Episode7 マウストゥーマウス (2)

 近所の共同墓地で待ち合わせ、肝試しをすることになった。


「墓地の中を突っ切って、向こう側まで行けたらクリアーね」

「一緒に行くんだよね」

「うん。咲が怖がってるとこ見たいもん」

「…………」


あれ、そっぽ向いちゃった。いつも飄々として弱味を見せない咲が、夜の墓地というだけでそわそわしている……。なにこの優越感。


 焦っている灯が可愛い、という彼女の言い分を今まで信用していなかったけれど、この心境なら理解できる。好きな人が戸惑っている様を眺めるのは楽しい。


 あ、好きっていうのは、友達として好きって意味で。


 「ただ歩くだけじゃ簡単だから、怪談でも話しながら行こうか。夏だし、暑いしね」

「どこがよ。真夏じゃないんだから、夜は普通に冷えてるって」

「いや、咲がくっついてくるから暑いんだよ」


通常なら鬱陶しいので振り払うところだが、私が怖がらせようとしている手前、邪険にするわけにもいかない。右肩だけ引っ張られて身体が歪んだら、あとで責任を取ってもらおう。


 「っていうか、そんなに怖いかな。ただのお墓だよ」

「肝試しって響きがもうダメ。灯は怖くないの?」

「全く怖くないって言ったら嘘になるけど、平気だな。私は幽霊とか目に見えないものより、身近な人間の方が怖い。現実的な暴力の方が、よっぽど威圧感あるもん」

「…………」


心なしか、右腕を締める力が強くなったような気がする。私が最近怖い思いをしたばかりだから、咲なりに安心させようとしてくれているのだ。自分も恐怖で一杯のくせに、私を思いやってくれることが素直に嬉しい。口にされると私も気恥ずかしいし、何か言い返したくなってしまうけれど、これぐらいの温度感で伝えられると抵抗しなくていいから楽だ。


 「じゃあ始めるよ。これは母親の友達が経験したっていう話なんだけど……」


 彼女は県外に旅行に行った。夫や子供から離れて、羽を伸ばしたいと思ったそうだ。予算は食事や工芸体験に割きたかったので、旅館は安くて古いものを選んだ。安いと言っても広さや清潔感は申し分なく、各部屋には露天風呂もついていた。どうしてこんなに安く泊まれるのか、最初彼女は不思議に感じたという。


 夜、雨が降り出した。ぴちょん、ぴちょんと音が聞こえ、彼女はなかなか寝付けなかった。雨の音、時計のチクタク鳴る音に加え、次第に他の音も聞こえ始めた。隣人が壁を引っ掻く音、子供が廊下を走る音、しまいには遠くで女性がすすり泣く音が聞こえ、ぽたっと冷たい感触が頬に当たった。驚いて目を開くと、天井に何かがいる。暗くてはっきり見えないけれど、張り付いてこちらを見ている。


「逃げようとしても、身体が動かなかったんだって。だからと目を合わせないように、ひたすら目を瞑っているしかない。がどこにいるのか、近くなのか遠くなのか分からないまま、ひたすら女性のすすり泣く声と、じゅるじゅる舌なめずりをするような音を聞き続けたんだって……」


 咲はもう、木にしがみつくコアラのように私にくっついてしまっている。全体の半分も越えないうちにこの状態だと心配になるが、本番はまだこれからだ。


 実は、あらかじめ小径ちゃんがこの墓地の中に潜んでくれている。平日のうちに相談をして、咲を驚かせるために手を打っておいたのだ。私の作戦に抜かりはない。一つ難点をあげるとすれば、既に咲が失神しかけているという事実ぐらいだ。


「で、後から訊いてみたら、その旅館では数年前に客の一人が自殺していて、彼女が泊まったのはまさにその現場の部屋だったらしいよ。いやぁ、惚れ惚れするほど不運だね!」


最後はポップに締めてみたが、私の両肩にのしかかる重みに変化はない。このせいでかえって歩みが遅くなるのは、咲も本意ではないだろうに……。


「はい、今度は咲の番。何か無いの、怖い話」

「そんなの無いよ……。聞いてもすぐに忘れるし」

「じゃあ私がもう一つ」

「いや、ムリムリムリムリムリ」

「そんなに怖い? 世にある怪談の中では、割とオーソドックスというか、最早あるあるネタみたいな話だと思うんだけど……」


ぴたりと足を止めると、咲の身体がどっともたれ掛かってきた。彼女が無反応なのも無理からぬことだ。私ですら、驚いて一言も口が利けなかった。


 目の前に二つ、青白い光の玉がゆらゆらと漂っている。


 やたら透明感のある清らかな色で、これまでに見たどの照明の色とも異なっていた。強いて言えば、綺麗な湖に透ける光を凝縮して閉じ込めたような、美しい色の塊だ。


「あれって……人魂?」


真っ先に思いついたのは、小径ちゃんの悪戯であるという説。打ち合わせとは違うけれど、オカルトに詳しい彼女ならアレンジを加えてきてもおかしくない。ターゲットの咲のみならず、私まで脅かそうという魂胆か。しかしこの説は却下だ。小径ちゃんは一人、友達を誘えても一人か二人だろう。その人数で、これほど活き活きとした人魂を演出できるものか。


 なんて理由は後付けで。


 私は正直、誰にも水を差されたくなかった。「偽物だ」とか「作り物だ」とか、思っても口にしてほしくなかった。私はワクワクしていた。誰も見たことのない「特別な光景」を今、この目で見ているという高揚。これこそ私が求めていたものだ。


 身体の奥底から湧き上がる熱に反して、氷のように冷たい感触があった。咲の腕だ。気付けば力なく、だらりと私の前に垂れ下がっている。


「咲……?」


あまりの怖さに気絶した? それにしても冷えすぎではなかろうか。しかも、意識が無い割に。普通、自立する力を失えば人間はどっと重くなると聞いたことがある。しかし、私の感覚がバグっていなければ、咲の体重にそれほど変化はなかった。


 ひょっとして咲、あの人魂に何かを奪われたんじゃ……。


 顔を上げると、人魂はもう見えなくなっていた。咲を傷付けないよう慎重に背中から下ろし、墓地の通路に横たえる。息はあるし、心臓も動いている。が、全身がもの凄く冷たい。このままでは低体温症になってしまう。


「小径ちゃん、作戦中止! こっちに来て手伝って!」


取りあえず遠くに呼びかけてみたが、返事はない。そう言えば人魂は二つだった。小径ちゃんも同じ状態になっているのかも知れない。


「救急車……」


とにかく人手を、と思い携帯電話を取りだす。電源を入れたところで、表示された内容に目を疑った。生まれて初めて見る、圏外である。いくら人気の無い墓地と言っても、近くには住宅街もあるし、電波が届かないはずはない。


 異常だ。


 怪奇現象を期待したことは否めないけれど、友達が死ぬことは望んでいない。しかも私が誘った肝試しで、訳が分からないままお別れなんて、絶対に嫌だ。助けを呼びに行く? 失神した女の子一人残したままで? 一体何が優先されるべきなのか。小径ちゃんはどうする。私はこういうとき、どうしてこんなにも無力なのだろう。


 主人公のくせに、将門姓のくせに、お前は、何をしているんだ。

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