二幕
第6話 入学式
幸運なことに私が抗議した時期が丁度、学生たちの入学時期だった。学園の新入生として私も通える。二年生からとかじゃなくてよかった。同い年の男子と会話した経験はないが、大人の男(ルドラ、カイリなど)の人と何度も会話しているため、問題ないだろう。
ただ、私は学園の試験を受けずに入学したため、少々罪悪感があった。まあ試験期間は過ぎていたので仕方がない。だから、入学のさいに筆記や実技試験を特別に行わせてもらった。どちらも入学基準に問題なく達しており、エルツ工魔学園の学園長にそこはかとなく差し込んでもらった。
私は王都の学園について全く知らなかったが、ルドラさんから聞いた話によるとエルツ工魔学園は男子学園の中で一番優秀な学び舎らしい。ルークス王国三大学園の一つとまで言われているそうだ。
今日は入学式がある。その前に私は学園長室に招かれていた。
「いやー、まさか『黒羽の悪魔』が私の学園に来るなんてな。驚いたぞ」
私の視線に映っていたのは高級そうな革が使われている椅子に座り、仕事机に腕を置いている女性だ。男子学園の学園長が女性とは思っていなかったが中堅冒険者、いや上級冒険者くらいの雰囲気を感じる。見るからに男より強い。
「あの、その『黒羽の悪魔』っていう異名、止めてもらえませんか? ダサすぎません?」
「なんでだ? いいじゃないか。異名が付くくらい優秀な冒険者って意味でもあるんだぞ。にしても、話では女子が来ると聞いていたのだが?」
革椅子に座っていた女性は立ち上がり、私の前に立つ。身長は一七五センチメートルくらいで女性にしては長身、胸は私の頭が埋まるくらいデカい。お尻も大きく、尻落とし(ヒップドロップ)でスイカが割れそうだ。服装は女性用の燕尾服を着ており、清潔感にあふれている。
「うぅーん、どこからどう見ても男なんだが?」
女性は私の周りをクルクルと回っている。大型犬に匂いを嗅がれているようで緊張した。
「黒い短髪に平たい胸と尻、整った顔立ち。可愛らしい男子と言っても信じるな」
「喜べばいいのか、悲しめばいいのか私はわかりませんが、とりあえず自己紹介します。初めまして、キアス・リーブンです。三年間、よろしくお願いします」
私はカイリさんが用意してくれた黒が基調の学園服の襟を直し、革靴の踵を合わせる。トランクを床に置いて女性に頭を下げた。
「ああ、よろしく頼む。私の名前はシトラ・マグノリアス。今はエルツ工魔学園の学園長をしている。何かわからないことがあれば、いつでも訊きに来てくれ」
シトラさんは頭を横に振り、長い金髪を靡かせたあと耳に掛ける。腰に手を当て、凛々しく綺麗な笑顔を見せた。頼れる大人感満載だ。何か困ったことがあると土下座して頼み込んでくるルドラさんと似ても似つかない。
「今日はエルツ工魔学園の入学式だ。この後、キアスも闘技場に移動してくれ」
私は学園長室を出て、綺麗に整備された廊下を歩く。昇降機で一階に降りた。学園長室はエルツ工魔学園の園舎の八階にあり、王都が見渡せるので景色がとても良かった。ただ、困ったら毎回あそこまで行くのは面倒だと言わざるを得ない。
園舎から出て広い土地の中からひときわデカい存在感を放つ闘技場に足を運んだ。大理石で作られた八本の太い柱に支えられている建物。何年経っているのか想像つかないほど古代を感じさせてくる雰囲気で、子供心が擽られる。
周りを見渡すとどこを見ても男しかおらず、多くの男の視線が女性教員の方に向いていた。私も一応女だが、見た目は完全に男なので気づかれていないっぽい。とりあえず、性別がバレずに学園生活が送れそうで安心した。
「なあ、あの先生の乳、デカくないか?」
「ああ、俺も思ってた。ほんと学園の癒しだよな」
男子生徒が耳打ちしながら話し合っている場面に遭遇した。
