(5)
「ぼく、探し物してたんだ」
脈絡もなにもなく話が飛んだが、直前の質問の答えだというのはすぐにわかった。
「すごく一生懸命、ずっと探してたの。でも、おじちゃんのおかげで見つかってよかった」
探し物というのは、クマのぬいぐるみのことだったらしい。体育座りをした膝と胸のあいだに挟んで、両腕でしっかりと抱えこむ。それからこっちを見て、ニッと笑った。
「俺はべつに、なにもしてねえよ。たまたま踏んづけてただけだろ。見つかったなら、もう帰れ」
もう一度手を振って追い払ったが、ガキはやはり座りこんだまま動こうとしない。とことん付き合わせるつもりらしかった。
「クマゴローいないとね、ぼく、寝れないの。だけど、そんなのはおかしいんだって」
「ママが言ったのか?」
「うううん。おじちゃん」
「あ? 俺はそんなこと、ひと言も言ってねえだろ」
「うん、そうだよ。おじちゃんは言ってないよ」
話の辻褄がまるで合わない。
まじまじとガキを見下ろしたタイミングで尻ポケットのスマホがふたたび着信した。
「おじちゃん、また電話」
バイブが震動してるだけだというのに、耳ざといガキはそれを聞き逃さない。うるせえな、間違いだっつってんだろと返そうとして、不意に『アレ』が起こった。
【結城さん、私は専門家として、このままにしておくわけにはいかないんです。どうかもう一度、よく考えなおして前向きに――】
抱えこんだ頭の中で、かつて聞いたセリフが甦る。
うるせえな、人のことなんかほっとけよ。俺のことなんだから、あんたにゃ関係ねえだろ。どうせ、なんもできねえくせに。親切面して余計な口出しすんなってんだよ。
【本当に残念だよ、結城くん。これまでの君の功績を考えたら、我々としてももっと穏便に事を収めたかった。だが、こうなってしまっては、もはやどうすることもできない。ほかに、手の打ちようがなかったんだ。わかってくれるね?】
むろんわかるさ。俺があんたらの立場だったら、当然おなじことをしただろうからな。
あんたらはなにも間違っちゃいない。普通ならあり得ない凡ミス犯して、会社に大損害を与えた社員ひとりに全責任をおっかぶせ、そのうえで容赦なく切り捨てた。それだけのことだ。こっちも訴えられなかっただけマシだし、会社側としても最大限、温情を示して良心的対応を試みてくれたんだろう。だがな。
こうなる以前に、俺がどんだけ会社に莫大な利益をもたらしてやったと思ってやがるっ。俺だってな、別段好きであんな結果招いたわけじゃねえんだよ。ほんとなら、あり得ないことだったんだ。絶対にな。いままでどおりの俺だったら、とてもじゃないが、あんな無様なことにはならなかったはずだった。言い訳がましかろうがなんだろうが言ってやる。悪いのは俺じゃねえっ。
【聞いてないわ! ローンが払えないってどういうことなのっ!?
さすがだよ、
「おじちゃん、その電話、出なきゃダメだよ。すごく大事な電話だから。だから絶対出てね? きっとだよ?」
うるせえな。俺がなにをどうしようと俺の勝手だろ。だれが電話なんか出るもんか。おまえみてえなガキになにがわかるってんだよ。俺の人生は終わったも同然なんだ。残りの時間くらい、好き勝手に生きてやるさ。もう周りに振りまわされて、余計なことに煩わされるなんざうんざりだ。
――そう、なにもかもがうんざりなんだ。
内心で呟いた途端にやりきれなさがこみあげる。
ああ、頭が痛え。最低だよ。なんでこんなことになってんだ。俺の人生、なんだったんだよ。どうして俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ……。
呻きながら頭を抱えて、理不尽な運命を呪う。そうしていつのまにか、目の前が闇に沈んでいった――
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