E p i s d o e 3 9 グッバイヒロイン (3)
『これで最後にしよう』
咲にそう言われたとき、目の前が真っ暗になった。
私にはもう何も無い。感じたのは絶望だけだ。
自分が思っている以上に、咲は生活の柱になっていた。
咲が喜ぶ服を着る。咲と食べたい店を探す。咲と遊びたいゲームを選ぶ。咲と観たい映画を覚えておく。咲と語りたい分野を学ぶ。咲と歩きたい道を行く。
周囲の風景がどれだけ彼女で彩られていたか、知らなかった。
知ろうともしなかった。
彼女は当たり前のように側に居た。
有り余るほどの愛情をもって、私に接してくれていた。
何故こうなってしまったんだろう。
「灯さん、大丈夫ですか?」
「え? あぁ、小径ちゃん。おはよう」
「もうお昼休みですよ。もしかして、授業中も寝ていたんですか?」
「ん。いや……」
そっか。授業は終わったのか。起きていたけれど、他のことばかり考えてしまったな。
「喧嘩でもしたんですか、咲さんと」
「喧嘩っていうか……破局っていうか」
「……え?」
小径ちゃんが、みるみるうちに怪訝な顔つきになった。重力に逆らって空へ落ちていく林檎を見たような、有り得ない、という表情である。
「あ、いや……まぁ、その、付き合ってたんだけど……」
「咲さんが別れを切り出したんですか?」
「うん……」
「そんなわけありませんよ。何かの手違いです。あの咲さんに限って、灯さんを振ったりするはずがありません」
「でも、実際に……」
「じゃあ待っていてください。うちが直談判してきます」
「ううん、待って、小径ちゃ……小径ちゃん」
服の裾を引っ張ると、彼女はようやく立ち止まった。恐ろしい子だ。聞こえているはずなのに、呼びかけはガン無視するんだから。
「何です?」
「……大丈夫。私は、大丈夫だから」
「……そうは見えませんが?」
「とにかく……自分でなんとかするから、大丈夫」
小径ちゃんは肩を竦め、一緒に弁当を食べよう、と提案してくれた。
私にとって、これがどれほどの救いになったことか。
今まであったことを彼女に話すと、自然と涙があふれ出てきた。ご飯を食べながら泣くなんて人生で初めてだったから、どう呼吸をすれば良いのか分からなくて困る。小径ちゃんに背中をさすってもらいながら、無理やりご飯を口に突っ込んだ。何の味も感じられなかった。
「灯さん。夢はありますか?」
食事中、彼女はそんなことを訊いた。
「うちにはあります。とても大きな、大きな野望が。でも、叶わなくたって良いんです。ただ、夢があるというそれだけのことが、生きる勇気を与えてくれる」
「…………」
「だけど一方で、ふと怖くなることがあります。いつかこの夢を手放すときが来たら、自分は生きていけるんだろうか。明日が来ることが、拷問になってしまうんじゃないかって。……灯さん。うちには灯さんの気持ちも、咲さんの気持ちも分かるんです。咲さんは、灯さんの夢を守ろうとしているんだと思います」
「私の夢? ないよ、そんなの」
「これから抱くかも知れません。その可能性の全てを、彼女は引き受けるつもりなんです」
そんな大それた励まし方をされても実感が湧かない。ただ、小径ちゃんにとっての夢が、私にとっての咲と似たものであることが分かって、寂しくなった。
私の夢を守りたいなら、ただ、側に居てくれるだけで良かったのに。
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