第2章 クマと少年と無職のおっさん
(1)
翌日のおなじ時間帯、おなじ場所に来ておなじように座りこんだのは、もう一度あのガキに会うためだった。
あのあと気がつくとガキはいなくなっていて、傍らにはせっかく渡してやったぬいぐるみがまたしても落ちていた。
なんだよ、あのガキ。こいつがないと寝れねえとか言ってやがったくせに……。
思いつつ、そのまま捨て置かずに拾って帰ったのは、なにも親切心からではない。大人気なかろうがなんだろうがかまわない。知ったふうな口を利くあのガキに、ひと言言ってやらなきゃ気が済まなかったのだ。
こうしておなじようにしていれば、あのガキはまたやってくる。なんの根拠もなかったが、そう思った。
なにが大事な電話だ。おまえになにがわかる。いまの俺に大事なものなんか、ひとつもねえよ。ましてやあんな電話――
「おじちゃん、また今日も座ってる。おうちないの?」
気がつけば、ガキが真横にいた。情けなくも、またしても反射的にビクッとしてしまう。
――こいつ、いつのまに……。
「もしかしておじちゃん、ずっとここにいた?」
しゃがみこんだガキが、下から覗きこむように見上げてくる。その顔を見たら、無性にムカついてきた。
大人気ないとか大人気なくないとか、それ以前の話だった。こんなガキ相手に、俺はなにを言うつもりだったのかと虚しくなった。虚しくなったしムカついたし、惨めでもあった。なのでガキの相手なんかせず、さっさとこの場を立ち去ることにした。
金輪際、このガキとも、ほかのだれかとも関わるなんてうんざりだ。
「おじちゃん、どこ行くの? なんで行っちゃうの?」
ガキは案の定、気にするそぶりもなく平然と声をかけてくる。それどころか、あとからついてきているようだった。
「ねえ、おじちゃんてば」
「うるせえよ、ついてくんな! 家に帰るんだよっ」
「でもぼく、いま来たばっかりなのに」
「だからなんだよ。おまえも帰ればいいだろ」
「だって、クマゴロー……」
「ああ? 俺が知るかってんだよ。どっかその辺に転がってんだろ。さっさと持って帰れ」
「そうじゃなくてね、ぼく、おじちゃんにクマゴロー――あっ!」
声と同時に背後でべちゃっという音がした。直後に、小汚えクマのぬいぐるみが足もとまで飛んでくる。振り返ると、数メートル後方でガキが派手にすっ転んでいた。
そのまま立ち去ってもよかったのだが、それはそれで後味が悪い。俺は聞こえよがしに深々と嘆息すると、足もとのクマを拾って数歩戻り、ガキに向かって
ガキは顔を上げると、へラッとした笑い顔を向けてくる。大泣きされても困るが、これだけ派手にすっ転んでベソひとつかかないのもかわいげがない気がした。
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