第5話 仕事漬けの毎日
私はワイバーンの討伐と素材の買い取りで、ルークス大金貨一〇枚もらえた。魔物が倒せれば、お金を稼ぐのは案外簡単らしい。お金の心配がなくなり、王都で悠々自適に暮らせそうだ。まだ王都に来て一日目なのでギルドの部屋に泊まる気でいるが、慣れてきたらもっと静かな一等地にでも引っ越そうかと考えている。
「お金の心配はしなくてよくなった。当分は本を読んで暮らそうかな。お金が無くなって来たら仕事して、お金を稼いだら本を読んだり書いたりして。うん、良い感じ」
この時の私は悠々自適な生活を送れると考えていた。だが……。
「キアス! 頼む! 北の山脈にいる山大猿たちの討伐に行ってくれ!」
「キアス! 頼む! 南の海にいるクラーケンの討伐に行ってくれ!」
「キアス! 頼む! 東の火山にいる怪鳥の討伐に行ってくれ!」
ギルドマスターのルドラさんは私が強いと知るや否や、ウルフィリアギルドが手に余っていた依頼をかき集めたようで、かたっぱしから私に頼んできた。
貰える報酬が美味しいので初めの方は普通に受けていたが、回数が増えるにつれ、量や難易度が上がっている気がする。
私の悠々自適な毎日は、完全に崩壊していた。
仕事、仕事、仕事、寝る、仕事、仕事、仕事、寝る、仕事、仕事、仕事、仕事……。
休みは? 遊びは? 私は何のために王都に仕事するために来たのか?
私って何のために王都に来たのか、思い出せなくなってくる。ただ、一つ言えるのはウルフィリアギルドの仕事を解消するために来たわけではない。
各地で蔓延る魔物を倒して王都に帰ってくる毎日。当たり前のように本を読んだり書いたりする時間が無く、部屋に帰ってきても疲労困憊のため、ベッドに倒れ込んで眠るしかできない。
依頼は難しくないが、やたら数が多く、なんで私が受けなければいけないんだと思うような仕事ばかり。仕事漬けでお金は貯まる一方だが、髪が抜けそうなほど鬱憤も溜まっていく。せっかく、師匠から解放されたのに、今度は私の生活が仕事に支配されていた。
あぁ、年相応の普通の生活が送りたい……。
☆☆☆☆
一三歳から冒険者の仕事を始め、二年の月日がいつのまにか流れていた。時間の流れがあまりに早く、恐怖すら覚える。そんな中、私は森の中で増え過ぎたゴブリンの討伐の依頼を受けていた。切り株に座り、無地の禁断の書に羽根ペンの先を走らせる。
『駄目じゃないか、もっと力を抜かないと』
子供っぽい男性が微笑みながら囁く。
『そ、そんなこと言われたって初めてなんだから仕方ないだろ』
筋骨隆々の男が俯き、腹の力を抜いた。
「うぅーん、上手く書けない。何か違う……」
私は仕事中に自作の禁断の書を書いていた。もう、休みがないのだから仕事中にやりたいことをねじ込むしかなかった。だが、二年経っても師匠のように上手く書けない。
私は魔法の才能があったようだが、文才はなかった。冒険者という男が豊富な職場にいるにも拘らず、パーティーを組むことなくずっと一人で戦っている。まあ、パーティーメンバーが要らないから一人なのだけれども……。
「ギャギャギャッ!」
八体のゴブリンが切り株に座っている私を囲む。鋭いナイフを持っており、殺す気満々だ。
「ああ、うるさいっ! 気が散る!」
私は手に持っていた羽根ペンを目の前にいるゴブリンにぶん投げた。真っ白な羽根ペンがゴブリンの眉間に突き刺さると、頭部から脳漿をまき散らし貫通する。白い羽が黒い血を吸って黒い羽になっていた。ちょうどいいので魔力で操作し、周りにいる七体のゴブリンの眉間を貫通させ、いくつもの村を崩壊させた大量発生していたゴブリンの巣の駆除を終えた。
何人の被害者が出たか知らないが、ここまでゴブリンが増えるまで放っておく方も悪い。
「はぁ。私の人生、これでいいのかな」
仕事などせず、もっと男がいる場所に行って私生活や話し方を調べたい。私も師匠と同じくらいの禁断の書が書けるようになりたい。
