Episode14 キャッチマイセルフ (2)
朝の支度に時間がかかって、今日も猛ダッシュで自転車を漕ぐ。吐く息が白い。もうすぐ春になると言うのに、冬の寒さは容赦なく肌を刺す。
辛うじて学校の駐輪場に辿り着くと、校舎の二階を見上げる。教室が冷えないように窓を閉じてはいるものの、私の親友が慈しむような目でこちらを見ているのが分かった。
「どうしたの、その帽子。美容院で注文を間違えてモヒカン頭にしてしまったの?」
「それは流石に、美容師さんもバリカンを取る前に確認を取るでしょ」
「じゃあどうして?」
「発想がモヒカン一択なんだ……」
まぁ考えたところで、「猫耳が生えた」という解答に至れるとは思えないが。
「何にせよ、授業中は外した方がいいよ。先生に叱られる」
「そうだよね……」
そこは、一番の懸念でありながら勘案の外にしてきた観点である。できるだけ地味な色のキャップをかぶって来たけれど、教室でかぶっていては目立つ。外せと言われたらこの耳を全体に晒さなければならないし、怪我や病気と偽っても証拠を見せろと言い寄られるだろう。まったく、学校というのはつくづく不自由な空間である。いや、ひょっとするとそれは、学校を卒業しても永遠に付いて回る不自由さかも知れない。
「いっそのこと、サボっちゃおうか」
私が冗談混じりに提案すると、咲は長い睫毛を
「付き合うよ。私もいま、同じこと考えてた」
猫のように気ままに、気まぐれに、学校を抜け出してぶらぶらと歩く。出席確認の前だったので、早退ではなく欠席扱い。学校を出てすぐに電話をかけて、体調不良で休むことを伝えた。
二人同時に休むと怪しいので、「昨日、咲と一緒に道に落ちてたお菓子を食べたら、二人ともお腹を壊しました」というストーリーをでっち上げた。馬鹿な話のほうが信憑性が増す。私がぱっぱらぱーなのは言うまでもないし、咲は優等生ぶっているが根がバカだ。私に
「どこ行こっか」
「田舎だからなぁ、行ける場所は限られるよね」
「制服だしね」
「そうそう、学校にクレーム入っちゃう」
「図書館はどう? 勉強してる感があれば、文句は言えないよ」
「やだ。私、本読まないし」
中学生のとき、一度だけ図書委員、それも委員長になったことがあるけれど、それ以降「図書」と名がつく物には縁がない。昔は絵本もラノベも嫌いではなかったけれど、気付いたときには本から離れた生活をしていた。結局、体を動かして学ぶほうが、私には向いているということなのだろう。
「電車に乗って、大きめのゲームセンターへ行こうか」
「アリ」
咲が自分からそんなことを言い出すなんて珍しい、と思いながら、私たちは自転車に跨がり駅へ向かった。
学校をサボタージュしたのが心苦しいのか、咲はどちらかと言えば物憂げな表情を浮かべている。浮かない表情、とまではいかないが、浮かれている私とは大違いだ。
ゲームセンターには電車一本で着いたものの、バイトが学校に禁じられている私たちには遊び倒せるほどの財力が無い。コスパが素晴らしいリズムゲームを何回かプレイし、エアホッケーを一緒に遊んだあとは、併設されたフードコートでちびちびとドリンクを飲むほかなかった。
「楽しかったね!」
咲が冬の日差しのように笑う。正直、私はまだ消化不良というか、昂ぶった気持ちが晴らし切れていないのだけれど、彼女が満足そうで良かった。忘れちゃいけないのは、今日が咲の誕生日だということである。
「ねぇ咲。何か欲しいものは無い?」
「こうして遊べるだけで充分だよ」
控えめだなぁ。私なら、高くて絶対買えない物をあえてリクエストするのに。仕方ない、普通にお菓子でも買って渡そう。
自己完結で解決しそうになったその時、咲が言い辛そうに顔を俯けた。
「でも、その、帽子をかぶっている理由は教えてほしいな。もちろん、無理にとは言わないけれど」
……来たか、遂に。
今日はいつもより素直だとか中途半端な自己分析を披露してしまったけれど、いざ隠していた猫耳を見せるとなると異様に恥ずかしいな。しかも、咲がうつむき加減で見ているせいで上目遣いなのも良くない。物欲しそうな顔をされると、期待されている気がして照れくさい。
よ、よし。覚悟を決め、キャップのつばに手をかけて――。
「あ」
「ん?」
何かと思って背中側を見れば、泳ぐように揺れる尻尾が一本。ゆらゆら、ゆらゆら、とSの字を描き動いているそれは、間違いなく私の尾だった。それがスカートを捲り上げているので、後ろから見ると私の下着が丸見えである。
驚いた拍子にキャップもぱさりと落ちてしまって、畳まれていた猫耳もぴょこっと顔を出す。一気に猫度100%の姿を晒した私は、恥ずかしさのあまり顔を手で覆った。
どうしよう。情けない形で猫耳と尻尾を暴露してしまった。この格好自体恥ずかしいと思っているのに、これでは笑い者にしてくれと言っているようなものではないか。
恐る恐る指の隙間から彼女の顔を盗み見ると、彼女は。
時折見せるあの静かな怒りを、全身から放出しているようだった。
「……咲?」
「え、あ、ごめん。どうしたのそれ、可愛いじゃん」
今更浮かべたニタニタ笑いはどこか固く、軽率な彼女を無理に演じているように見えた。その理由を問い質すことは、私にはできない。
ねぇ咲、いい加減教えてよ。あんたには一体何が見えているの?
いま、私のこと本当に、可愛いと思ってた?
「誕生日プレゼントってこと? 嬉しいな」
「違うよ。朝起きたら生えてたの」
「そんなこと言って、私に見せたかったんじゃないの?」
「なわけないし」
「ちょっと触らせてよ」
「やだ」
いつも通りの追いかけっこが始まる。でも、私の心はいつもよりささくれ立って、言うことを聞かない。私はずっと、自分のほうが素直じゃないんだと思っていた。思ったことや感じたことを、そのまま言葉や行動に移すことができない。もどかしくて、このままじゃ駄目だと思って、でも同時に、咲に救われた気分にもなった。いつ何時も自分のスタンスを変えない咲が、好きと思ったら平気で好きと口に出せる咲が、羨ましいと思っていた。
だけど本当は、素直じゃないのは咲のほうだったんじゃないか?
「疲れた。もう帰ろ」
本当に疲れたわけでも、帰りたいわけでもないのに、この生意気な口から言葉が流れ出る。
「……うん。そうしよう」
簡単に賛同してしまう咲も憎い。自分のしたいようにすれば良いのに。私の言うことなんか聞かなくて良いのに。なんで咲はいつも、いつも……。
ドリンクを飲み終えて席を立ち、施設を出ると真っ暗だった。
まだ正午過ぎだというのに、分厚い雲が光を遮って重苦しい。きっと太陽は私たちを見放し、どこか別の場所で月と戯れているに違いない。そうでなければ、ちゃんと私たちの顔を照らし、こんな息苦しさは晴らしてくれるはずだから。
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