(2)
結果、俺は会社をクビになった。これまでの功績と、判断ミスの理由が病気に関係していたという事情を踏まえて、会社側がこうむった損害の責任を問わないという温情を示してくれただけでも儲けものかもしれなかった。
余命はわずか半年。仕事もなくなった。さて、どうしたもんかと思っていたら、事の次第を打ち明けるまえに会社をクビになったことだけが嫁に知られた。
まあ、マンションの家賃を支払う余裕はなくなったので、タイミングとしては悪くなかったのだが、都心の一等地で優雅に贅沢に暮らすことだけを生き甲斐にしていた自称金のかかる女は――自称でもなんでもなく、実際、人の稼いだ金で好き放題に暮らしていた女だったが――金を稼げなくなった俺に対して烈火のごとく怒り狂った。そしてほどなく、用紙の半分を埋めた離婚届を叩きつけ、一度は永遠の愛を誓ったはずのこの俺に、「死ね!」という捨て台詞を吐いて家財道具一式と預金通帳を片手に出ていった。結果、残された俺の手もとには、なにひとつ残らなかった。
まあ、人間、墜ちるときなんてこんなもんなんだろう。
病院からは、精一杯手を尽くすので俺にも捨て鉢にならず、きちんと治療を受けるようにという催促の電話がくる。それどころか、最近は事情を知った親からまで頻繁に連絡がくるようになった。いったいどうやって知ったのかとも思ったが、どうも会社経由であるらしかった。
すっからかんの状態でマンションを引き払い、とりあえず有り金はたいて、かろうじて二十三区の範囲内と呼べる僻地のボロアパートに移り住んだ。だが、当然ながら郵便物などの転送届けは出さなかった。どうせもう、残り時間はいくらもないのだ。未着で困るものや必要なものなどあるわけもない。そう思ったのだが、なにを思ったのか、前職の総務畑の人間は、この俺に離職票などの一連の書類を送りつけようとして業務をまっとうできず、うちの実家に俺の行方について問い合わせたというのが真相のようだった。
事の次第を知らされて、親がそろってショック死せんばかりに喫驚したことは言うまでもない。
以来、母親から頻繁に泣きの電話やメッセージが入るようになった。病院からもちょいちょいかかってくる。だが俺は、その
自暴自棄になっているつもりはなかったが、どう考えても不毛としか思えなかったし、無駄に思えた。
静まりかえった部屋の中で、ふと、テレビわきを見やる。そこに、小汚えクマのぬいぐるみが放置されていた。
――クマゴローはお守りなんだよ――
本当にそんな御利益があるのなら、そのおこぼれを俺にも分けてくれよ、と思う。
あっというまに二か月が過ぎた。俺に与えられた残り時間は四か月。なにかを頑張るには短すぎるし、すべてを丸投げにして諦めて過ごすには苦痛をおぼえるほど長すぎる。
なにもかもが半端すぎてしんどい。ただそれだけしかない。
静寂の中、深く長い溜息だけが薄闇に漂う停滞した空気を揺らした。
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