真っ黒になった羽根ペンは捨て、新しい羽根ペンを使って文章を書く。依頼を早々に終え、禁断の書を書くと言うのが私の日常になっていた。早く帰っても次の仕事を回される。だから、すぐに返らず時間を潰しているのだ。
私の人生、このままだと仕事しているだけでお婆ちゃんになって死ぬかもしれない。
「また気分が下がってきた。師匠の禁断の書を読んで心を落ち着かせよう」
私は愛読書を取り出し、ページをパラパラと移動させながら読んで行く。
「ん……。学園。ああ、学園か」
私は禁断の書を読んでいて気付いた。この中にいる登場人物たちは学園に通っていた。自分も同じ環境に立てばいい案が浮かぶかもしれない。
「男子学園に行けばそこら中、男しかいないぞ! 問題は私が女ってところだけど……。まあ、男装すればいいか!」
生憎、私の胸は一五歳になってもぺったんこだった。お尻も女とは思えない貧相な体型。ボンキュッボンの師匠が羨ましいと思ったことは……、百回くらいかな。
髪を切って男っぽくしていけば誰にもバレない。声が高いけど、そう言う男子もいるよね。貴族がいる学園なら一人称が私でも不自然じゃないし、お金なら腐るほどある。
「思い立ったら即行動! このまま、仕事漬けの人生なんて嫌だ!」
私は足下に魔法陣を展開し、空を飛んでルークス王国の王都に移動した。ウルフィリアギルドのギルドマスターがいる部屋に合図もせずに飛び込む。
「ルドラさんっ! 私、男子学園に行きます!」
「は? Sランク冒険者『黒羽の悪魔』が何を言ってるんだ」
二年前より仕事場がすっきりし、体調が良さそうなルドラさんが首をかしげる。変なあだ名が聞こえたが、私の通り名らしい。
「だから、私は男子学園に行きます!」
「カイリ、ウルフィリアギルドの依頼達成度一位の天才魔法使いが訳のわからないことを言っているんだが、お前に理解できるか?」
「はて、私も理解しかねますね」
秘書のカイリさんは二年前と変わらず清潔な恰好で立ち、ルドラさんの仕事を手伝っていた。
「キアス、冒険者ランクが更新されてな、新しくSSランクが追加されたんだ。ルークス王国内にいる数名のSランク冒険者の内、お前を最初のSSランク冒険者にしようと思う。今以上の大金が舞い込んでくるぞ」
ルドラさんは腕を組み、堂々と言う。さぞかし嬉しいだろうと、疑いのない目。
「加えて、最近、魔王と思わしき存在が噂されている。そのことについてキアスに調査してもらいたい。あまりに危険すぎる仕事だ。SSランク冒険者のお前にしか頼めない」
ルドラさんは、私に過労死宣言を告げてきた。ただでさえ仕事で忙しいのに、さらに仕事を増やすつもりらしい。なんなら、国や世界を揺るがす存在にぶつけようとしてくる。
――こ、このままここにいたらダメだ。私、仕事で死んじゃう。
「そんなこと、どうでもいいです。ともかく、私は男子学園に行きます! なので、冒険者は辞めさせてもらいます!」
私は積もりに積もった鬱憤がルドラさんの提案によって爆発し、誰に止められようとも男子学園に入ると決めた。ルドラさんに頭を下げ、部屋を出て行こうとする。
「ま、待て待てっ!」
ルドラさんは椅子から立ち上がり、私の前に立つ。
「キアス、お前はウルフィリアギルドの主力だ。いきなり辞めるなんて言われても困る!」
依頼達成率一〇割りの天才魔法使い『黒羽の悪魔』。黒くなった羽を自在に操り、大量の魔物を屠る姿はまさに悪魔のような強さ。
その強さに憧れた多くの冒険者が私を目指してウルフィリアギルドにやってきているらしい。
「キアスはもうウルフィリアギルドの希望の星なんだ!」
ルドラさんは私の肩に手を置き、私にとってどうでもいい話を長々と続けていた。
「私、この二年間でルドラさん達のお願いを散々聞いてきました。私が嫌だと言っても無理やり押し付けてきたのはそっちですよね。私のわがままは聞いてもらえないんですか!」
私は今まで溜まっていた鬱憤を吐き出すように、ルドラさんに問いかける。
「確かに、わがままを聞いてもらってきた。だが、キアスの力は皆の生活のために使うべきだ!」
今更、男子学園に行ってどうする?
