Edosipe13’ 汝自身を思い知れ (1’)

 2月21日。


 灯と話し込んで遅くなってしまった帰り道、交差点の角にお婆さんが座っていた。


 紫色のクロスが掛かったテーブルの上には、水晶玉や手相の表、おみくじの棒などが並べて置いてある。


 いわゆる、辻占というやつだ。


 道行く人を呼び止めては、占いを持ちかけ料金を取る。こんなド田舎では珍しいけれど、都会では未だに存続している文化の一つだ。人生で一度くらいは体験してみたいけれど、生憎占ってほしいことは無い。たとえ占ってもらったところで、私の行動は何も変わらない。


 自転車を漕いで通り過ぎようとしたときだった。


 「お嬢ちゃん、好きな人がるね」


彼女が突然、口を開いた。それだけなら無視もできたけれど、続く言葉は私を立ち止まらせるに充分な、どころか余分なほどの衝撃だった。


「相手は……髪が長い……これは、女の子かね」


ブレーキを握り、左足を地につける。お婆さんは私など気にも留めない様子で、水晶玉だけを凝視していた。彼女は普通の占い師とは違う。運命ではなく、また別のものを見ている。現在か、未来か、過去か、ひょっとすると、私が必要としているかも知れない何かを。


 「お嬢ちゃん」


彼女はようやく水晶玉から目を離し、私のほうを見遣った。一言一言、長すぎるほどの間をとって、私を手招く。


「そっちは暗いやろ。こっちへおいで」


訝しんで辺りを見渡す。


 たしかに、妙に暗い。来た道を振り返っても、等間隔に並ぶ街灯は一つも機能を果たしておらず、民家も、近くにあるはずのグラウンドも、全く光を放っていない。足下も手元も、ただ暗いと分かるだけで、何一つ視認することができない。まるで街全体が停電になったかのような暗闇だ。


 なのに占い師の頭上だけ、街灯がはっきり点いている。


 異様である。四辻の中心、闇の道の終着点とも言える場所だけが、煌々と光を灯しているのだから。周りから光を奪い――あるいは、闇をばらまいているみたいに。


 「安心せい、子供から金を取りゃあせん」


 虫が光に呼ばれるように、私はその円の中に足を踏み入れた。縮こまっているお婆さんは想像よりもずっと小さく、立っていると変な威圧感を与えてしまいそうだ。でも、彼女と向かい合って座るなんて有り得ない。危なすぎる。


 「かわいそうに。あんたは孤独だ。誰にも分かってもらえない悩みを抱えている」


誰だってそうだ。


「いつも無力感を感じとるね。何もできない、何も救えない。自分のちっぽけさに打ちのめされておる」


普通のことだ。生きていればぶつかる問いだ。


「過酷な運命の持ち主で、したいことや欲しいものがあっても、大きな力に阻まれてしまう。そうだね?」


その通りだ。だけど。


「無料で占ってもらって恐縮ですが、あなたに同情してもらう謂れはありませんよ。私はこれでも、現状に満足しているんです」

「本当に?」


そう問われると自信はなかった。下から舐め上げるような視線に思わず後退あとずさった。しかし、一歩下がれば光の縁に足がかかる。それより先は一寸先も見えない闇、まるで奈落が口を開けているような真っ暗闇だ。


「意中の相手を落としたいなら、これを使うといい」

「……首輪?」

「そうじゃ。これを付けられたは命令に一切背かなくなる。あんたのしたいことは何でもできる。欲しいものは何でも手に入る。最高だろう?」

「こんなもの要りません」

「好きにしたらいい。ただ、忠告しとくよ。これを使わなきゃ、あんたの欲望は永遠に満たされん。想い人と付き合うなんて、夢のまた夢だ」


――信じなさい。私はあんたの味方だからね。


 気付けば、道は明るくなっていて。


 お婆さんの姿はどこにもなくて。


 私の右手には、不吉な首輪が一つ残されていた。


 「命令に背かなくなる……」


灯にどんなことでも言わせられるし、させられる。空しいだけだった妄想を、現実のこととして実現できる……。


 いや、いやいや。いやいやいやいや。


 ねぇ?

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