第4章 噂を信じちゃいけないよ

(1)

 ガキが姿を見せなくなった。

 連絡先を交換したわけでなく、お互い住んでる場所を把握しているわけでもない。時間と場所を指定して、また会う約束をしたわけでもないのだから、そう頻繁にタイミングよく再会、などということが都合よく起こるはずもないことはこちらも承知していた。それにしても、である。

 なんとなく二日連続で似たような時間帯に川沿いの土手で遭遇しているので、おなじようにしていればガキのほうから姿を見せると思っていた。ましてやこっちは、あのガキのぬいぐるみを無理やり押しつけられているのだ。母親のヒモに捨てられないための対応策だったとはいえ、あのガキも、預けたあとのことを気にしているに違いない。だからこちらもしかたなく、用もないのに頻繁に堤防まで出向いてやった。ガキの気が変わって、やっぱり返してくれと言うかもしれないと思ったからだ。なのに。

 小汚えぬいぐるみを俺に押しつけて以降、ガキはぱったり姿を見せなくなった。


 ――なんだよあのガキ。ちょっとくらい様子見にくるとかしろよ。


 思わず内心でぼやいてハッとする。これではまるで、俺があのガキの登場を心待ちにしているみたいではないか。

 べっ、べつに会いたいわけじゃないんだからねっ!

 などとツンデレ風に己に言い訳をして、ますますこっぱずかしくなり立ち上がる。気づけばだいぶ陽も落ち、夕刻を告げる音楽が防災無線から流れはじめていた。


 いつ要求されても突っ返せるようにと最初は持ち歩いていたぬいぐるみも、ここ最近は持参せず、アパートに置きっ放しにしている。見るからに胡散臭い風体ふうていのいい歳をした男が、小脇にぬいぐるみなんぞ抱えてうろついていた日にゃ怪しさ倍増。胡散臭すぎて悪目立ちするからだ。ただでさえ河川敷ではちびっ子どもが野球やらサッカーやらに興じている。通報でもされてはシャレにならなかった。


 ったく、早く引き取りにこいよなあ。ほんとに捨てちまうぞ。


 さらにぼやいてみるものの、むろん、どこからも反応は返ってこない。

 待ちぼうけを食わされたと思うのも癪で、土手を降りて河川敷まで足を運ぶ。そのまま土手に並行して作られた歩道を歩いていると、途中で立ち話をしているふたりの女の姿が見えてきた。簡単な遊具が設けられた公園わき。子供を遊ばせている母親たちだろう。


「ほら~、もういい加減帰るわよ~っ! 早くお夕飯の支度しないと、パパ帰ってきちゃう!」


 遊具によじ登っている子供に声をかけつつ、主婦ふたりも結局話しこんでいる。


「もう一か月以上ですって。いくらなんでもおかしいわよねぇ」

「ほんとに病気なの? 学校の先生が訪ねていっても、玄関先で門前払いなんでしょ? 姿が見えないどころか、近所の人たちも声すら聞かないって変じゃない? 小さい子の声なんて結構響くのに。それに、母親は夜の仕事もつづけてるって言うし」

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