すでにバカ強いお前が何を学ぶんだ?
普通の男よりお前の方が何倍も強いぞ、とルドラさんは質問でまくし立ててくる。
「わ、私は、だ、男子の関わり合いに興味がありまして……」
私は禁断の書が書きたいからと素直に言えず、視線を反らしながら呟いた。
「男子が気になるだと。まじか? いやいや、だからってわざわざ男子学園に行く必要はないだろう」
「男子学園じゃなければ駄目なんです。私が成長するために、最適な環境なんです!」
「わ、訳がわからん」
「ルドラ様、キアスさんだって一端の女子ですよ。男子に興味があるのは普通です。そもそもキアスさんの年齢なら高等部に入学するころ。何ら不自然ではありません。まあ、女子が男子学園に行くのは不自然ですが、キアスさんなら問題ないでしょう」
「キアスは少々尖がった羽根ペンで大量の魔物を蹂躙するんだぞ。俺が見た時なんか羽根ペンだけで八体の魔物を瞬殺していた。そんな奴が今さら学園になんて行っても仕方がない」
「では、二年間休みなく働いてくれたキアスさんに休暇を出すと言うのはどうでしょうか?」
「休暇か……。うぅーん」
ルドラさんは腕を組み、右往左往していた。
「男子学園が無理なら、ルドラさんとカイリさんが抱き合ってキスしてくれたら考え直します。ただのキスじゃありませんよ。舌を絡ませ合う濃厚なやつです! それが無理なら、私は冒険者を辞めさせてもらいます!」
ルドラさんとカイリさんの顔が青ざめていく。だが、ルドラさんはカイリさんの方に歩いていく。どれだけ、私を手放したくないのだろうか。
「ちょちょ、ル、ルドラ様、考え直してください。キアスさんを学園に行かせましょう」
「カイリ、俺達がキスすればキアスは考え直してくれるそうだ。なぁに、舌を絡ませ合えばいいだけだ。死ぬより楽だろ」
ルドラさんはカイリさんの肩を持つ。
「む、無理です、無理です! さすがに無理です!」
カイリさんは顔を横に振り、全否定。
「ぐ、ぐぐぐ……」
ルドラさんも近づいたところまでは良いものの、そこからが長かった。
「くっ。わかった、Sランク冒険者キアス・リーブンのSSランク昇格は保留にする。加えて三年間の休暇を与える。その代わり、冒険者は辞めないでもらうぞ」
「まあ、仕方ありません。学園に行けるのならその条件を飲みましょう」
「どこの男子学園に行かせるか。まあ俺の知り合いが学園長しているエルツ工魔学園でいいか」
ルドラさんは椅子に座り、手紙を書き始めた。したためるとカイリさんに手渡す。
「じゃあ、カイリ。これを学園長に渡してくれ。あと、必需品を集めてキアスに渡せ」
「かしこまりました。では、行ってまいります」
カイリさんはルドラさんから手紙を受け取り、部屋を出て行った。
「はぁ、キアス、本当に良いんだな。SSランクの位が貰えるなんて名誉あることなんだぞ。それを蹴ってまで男子学園に行きたいのか?」
ルドラさんは腕を組み、訊いてくる。
「私は師匠の足下にも及びませんし、師匠を差し置いてSSランクを貰うなんておこがましいです」
「まあ、あの女を出されたら困る。というか、あいつはもう女じゃない。女の皮を被った化け物だ」
「否定はしませんけど女性に対してそんな言い方をするのなんてルドラさん、最低ですね」
「俺は事実を述べただけだ。実際、俺からしたらキアスも大して変わらん」
「えぇー、酷い。私はまだ人間ですよ。化け物じゃありません」
「一三歳の時点でワイバーンを一瞬で狩ってくる者がタダの人間なわけがないだろ。はぁ、こうなったら他の者を推薦するしかないな……」
ルドラさんはため息をつきながら資料に手を伸ばした。
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