第3話 王都

 王都近くまで来るのに寄り道しながら七日ほどかかった。雨の日や風が強い日は空を飛びたくないので延期にした結果だ。師匠に手紙を急いで届けろと言われていないので、時間をかけても問題ない。ただ、七日間、食事代や宿泊代がかさみ手持ちのお金が普通に無くなりそうだ。どうも、王都方面に向かうと物価が上がるらしい。


「王都の宿、高そうだなぁ。ボロボロでもいいから安いところを紹介してもらおうか」


 私は空を飛びながらお金のことを考えていた。一三歳になって初めてお金の大切さに気づけた気がする。今までは自給自足だったので、お金を払えば何でもしてもらえると言う凄さに驚きを隠せなかった。まあ、それ相応の対価を払わなければならず、お金を稼いだ覚えが真面に無い私が生活して行けるだろうか。そんな漠然とした不安の中、下りようとしていた道の近くにある森の方から声が聞こえた。


「くっ! 眼鏡。早く立て。食い殺されるぞ……」


 左腕を押さえ、頬から血を流している男性が鬼気迫る表情を浮かべながら呟いた。


「た、立てと言われても、今、ウォーウルフに囲まれてるんだよ。もう無理だよ」


 小々細身で眼鏡をかけている男性はしりもちをつきながら動かない。腰が抜けているのかも。


「こうなったのは俺の責任だ。俺がこいつらを引き付ける。お前だけでも仲間がいるところに戻れ!」


 傷を負っている男性は眼鏡をかけている男性の胸ぐらをつかみ、にらみつける。


『おい、早く立たせろ。じゃねえと、俺がお前を食っちまうぞ』

『も、もぅ、立てないよぉ……。これ以上されたら、死んじゃぅ』

『たく、こうなったのは俺のせいか。しかたない、俺が立たせてやる』


 男性たちの話を聞いたら、また頭の中で禁断の書の内容が巡る。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 私は不意に叫んでしまった。胸の中がじんじんと熱くなり、助けないわけにはかない。あの二人はもしかしたら恋人関係かもしれないじゃないか。なら、二人の愛を守らなければ!


 私は方向転換し、森に直行。急速で移動し、地面に突っ込んでいく。その瞬間、狼に似た灰色の毛が特徴的な魔物、ウォーウルフが二名の男性に飛びかかった。

 怪我を負っていた男性は眼鏡の男性を守るように覆いかぶさる。


「よっこいしょっ!」


 私は空から降ってくる加速力を利用し、音速に近い右拳をウォーウルフの顔面に打ち込む。頭蓋骨は私の拳と地面に挟まれ粉砕。師匠が壁に投げた石のように弾け飛び、顔がなくなった。血しぶきは私の服に飛ばす、全て地面にぶつかった。その地面も大きく罅割れ、半球状の窪みとなっている。


「な、なにが起こったんだ」

「今から、ここにいるウォーウルフを全部駆除するので、止血してください」


 私は右腰に付いている杖ホルスターから三〇センチメートルほどの魔法杖を抜き取る。


「『水弾(ウォーターショット)』」


 私の詠唱と共に杖先に小さな魔法陣が展開した。体中で練り込まれた魔力を少し押し込む。すると、水の玉が目にもとまらぬ速さで射出された。低い姿勢を取りながら唸っているウォーウルフの頭部を小さな水滴が貫通。身一つ動かすことなく倒れ込む。


「二〇頭くらいか」


 私は的当て感覚でウォーウルフの頭部を狙い、魔法で打ち抜いていった。途中、逃げ出す個体がいたが、追う必要もないと思い、無視する。


「ふぅー。よかったよかった。これで二人の恋は守られましたね」


 私は杖をホルスターにしまい、足下に魔法陣を生み出して空を飛ぶ。「お幸せにー」と声を掛けながら空を飛んで、王都に向かった。


「ちょっ! 待ってくれ!」


 声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。私は森の中で愛を育む男性二名の姿を見て胸が躍っていた。