『なぁ、お前の乳、デカくないか』
『お、俺が気にしていることを言うなよ……』
「ふんすっ! いいねいいねっ!」
私は白い羽根ペンの先を小さな黒インクボトルに差し込み、まっさらな禁断の書に頭に思いついた文章を書き連ねていく。
「な、なんだあいつ。いきなり何かを書き始めたぞ」
「ほんとだ。というか、あの男子生徒、妙に可愛くないか?」
『な、なんだよ、お前。いきなり動き出すなよ』
『悪い。というか、お前の顔、妙に可愛いな』
「あはははははっ! 書けるねぇっ! いいよいいよっ!」
私は学園を歩きだして数分、羽根ペンが紙の上で走りまくっていた。
「そこのあなた。早く移動しなさい。入学式に送れますよ」
女性の教員に話しかけられるまで私は羽根ペンを動かしており、気づいたら周りに誰もおらず、私一人だけだった。私は闘技場の中央まで走って向かう。
闘技場の中に入ると試合場に通された。何名の生徒がいるかわからないが、新入生が中央にある試合場に入れられ、在校生が周りの観覧席に座っていると思われる。やけに偉そうな態度を取っている方やじっと空気のように固まっている方など多種多様。これだけ多くの男性がいれば、それだけ多くの禁断の書が書けそうだ。
「あはは、ネタの宝庫だ……」
私は両手を握り合わせ、ボーイッシュに育つよう生んでくれた両親に感謝した。
懐中時計を見ると午前九時頃、青空が見える吹き抜けの天井に箒の持ち手に靴裏を乗せたシトラ学園長がふわふわと浮いた状態で停滞していた。
「シトラ学園長! おはようございますっ!」
在校生の男子生徒達は立ち上がり、耳が破裂しそうなくらい大きな声であいさつした。
「在校生の諸君、おはよう。新入生の前だからか一発目の印象がなかなかいいじゃないか。では新入生の諸君も挨拶してもらおうか」
シトラ学園長は腕を組みながら見下ろしてきた。
「お、おはようございますっ!」
いきなり言われた新入生たちは声がそろわなかった。
「あ? なんて言った? 全く聞こえなかったぞ。もう一回!」
「お、おはようございますっ!」
私達は出来る限り大きな声を出す。
「まだ、出せるだろ! お前らの力はその程度か! もう一回!」
「おはようございますっ!」
私達は三回目にして声がようやくそろった。
「うむ、おはよう。さて多くの者が知っていると思うが私は学園長のシトラ・マグノリアスだ。女だからと甘く見るなよ、お前らなど羽虫の如くひねりつぶせるだけの力があると自負している。貴族だろうが平民だろうが不祥事を起こした者は容赦なく叩きのめす。覚えておけ」
シトラ学園長は多くの新入生を震え上がらせた。秩序を守るためだろうな。
「怖がらせるのはここら辺にしておくか。今から注意事項や長ったるい話がある。眠るなよ」
シトラ学園長は辺りを威圧し、眠れる空気感ではなくなった。その後、三〇分くらい他の教員から説明や注意事項があり、私は普通に眠りそうになった。
「続きまして、新入生代表挨拶、今年度主席合格を果たしたコルト・ トルマリン」
「はい!」
闘技場の王族や上級貴族などが座る特別席に座っていた男子生徒が立ち上がり、手記を取り出して読み始めた。
――へぇ、主席。この中で一番だったってことか。すごいなー。
私は新入生を見渡し、この数の中で代表に選ばれていると言う事実に驚いた。
「続いて在校生挨拶、現生徒会長パッシュ・アーノルド」
「はいっ!」
特別席に座っていた男性が立ち上がり、手記を取り出して話し出す。話し終わると多くの者が拍手し、入学式がある程度終わる。
「では、今から試合場にいる新入生たちに実力を見せてもらおう。一人一〇名と戦い、記録を教員に伝えよ。不正した場合は即座に退学してもらう。そのつもりでいてくれ!」
