も挑発されたからって人を殴ったら駄目です! キアスくんにちゃんと謝ってください! 暴力は何も生みませんよ!」
ライトは尻餅をついているサンザに手をさし伸ばしていた。その姿は絵本に出てくる英雄のようで、周りの男子生徒達も息を飲むほどカッコよかった。
「く……、す、すまなかった。腹が減ってむしゃくしゃしていたんだ……」
サンザは平謝りだが、私に頭を下げた。暴君が頭を下げたと周りの生徒たちはヒソヒソ話を巻き起こす。
「まあ、謝ってもらったので別にいいです」
――はぁ、殴られ損だ。
「キアスくん。煽ったのをサンザ先輩に謝ってください」
「ええ……。別に煽ったわけじゃ……」
「言った本人が煽ったと思ってなくても受けてが煽られたと思ったら駄目なんです。さ、Dランククラス最強のサンザ先輩にきっちり謝ってください!」
「うう、Dランククラス最強のサンザ先輩、Dランククラス最強がダサいと言ってすみませんでした」
私はライトの言う通り、サンザに頭を下げる。確かに煽ったように聞こえなくもないか。
「な、なんか物凄く馬鹿にされている気がするのはなぜだろうか」
サンザは顔を引きつらせていた。だが、これ以上癇癪を起さなかった。
「おい、金髪。名前は何だ」
「ライト・マンダリニアです。今年入学した一年生です。これから一年間、よろしくお願いします」
ライトはサンザが相手でも律儀に頭を下げた。
――世渡り上手なんだな。さすが貴族。
「ライトか。お前、ちゃんと食っているのか? 線が細すぎるだろ」
サンザはお盆に乗っていた料理を皿に取り分け、ライトにとっては大きな皿を手渡す。
「良いんですか?」
「ああ……、構わん。ライト、食って大きくならねえと、俺が小さなお前を食っちまうぞ」
サンザは舌なめずりしてライトの頬を摘まみ軽く笑った。周りの者は顔を青ざめた。だが、私の心は有頂天。
「はい! 一杯食べて大きくなります!」
ライトは雑草が生い茂る平原に咲く一凛の花のように見えるほど笑顔になっていた。
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