第191話 二回目の共同作業

「シルフィローゼ様をさらいに来ただと!?」


「来賓の方々を速やかに避難させろ!」


 会場の各所から男達が立ちあがる。万一に備えてガルフィリアが忍ばせていた近衛騎士たちだ。


「……あなたなら、きっと来ださると思っていましたわ」


 シルフィローゼが、ジークヴォルトの耳元にそっと囁いた。


 一方、ドブリュールは怒りを爆発させ、喉が裂けんばかりに叫ぶ。


「殺せ!あの男を……殺せ!」


 騎士たちがジリジリとジークヴォルトへ迫る。その中の一人、黄金の巻き毛と立派な顎髭をたくわえた騎士が声を響かせる。


「お初にお目にかかる!ジークヴォルト王――我こそはセロドニア王国近衛騎士団長ロイヤルイージス、エステバン・デ・サンタリェナ!」


 彼は不敵に笑い、胸を張る。


「ここに集うは近衛騎士の精鋭達!いかなあなたとて……この包囲は抜けられまい!」


 言葉の通り、ジークヴォルトとシルフィローゼは完全に取り囲まれようとしていた。しかし、銀髪の青年は口元に微笑を刻む。


「ほう……それでは見せるとしようか。ルグドゥラを倒した技を超える――俺の奥義を」


「『七大厄災』を倒した攻撃を超える奥義……だと!?」


 エステバンは息を呑む。魔術か、それとも剣技か――。構えを固める彼の前で、ジークヴォルトは予想外の行動を取る。

 花嫁衣裳をまとったシルフィローゼの首元をわし掴みにし、そのまま前に掲げたのだ。――まるで、盾の如く。


「「何!?」」


「へ……?」


 騎士たち、そしてシルフィローゼ自身までもが驚きの声を上げる。

 次の瞬間、ジークヴォルトの口からその技の名が告げられた。


「シルフィローゼシールド」


 宣言と同時に、シルフィローゼを盾に突撃を開始する。


「なあああああ!?」


 驚きの声を上げる騎士達。


「ひぃやあああ!?」


 悲鳴を上げるシルフィローゼ。


 迫り来るシルフィローゼに慌てた騎士たちが彼女を避ける。そこへ、ジークヴォルトの鋭い蹴りが叩き込まれた。


「うごぉ!」


 さらに蹴り。空いた手による打撃。シルフィローゼを抱えたまま、銀髪の青年は敵を次々と騎士を薙ぎ払う。


「ええい、貴様ぁ!」


 近衛騎士の一人が、ジークヴォルトに斬りかかる。――が、その瞬間、銀髪の青年はシルフィローゼを剣に向かって突き出した。


「うわっ!」


 思わず剣を止める近衛騎士。その隙を突き、ジークヴォルトの蹴りが彼の腹に炸裂する。


「ごぁああ!」


「ふ、二つ!お願いがあります!」


 シルフィローゼが悲鳴交じりに叫ぶ。ジークヴォルトは騎士を蹴散らしながら視線を向けた。


「何だ?」


「まず一つ……近衛の方々に罪はありません!兄上の命令に従っているだけですわ!命までは奪わないでください!あなたの実力ならそれも可能でしょう!?――そ、それともう一つ……わ、わたくしを盾にするのはおやめになって!」


「いいだろう。この状況を作ってくれた礼だ。片方だけ願いを叶えよう」


「えっ!?」


 その言葉に、シルフィローゼは即答する。どちらかを選べと言われれば……答えは決まっている。

 ただし、その瞳には涙が滲んでいたが。


「わ、分かりましたぁ!わたくしは盾にされても構いませんから……近衛騎士の命だけは助けてくださいませ!」


 ジークヴォルトは口元に笑みを浮かべ、シルフィローゼを盾として思い切り押し出した。


「な、なにゆえこのような事態に……!?――エ、エステバン様!いかがいたしましょう!」


「い、いかがと問われても……我らは近衛騎士団。王族を護るのが務めで……!」


 王族であるシルフィローゼを盾にされれば、動くに動けない。逡巡するエステバンに、ジークヴォルトが迫る。

 狼狽した近衛騎士団長ロイヤルイージスは声を張り上げた。


「うっ……き、き、貴様ぁ!?シルフィローゼ様を救うために現れながら、その御身おんみを盾にするとは何事だ!」


「言ったはずだ。俺は――悪役だとな」


 その宣告と共に、ジークヴォルトの蹴りが炸裂する。エステバンの体は大聖堂の壁へ叩きつけられ、一撃で意識を失った。


「エステバン様……!」


近衛騎士団長ロイヤルイージスが、やられた……!?」


 騎士たちに動揺が広がる。だがその時――甲高い声が大聖堂に響き渡った。


「あんた達、なーにやってるの!」


 声の主は、シルフィローゼの姉、第一王女ベリグネーラ。その隣には第二王女バルディーレの姿もある。王族ゆえに自分は狙われないと高をくくったのか、彼女はまだ大聖堂に居残っていた。


「さっさとその男を殺しなさいよ!この役立たず!」


「し、しかしシルフィローゼ様が……」


「シルフィローゼなんて死んでもいいわ!王族の婚儀を……セロドニアに威光を踏みにじったその男を殺すのよ!さっさとやりなさい!」


「で、ですが……」


 騎士達はシルフィローゼへ視線を向ける。近衛騎士団に所属していれば、王族と接する機会は多い。高慢な王族が多い中にあって、シルフィローゼは目下の者にも気を配ってくれる存在だった。そんな彼女を傷付けるなど、到底できない。