シトラ学園長は腕を組みながら、いきなり過ぎる発言で新入生たちを困惑させていた。
「この戦いの結果で教室が決まる。終了は誰もいなくなったらだ。勝敗は降参または急所への一撃が確実に入ったと判断できる寸止めで決まる。死んだら負けだ。それだけは覚えておけ。戦う相手は自由だ! 少しでも上を目指したいのなら勝ちまくれ!」
シトラ学園長は戦闘狂かと言いたくなるような発言を繰り返していた。特別席にいた新入生も闘技場の中央広場にやってくる。その瞬間、シトラ学園長は火属性魔法を空に放ち戦いの合図の爆発を起こした。
「よ、よろしくお願いしますっ!」
周りにいる新入生たちは互いに頭を下げながら試合を始めていく。事態を飲み込むのが速い。
――私も一〇回戦わないといけないのか。誰が良いかな。
私は回りにいる男子の中から戦う相手を選ぶ。だが、話し掛け方がわからない。
「あれ、男子とどうやって話せばいいんだ? おじさんなら話せるけど、同い年の男子となると、妙に緊張しちゃうな」
私は自分の状況に戸惑っていた。周りは戦いを始めているのに、自分だけまだ相手を見つけられていない。
「焦っても仕方がない。いったん落ち着いて。戦いを見よう」
私は相手が声を掛けてくるのを待ち、その間、他の男子生徒の戦いを見ることにした。
「はっ! おらっ! せやあっ!」
背が高く、赤髪をオールバックに固めた男子生徒は剣を勢いよく振るい、剣幕を発していた。剣の腕は普通だが威勢は悪くない。
「くっ! つっ! んっ!」
線が細く、短い金髪を自然に流した男子生徒は赤髪に押され、剣が上手く振れていなかった。自ら攻める意志が感じられない。だが、身のこなしは上手く、体幹がしっかりしているのか、剣が弾かれても芯がぶれていなかった。戦いで攻められないのは致命的だ。戦いは流れがあり、どちらが握るかによって戦況が変わる。攻めなければ流れは変わりにくい。体力もあり余っているとなると結果はおのずと察した。
赤髪の男子生徒が剣先を金髪の男子生徒の首に寸止めする。
「ま、参りました……」
金髪の男子生徒は負けを認め、試合が終わった。
「ふう……、次だ」
赤髪の男子生徒が私の方に向って歩いてくる。背丈は一七八センチメートルほどあり、長身だ。まだ一五歳なのに。
「お前、相手がいないなら俺と戦え」
赤髪の生徒はぶっきらぼうに戦いを挑んできた。
「わかった。じゃあ、戦おうか」
私は腰に掛けた剣を引き抜き、普通に構える。
「……っ!」
赤髪の生徒は私が構えた瞬間に後方に下がった。軽く構えていたのに、今は殺意むき出しで剣を握っている。
「お前、何者だ。どこにも隙がねえぞ」
赤髪の生徒はとても優秀なようだ。私の力量をしっかりと把握できている。
「隙が無かったらどうするの?」
「はは……、作るっ!」
赤髪の生徒は震える脚を前に出し、剣を振りかぶってきた。恐怖に打ち勝つ精神力は目を見張るが、技術がお粗末だ。
私は半歩下がり、振りかざされた剣を躱す。そのまま赤髪の生徒が前に傾く反動で開いた首に、蛇が獲物を狙うような鋭い蹴りを入れる。本気で蹴ったら首が折れるので、首をからめとる。スカートではなくズボンなのでパンツを見られる心配もないし、剣を使う必要もない。相手に意識を向けさせるだけの道具にすれば隙を作りやすくなる。
「くっ! ぐぐぐう……」
私は蹴りで怯み倒れ込んだ赤髪の生徒の首を太ももで締め、剣を持つ右腕は関節を決める。赤髪の生徒は私の脚を二、三回叩き、降参してきた。
「ふぅ、ありがとうございました」
私は赤髪の生徒を放し、頭を下げる。
「はぁ、はぁ、はぁ……、な、なんかめっちゃ良い匂いがした気がする」
赤髪の生徒は負けたのに悔いがなさそうだ。
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