「はぁー、王都に行ったらあんな光景がもっと見られるのかな。さっき、不安だったけど禁断の書みたいな内容が沢山見られるのなら頑張れるかも!」


 私は身を震わしながら超特急で空を移動し、王都の門前に到着する。空を飛んでいる人がいなかったのと、検問を通らないと犯罪になるので仕方なく下りた。


「おはようございますっ! 今日は良い朝ですね!」


 私は未だに気分が良く、門の近くにいる少々老けたおじさん騎士に声を掛けた。


「元気な、お嬢ちゃん? でいいのかな……」


 おじさん騎士は疑問形で訊いてきた。案外失礼だ。


「なんで、そんな質問するんですか? 私は女の子ですけど」


 私はどこからどう見ても女の子だと思うけど。


「いや、ものすごく美形で一瞬、性別がわからなかったんだ。申し訳ない」


 おじさん騎士は頭を下げながら謝ってきた。謝れるだけ紳士的か。


「まあ、別に気にするほど女の子に固執してませんし、私としてはどっちでもいいです」

「はは……、中々さばさばした少女だな」

「先輩、交代の時間です」


 若い騎士が銀色の鎧を輝かせながらおじさん騎士のもとに走ってくる。


「そうか。わかった。じゃあ、この子の検問が済んだら交代する」

「了解です。なんなら俺も手伝います」


 騎士二名掛かりで私は検問された。王都に来るまでに作っておいたギルドカードを見せ、犯罪歴を調べられた後、トランクの中身を見られ危険な品は一切無いと証明する。やはり王都なだけあって検問が厳しかった。


「禁断の書? 何だこれは」


 おじさん騎士が私の持っていた禁断の書の表紙を見ながら訊いてくる。


「そ、それはえっとそのあの、ただの魔導書です。私、趣味で書いてるんですよ」


 私は開かれまいと禁断の書を両手で掴む。


「一三歳で魔導書を書いているのか。いやはや、とんだ凄いやつがいたもんだ」


 おじさん騎士は禁断の書を放し、返してくれた。


 若い騎士の方が書類を書き、私の情報を書き留められてしまった。別に悪いことはしていないので構わないが嫌な気分になる。


「ん……。おい、記入が間違っているぞ」


 おじさん騎士は若い騎士が書いた書類に目を通し、欠点を見つけたようだ。


「あっ、すみません。すぐに書き直します」


 若い騎士は羽根ペンを動かし、即座に書き直す。


「たく、すぐに終わらせればいいってもんじゃないぞ。ちゃんと余裕をもって仕事しろ」

「は、はいっ。わかりました!」


『たく、入れてすぐに終わらせてんじゃねえぞ。もっと余裕をもって動け……』

『は……、はいっ。わかりました!』


「きゃぁあーっ!」


 私は騎士のやり取りでまた頭の中に禁断の書の内容が流れる。


「な、なんだなんだ」


 騎士の二名は私の方を向き、身を引いて驚いていた。


「あ、す、すみません。何でもありません。えっと、お幸せに!」


 二名の騎士は首を傾げ、困った顔になっていた。そんなのお構いなしに、私はいい気分になり、トランクを持って王都の中に入る。


 ――ああ、どうしよう。これ禁断の書の呪いなのかな。男達が卑猥に見えて仕方ないよ。というか、なにここ、くそ広い。


 私は王都の中に入り、建物や人々があまりにも多く、目が回る空間に立っていた。石畳で整備された地面。大量のレンガを使った建物の数々。歩く人が着ている服や身に着けている品が高そうなシルクに宝石。馬車もめまぐるしく走っており、歩道を外れたら轢かれそうだ。治安や衛生面もよく、ドブや下水の臭いが気にならない。それだけで凄いと思ってしまう。加えて人族の男や女、他種族の者達までいる。


「へぇ。ここが王都。やっぱり田舎とは違うなぁ。動くものが多すぎて目が回るよ」


 私はウルフィリアギルドに向けて歩いた。空を飛んで行った方が楽だが、空を見上げても飛んでいるのは鳥ばかり。人が飛んでいる姿は見られなかった。


「なんで誰も飛ばないんだろう。飛んだ方が楽なのに。まあ、落ちたら危ないし、これだけ人がいたらぶつかっちゃうか」


 私は飛ばず、王城が見える中央に向って歩いて行く。すると人々の服装に変化が見られた。防具や武器を持っている者が増えた。加えて三名や四名、五名で固まって歩いている。


「あれが冒険者パーティーってやつか」


 人びとの流れに沿って歩いて行くと大きな建物が見えた。レンガ造りの建物で、王城の次に大きいのではないだろうか。ルークス王国の中で一番大きな冒険者ギルドだけはある。


「いやぁー。大きいなぁ。まあ、私、冒険者に興味はないけど。でも、お金を稼がないといけないし、出来る依頼があればこなした方がいいよな」


 私は建物の大きさに圧倒されながら、ウルフィリアギルドの入り口を通る。人が大変混雑しており、人気の職業だと伺えた。危険だが、報酬が良い。博打感があって好きなのかな?

 高級な素材やお宝を見つけたら人生一発逆転もあり得る。損失の危険が大きいほど高い収益を期待する精神が働いているんだろうな。

 私は無理して危険を冒すなど馬鹿げていると思う。のんびり自堕落に生きていた方が楽しいのにと考えてしまった。

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