第9話 生徒会
「せ、生徒会室。に、逃げ……」
私は生徒会室と書かれた教室を前にして逃走を試みた。嫌な予感しかしない。
「逃がさないよ!」
コルトは私の手首をがっしりと掴み、離さない。無理やり振り払おうと思えば出来るが、そうしたらコルトの腕が引き千切れそうだったのでやめておく。
「優秀な成績を収め、学内活動や評価を上げれば平民でも上のランクに昇格できる。なら、やらない手はない! さあ、行こう!」
コルトは私の手首を握りながら生徒会室の扉を三回叩き、扉を開けた。
「失礼します。一年Sランククラス。コルト・トルマリンです。今日からよろしくお願いします!」
コルトは生徒会室に入ってそうそう、自己紹介し頭を下げた。もう、出来る社会人のよう。
「うぅ。一年Dランククラス、キアス……です」
私は名前だけ呟き、無関係だと言おうとした。だが。
「よく来てくれた。入学試験首席のコルトくんと特待生のキアスくんだね。学園長から話は聞いているよ。僕の名前はパッシュ・アーノルド。生徒会長だよ。よろしくね」
学園長室にもあった高級な仕事机の奥に小柄で顔が良すぎる男が立っていた。背丈は一五五センチメートルほど。灰色の短髪で猫のような癖っ毛だ。遠目から見たら女子と思ってしまうほど可愛い顏はライトと同じかそれ以上。男でそんな美貌を持っていていいのか。
首に付けられている三年生を証明する古代数字の記章とSランククラスを証明する白金の記章が付けられていた。昨日見た時はここまで小さいと思わず、雰囲気で背丈を覆すほど大きく見せられるのかと感心した。
「君たちの実力は昨日の入学式で見せてもらった。生徒会に入るに申し分ない入学試験の点数と実力を兼ね備えている」
「わ、私は入ると一言も言っていませんけど」
「生徒会は楽しいよ。荒くれてるバカを粛正したり、威張ったり、他学園の女の子達とイチャイチャしたり……」
「生徒会長、嘘を言うのは止めてください。学園内の風紀が下がります」
椅子に座っていた眼鏡をかけた賢そうな男性が話す。
「初めまして、風紀委員長のハンス・バレリアと言います。生徒会長は虚言壁なので、大概の話は真面に聞かないでください」
ハンスさんは立ち上がり、軽く頭を下げた。身長が一八〇センチメートルほど。細身、筋肉が無いわけではない。左腰に掛けられた剣の綺麗さから見て、几帳面な方なんだろうなという印象を受けた。
「もうー、酷いなー。僕は嘘を滅多につかないよー」
パッシュさんはハンスさんの背中に抱き着く。
「なにかあれば、このハンスに言ってね。大概やってくれるから。ハンスがいなかったら僕は生徒会長をできないもん。ほんと助かっているよー」
「まったく、抱き着かないでもらえますかね。不愉快です」
ハンスさんは遠くを見ながら眼鏡を掛け直し、きっぱりと言った。
「もうー、照れちゃって。毎日一緒にお風呂に入っている仲なんだから、恥ずかしがらなくてもいいのにー」
「なっ! それは生徒会長がお風呂に入るのも面倒だと言ってすぐ寝るからで……」
「ほんと、ハンスは面倒見がいいよねー。もう、僕と結婚してよー」
パッシュさんは猫のようにハンスさんに擦り寄っていた。
「お、おお、おおおっ!」
私の視界の先で男同士がイチャツイテいた。これが禁断の書ではなく天然物か!
