Edosipe9’ 学校祭 (1’)
「クラスの出し物について、何か案のある人はいますか?」
こう訊かれると、私は密かな圧を感じる。『お前が出せ』『お前が手を挙げろ』と暗に責められている気がしてならない。
灯と仲良くなったのも、そう言えばこんな状況だった。
中学一年生のとき。クラスは同じだがほとんど交流のなかった私と灯は、たまたま同じ図書委員になった。本好きの私が図書委員に志願するのは当然の成り行きだったけれど、灯が立候補するのは珍しい。今思えば不思議だが、どうだっけ、昔はラノベを読む習慣があったんだっけ……?
そこで、委員長は誰がやるかという話になった。後期の委員会なので三年生は既におらず、一年か二年の中から委員長を出さなければならなかった。
『立候補する人は手を挙げてください』
一度目の呼びかけでは、誰も反応しなかった。全員の意識が私に向いているのが分かった。彼らは身を引いている、身を引かざるを得ないのである。空気を読んで。流れに則って。
正直、私はうんざりしていた。委員長とか、企画長とか、少しでも責任が伴う仕事を前にすると、その場にいる人がみな遠慮する。彼らは主人公を誤解しているのだ。
確かに、大きな事件やイベントがあれば私は否応なくそれに巻き込まれる、というか中心人物になってしまうが、図書委員長になる程度のことでは運命力が作用しない。つまり、委員長が私だろうがAくんだろうがBさんだろうが、運命を変えたことにはならないのである。そこら辺のディテールは曖昧で体感的なものであり、いざ主人公を経験してみないと分からないのも無理はない。しかし、それをいちいち説明して回っていたら時間がいくらあっても足りないだろう。
彼らは私を見るだけで恐縮し、自らの人生を卑小なものと感じ、後先考えずに道を譲る。
林先輩のように道を塞いでくるのも厄介だが、問答無用で道を通されるのもそれはそれで考えものだ。通れと言われたら通らざるを得ないし、譲ると言われたら受け取らざるを得ないのだから。
『誰か、いませんか?』
仕方ないから、私が手を挙げようと思った。このまま膠着状態を続けても、お互いに気分を害するだけだ。彼らと同じように、私も空気を読むとしよう。流れに身を任せるとしよう。
膝の上に置いていた手を、すっと持ち上げようとしたそのときだった。
私の目の前で、誰か別の手が上がったのだ。
コッペパンのようにほんのり日焼けをした健康的な腕。それはプルプルと震えながらも、真っ直ぐ斜め上に伸び、図書委員長に立候補する意思を表していた。
『えーっと……将門さん、やってくれるの?』
『はい』
全員ぽかんと口を開けていた。灯だけが、真剣に口を噤んでいた。
一番驚いたのは、私だ。
それはまるで、出口の見えないトンネルに風が吹き抜けたようだった。
何かが変わる予感がした。
彼女をもっと知りたいと思った。
その思いは今も変わらず、むしろ膨れ上がるばかりだ。
灯のことを、もっと知りたい。灯の「好き」を知って、理解して、できることなら――私が灯の、「好き」になりたい。
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