Episode13 キャッチマイセルフ (1)

 朝起きると、猫耳が生えていた。


 鏡を見るまでもなく分かる。触るとフサフサしていて、スルメのように薄い。周りの雑音が妙にくっきりはっきり聞こえ、しかも音の方向まで完璧。ダウジングセンサーのようにキョロキョロと辺りを聞き回り、一階のテレビから笑い声が放たれる度にぴくりと過敏な反応を示す。


 ここまで検分して、ようやく掛け布団を払い除ける。いつにも増して寒さが身に染みたのは、猫化が進んでいる証左だろうか。いま生えていることに気付いた尻尾も、めちゃくちゃ私の腰に巻き付いている。こうすることで体温を逃がさないようにしているのだろう。


 さて、突然猫耳と尻尾が生えた理由にはまったく心当たりが無いけれど、あるとすれば今日の日付、2月22日が関係していると推測できる。222の並びとにゃんにゃんにゃんの語呂合わせで、猫の日。日本人なら言わずもがなだ。


 そうかそうか、猫の日だから、主人公たる私が猫になってしまうのも仕方がない。今までのイベントに比べて非日常性がぶっちぎりで高いけれど、そもそも自分が主人公という思い付きだって充分ファンタジーだし、今更うろたえることもない。たとえ玄関を出て街ゆく人が全員猫耳尻尾の萌えスタイルで歩いていても、私は決して、驚かないぞ。


 ……って、なわけあるかぁぁ!!


 夢と現実を混同していたから却って冷静に考察することができたけれど、改めて考えると何だこれ、猫耳と尻尾? 今の私には耳が四つあるってこと? どの耳がメインで働いてるの? 尻尾は尻尾で、根元の皮膚は一体どうなっているのだろう。突き破って生えてきた割には、痛みがなかった。骨はあるのか? 明日になったら元に戻るのか? 分からないことが多すぎる。


 とりあえず、今日は休もう。


 猫の日にここまで感化されているのが私だけだとしたら、一日中耳と尻尾を隠して授業を受ける羽目になる。そこまでして学ぶべき内容が今日一日に凝縮されているとは思えないし、最悪、同じクラスの小径ちゃんにノートを見せてもらえば遅れは取り戻せるだろう。他の懸念は……。


 あ、そうだ。


「咲の誕生日……なんだった」


今の姿を咲に見せたら、狂喜乱舞するだろうな。


 いや、行かない。行かないよ、それくらいのことで。今日じゃなくても、明日また祝えば良いことだし。私がこんな状況になってるって知らなければ、向こうも猫耳姿が見たいなんて思わないだろうし。でも、でも……。


 ちょっとだけ、見て欲しいかも……。


 考えるや否や、二対の耳がかーっと熱を帯び始めた。やっぱり今日は、たぶん心の中まで猫なんだ。それも飼い慣らされたイエネコ。こんなに人に甘えたいと感じるのは、今日の私が偶然どうかしているからだ。


 でも、だったら、このどうかした素直さのままで、咲に感謝を伝えに行こう。これまで言えなかった一言が、今日なら言えるような気がする。


 キャップをかぶり、更にその上からヘルメットをかぶる。長い尻尾は丸めてスカートの中に隠す。残念ながら、世界中の人が同時に猫化した事実はなく、私は唯一の猫娘として世界に立ち向かわなければならないようだ。


 だが、それでこそ主人公。


 数々の修羅場をくぐり抜けた私は、もう昔の私じゃない。


 自転車を勢いよく漕ぎ出すと、じわじわと勇気が湧いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る