「ちょ、生徒会長、離れてください」
「嫌だよー。僕、ハンスがいないと何もできないもん。にしても、最近、ハンスが僕の体を洗う時、妙に厭らしい視線を感じるんだけどー、もしかして溜まっているのー」
「何を言っているんですか! ふざけるのも大概にしてください!」
パッシュさんとハンスさんのイチャイチャはどんどん大きくなっていった。
「えっと、お二方、喧嘩は駄目ですよ」
コルトはパッシュさんとハンスさんの面白い展開を律儀に止めようとした。
「コルト。ちょっとまとう! えへへ、エヘヘへ……」
「ちょ、キアスくん、鼻血が出てるじゃないか」
コルトは花の香りがするハンカチをすぐに貸してくれた。
「あ、ありがとう、ちょっと頭の思考回路を回しまくっているから」
「きゃっ、は、ハンス、今、お尻触った。もう、僕は男だよー。変な目で見ないで」
「触ってません! あと、見てません! 生徒会長が可愛すぎるからと言って決して見てませんよ! 何で、男なのにそんな華奢な体をしているんですか!」
「僕だってもっとムキムキになりたかったけど、成長が止まっちゃったんだ。こんなかよわいい僕を厭らしい目で見るなんて、ハンスの変態!」
パッシュさんは小さな握り拳を作る。胸にぎゅっと押し当てながら乙女のような愛らしい顔になり、男子とは思えないほど甲高い声で叫んでいた。
「グぬぬ、か、可愛い……」
ハンスさんは歯を食いしばり、眼鏡が割れそうなくらい気を張っている。
「んんっ。まあ、こんな感じで毎日楽しく活動している生徒会だよ。二人共入ってくれてありがとう」
パッシュさんはすぐに切り替え、私達に言う。まるで、今までのくだりが演技のよう。
「わ、私はここで上手くやっていけるだろうか……」
コルトはさっきまでやる気満々だったのに、苦笑いしながら呟いた。
「パッシュさん! ハンスさんにどんな卑猥なことをされましたか!」
「え、聞きたい? じゃあ教えてあげる。でも生徒会の仕事をしっかりとしてくれたらね」
「はい! 頑張りますっ!」
私は生徒会に入る気などなかったが、二人のやり取りを見ればもっと面白い禁断の書が書けると思い、入ると決めた。
コルトは私の姿を見て、口を曲げながら引いていた。
ハンスさんの指導のもと私とコルトは部費や行事の予算案の計算をこなし、初めての生徒会活動を終えた。
「はぁー、やっと終わった。ほんと、計算をどれだけやらせたら気が済むんだ」
「キアスくんは生徒会にも認知されていた。やはり優秀な生徒なんだね」
「私は優秀じゃありませんよ。勉強を始めたのが早かったのと経験が豊富なだけです。まあ、師匠に魔法の才能はあると言われました」
「なるほど、キアスくんは良い師匠に会ってそこまで強くなったんだね」
コルトは幼いころから家庭教師をつけてもらい、剣や魔法の鍛錬を積んできたと話してきた。別に聞いていないのに。
「私は家のため、己のため、トルマリン家に生まれたからにはその責任を果たさなければならない」
――コルトは努力出来る人間なんだな。やっぱり、良い所のお坊ちゃんは違うねー。
私は貴族臭漂うコルトから一メートルほど距離を取り、拘わらないようにする。
「じゃあ、私はクラスメイトが特訓しているようなので広場に行って見てきます」
「そうか。じゃあ、また明日、生徒会室で会おう」
コルトは私と別方向に歩いて行った。
「はぁ、コルトとの別れの口実にクラスメイトを使ってしまった。行くしかないな……」
私は広間で特訓しているフレイとライトのもとに向かった。
エルツ工魔学園の敷地中にある広々とした場所に足を運んだ私は、木剣を打ち付け合うフレイとライトのもとに駆け寄る。すでに夕暮れ時、訓練しているのは見たところ彼らだけ。
「お待たせ。私、なんか生徒会に入ることになった」
「おお、キアス、来たのか。普通に来ないと思って……ぐはっ!」
フレイは私の方を見てしまいライトが追撃を食らっていた。そのまま体を押し倒される。
「はぁ、はぁ、戦っている最中によそ見していたら駄目だよ」
小さな体のライトはフレイの体に馬乗りになり、木剣をフレイの顔の真横に突き刺す。
「く、俺の負けだ……」
「はぁー、フレイくんの力が強すぎて手がじんじんしているよ」
ライトは木剣を持っていた手を開いたり閉じたりして感覚を確かめている。
「ライトは勝ちにこだわるんだな。良いと思うぞ」
「あはは、ぼくは弱いからどん欲に勝ちを取りに行かないと一勝もできないって昨日の試合でわかったんだ。でも、不意打ちみたいになっちゃった」
「俺がよそ見していただけだ。ライトは何も気にする必要はない」
フレイはライトの頭に手を置き、軽く撫でていた。まるで弟を褒めている兄のよう。
「ふ、フレイくん、なでなでは……さすがに恥ずかしいよ」
ライトはよく懐いている犬のような愛らしい微笑みを見せた。顔の周りに花が舞っているようで、私よりも可愛い。男なのに。
「う、ううんっ。二人共、強くなりたいのなら厳しい鍛錬に耐えられる体作りから始めた方が効率いいよ」
私は咳払いし、二人の視線を集める。
フレイはとにかく体力と筋力をつけて綺麗な形の剣戟を身に付ければそこそこいい剣士になると思う。ライトは体力と身体能力の向上で粘りづよさをさらに高めれば、相手が嫌がるし仲間としても頼りになる者になれる。
フレイとライトはどちらもやる気満々。私に練習の主導権を握らせてきた。
「とりあえず死ぬ気で走ろう」
私は師匠譲りの優しい笑みを作り、提案する。
「…………」
フレイとライトは何かおぞましい物でも見るかのような瞳を私に向けてきた。
午後五時から七時まで、私はフレイとライトを死ぬ気で走らせた。後方から魔法を放つ。当たれば痛いが傷にならない程度だ。
フレイとライトは猫に追いかけられている鼠の如く走った。後方から恐怖が迫ってくれば逃げざるを得ない。二時間、死ぬ気で走った二名は胃の内容物を茂みに吐き、満身創痍だった。
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