「どういうこと!あたくしは第一王女なのよ!?あたくしの命令が聞けないっていうの!?」


「あんた達は戦うことしか出来ない能無しなんだから、私達の命令に従いなさいよ!――ねえ、お姉様!もう全部言ってしまいましょうよ!」


 第二王女バルディーレの言葉に、ベリグネーラの口元が醜悪に歪む。


「ええ、そうね。――あなた達に教えてあげる!」


 近衛騎士たちを見渡しながら、ベリグネーラは告げた。


「その女……シルフィローゼの母は、あたくし達とは違う。それはあんた達も承知しているでしょう!?」


 セロドニアの王族には、母方の姓をミドルネームに受け継ぐ習わしがある。ガルフィリアやボルフィリオ、ベリグネーラやバルディーレはいずれも『ボルボン』を名乗る。だが――シルフィローゼだけは『ルセリナ』であった。それは、母親が違う証拠に他ならない。

 この事はセロドニア国民であれば誰もが知っている。ボルボン姓の王妃はラドフィリアス王の前妻であり、彼女の死後に迎えられたのがシルフィローゼの母だったのだ。しかし、バルディーレが伝えようとしているのはさらなる真実だった。


「その女の母は、貴族の出身――そう世間には発表されているわ。けど、本当は……身分卑しい旅芸人なのよ!前妻を亡くした父上にすり寄った、下賤な女!その子供があの子!本来ならば王族と呼ぶのすら憚られる……」


 ベリグネーラはそこまで言い放ち、突如として口を閉ざした。

 離れた場所にいたはずのジークヴォルトが、いつの間にか目の前に立っていたからだ。


「な……何なの!?あなた……あたくしに何する気!?」


 ジークヴォルトはシルフィローゼを肩に担ぎ直し、静かに拳を構えた。


「ま……まさか、あたくしを殴る気!?王族で……女であるあたくしを!?そんな卑劣な真似……」


「そうだな。極悪非道な悪役でも、女には手を上げない――そんな矜持を持つ者は多い。それもひとつの、悪の美学だ」


「そ、そうでしょう!?女を殴る男なんて最低の……」


「だが、俺は殴る」


 振り抜かれた拳が、ベリグネーラの腹部を容赦なく打ち据えた。


「うぉごぉええええ!」


 さらにもう一撃、また一撃、一撃、一撃……連撃に次ぐ連撃。


「人種、性別、身分、国籍、年齢、容姿、財産――俺の前では全て平等。重要なのは――悪役であるか否か、それだけだ」


「ぎゃあああああ!」


 合計――百発。目にも止まらぬ速さで拳を叩き込まれたベリグネーラは吹き飛んだ。


「おごぇええええ!」


 胃液を吐き散らし、床をのたうつベリグネーラ。内臓から込み上げる激痛――『魔力浸透勁まりょくしんとうけい』だ。


「お、お姉様!」


 隣にいたバルディーレが悲壮な声を上げ、ジークヴォルトを睨む。


「わ、私達は……あ、あなたと戦おうとした訳じゃありませんことよ!?そ、それなのに手を上げるなんて……理不尽じゃありませんの!?」


「そう謙遜するな、お前達は立派な悪役だ。――お前達は騎士に命じて俺を殺そうとした。自分で刃を振るわないだけで、暴力を行使したのと同じだ。いや、自分は安全な立場で後ろから命令だけ下す……そちらの方が遥かにタチは悪い。そんな相手が暴力で返されるのは、美しい悪の因果というもの。ただ……」


 ジークヴォルトは己の拳を見つめる。


「殴ったのは、失敗だったな。――臭い香水の匂いが手に移ってしまった」


 そう呟くと、ジークヴォルトは通路へと手を伸ばす。そこにいたのは――新郎ドブリュール。戦況が不利と見るや、床を這って密かに逃げようとしていたのだ。ジークヴォルトはその足を無造作に掴み上げた。


「や、やめろ……!」


「ひいいいい!」


 ドブリュールとバルディーレの悲鳴が重なる。そして――ジークヴォルトは静かに告げた。


「――ドブリュールソード」


 ジークヴォルトはドブリュールを軽々と持ち上げ、振り回す。


「お前達は煌びやかな装飾に身を飾り、けばけばしい化粧で己を飾り立てている。――それほどまでに輝きを望むなら、俺が悪役として輝かせてやろう。……なに、礼は要らないさ」


 次の瞬間、木の棒を振るうかの如く無造作に――ドブリュールは振り下ろされ、バルディーレへ叩きつけられた。


「ぎぃあああっ」


「ぐがあああ!」


 絶叫が大聖堂に木霊する。さらに振り下ろし、また振り下ろす。

 最後に、二人へ蹴りを叩き込んだ。脚による『魔力浸透勁』だ。


「ぐがっ……あああ!」


「ぎゃああああ!」


 二人は床の上でのたうち回る。

 近衛騎士達はその様子を呆然を見つめるのみだ。

 正直な所――彼らとしては、ベリグネーラ達がどれ程痛めつけられようと同情する気持ちなど湧かないというのが本音だった。


「……シルフィローゼ様を盾に取られてたんだから、仕方ないよな」


「ああ……」


 騎士達は、小声でそんな言葉を交わす。


「さて……」


 ジークヴォルトはシルフィローゼを担いだまま、静かな足音と共に出口へと歩み出した。


「醜い性根の持ち主だったが……悪役として美しく輝かせる事が出来て何よりだ」

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