第192話 目的

「ジークヴォルトが大聖堂を襲撃しただと!」


 王宮サン=セロディア城、玉座の間に届いた報告。その内容を聞いたガルフィリアは怒気を発した。


近衛騎士団長ロイヤルイージス、エステバンは何をしていたのだ!?」


「え、エステバン様は、ジークヴォルト王に倒されてしまいました……!第一、第二王女殿下も同様です!」


「くそっ……たった一人の男相手に……!」


「い、一応補足いたしますと……ジークヴォルト王はシルフィローゼ様を盾に、さらにはドブリュール様を武器としていたので……その、実質三人で……」


「うるさい!」


 ガルフィリアは苛立ち紛れに、玉座の肘置きを叩く。


「……まあいい、このような事態に備え王都各地に兵を配置してある!ジークヴォルトを追わせろ!」


「――はっ!」



 一方その頃――。

 キルヒェン軍に大敗を喫したセロドニア軍は、辛くも戦場から退却しパストリエ城塞都市に立てこもっていた。


「……かつてはガルフィリア様と共に攻める側であった私が、今や包囲される立場とはな……」


 ラズロは、城主の間で呟いた。

 敗戦からすでに三日が過ぎている。城外ではキルヒェン軍が着々と包囲を固め始めていた。


「だが……この城塞は、そう易々と落ちぬ……」


 城塞都市に立てこもる兵は二万余り。

 敵は七万に及ぶが、捕虜の監視などに人員を割く必要があり、全軍を投入することは叶うまい。


「粘りさえすれば……敵もいずれ退かざるを得まい」


 キルヒェンの国内基盤はいまだ固まり切っていない。大軍をセロドニア戦線に貼り付けておく余力などないはずだ。


「今はここで耐えるべきだ。耐え続ければ――いずれ……」


 その時、ゴォン……と重く響く音が耳に届いた。


「……魔術投石器カタパルトか」


 魔法陣の力で巨岩を射出する攻城兵器。攻城戦ではおなじみの戦術だ。


「だが、この城壁とて魔術投石器カタパルトによる攻撃を想定して築かれている。そう簡単に崩れはしない」


 仮面の如き無表情を崩さないラズロ。

 だがほどなくして、慌ただしく伝令兵が駆け込んだ。


「た、大変です!総司令官閣下!」


「――何事だ」


 静かに促すラズロに、兵は顔を蒼白にして叫んだ。


「じ、城壁が……城塞都市の城壁が、魔術投石器カタパルトにより打ち崩されています!」


「な、何……!?」



 大聖堂を飛び出したジークヴォルトは、純白のウェディングドレスに身を包んだシルフィローゼを抱きかかえ、王都を疾駆していた。

 時に屋根を踏み越え、時に塀の上を軽やかに走る。まさしく縦横無尽だ。


「見つけたぞ!追え!」


「ジークヴォルト王を殺しても構わぬとのガルフィリア様とのお達しだ!遠慮はするな!」


 四方八方から兵の怒号が響き渡る。だが当の本人は、嘲笑うかのように余裕の笑みを浮かべ逃走劇を愉しんでいた。


「……ねえ、あなた」


 抱えられたままのシルフィローゼが小声で問いかける。


「さっきから、同じところをグルグル回っている気がするのですけれど……」


「俺が本気で逃げれば、一瞬で奴らを振り切ってしまう。だからこうしてわざと姿を晒しているという訳だ。花嫁をさらって逃げる悪役を演出するためにな。――お分かりか?シルフィピーチ姫」


「誰ですの、シルフィピーチ姫って!?」


 シルフィローゼは声を荒げ、さらに言葉を重ねる。


「だいたい……さっきにしても、わざわざわたくしを盾にしなくともあなたなら普通に戦って勝てたはずでしょう?」


「それでは面白みに欠けるだろう」


「……はあ」


 深いため息の後、彼女は真剣な表情を作る。そしてためらうように問いを発する。


「……先ほどのお姉様の話、聞いたでしょう?」


「聞いたが、それで?」


「つまり……わたくしのお母様が、平民出身だという事です。――ごめんなさい、今まで……きちんとお伝えしていなくて」


「――それで?」


「それで……その……」


 ジークヴォルトは足を止めた。立っているのは、とある屋敷の屋根の上。

 追っ手の声は遠ざかり、静寂だけが二人を包む。

 その沈黙の中、ジークヴォルトは抱いたままのシルフィローゼを見下ろした。


「シルフィローゼ・ルセリナ・デ・セロドニア。お前はどう思っている。――母親が平民出身であるという事実を、何かやましい事だと考えているのか?」


「私は……」


 母の顔を思い出す。彼女はシルフィローゼが物心つく頃にはすでに重い病に侵されていた。

 それでも――母はいつだって優しかった。命を落とすその瞬間まで。


 シルフィローゼの翡翠色の瞳が、銀髪の青年を真っ直ぐに見つめ返す。


「――私は、母上の娘として生まれた事を誇りに思っています」


「ならば、俺に謝罪する必要など存在しない」


「そう……ですわね」


「そんな無駄な事をしている暇があるなら、シルフィローゼシールドの完成度を磨いておけ」


「磨きませんわよ!」


 シルフィローゼはぷうっと頬を膨らませる。そして、改めて真剣な面持ちを作った。


「改めて、わたくしを助け出して……いえ、さらってくださったお礼を申し上げます。ありがとうございます、ジークヴォルト陛下。――けれど、わたくしには行かねばならない場所があります。わたくしを信じ、慕ってくれる者たちを救い出すために」


 彼女の臣下たちは、王都郊外にあるガルフィリアの屋敷に囚われている。

 そこにも敵兵がいるはずだが、ジークヴォルトは王都の中心を駆け回っていた。現在はある程度警戒が逸れているはずだ。


「いいだろう。俺としても、姫をさらう悪役は堪能した。ここからは別行動だな」


 その言葉と共に、屋根の上に禍々しい魔力が満ちる。次の瞬間、骨で出来た不死者アンデッド達が現われた。

 骨人スケルトンや、骨馬ネクロホースだ。

 シルフィローゼは思わず身を震わせる。


「こ、これは……!?」


「俺はルグドゥラを取り込み、死霊魔術ネクロマンシーを我が物とした。もっとも、こいつらは最下級の不死者アンデッド。鍛えられた兵士に勝てるような実力はないがな」


 『冥骸六審ヘクサ・タナトス』をはじめとするルグドゥラの配下は、彼自身が長い年月をかけて生み出したもの。

 その年月を経ていないジークヴォルトの支配下には、ひとつの例外を除いて最下級の不死者アンデッドしかいない。


「この不死者アンデッド達を陽動として放つ。その隙に、お前は部下を救出するなり何なり好きにするがいい。俺は俺の目的を果たす」


「で、ですが……それではあなたが『聖教』に異端認定されるのでは……?」


 この場で無数の不死者アンデッドが出現すれば、それが誰の仕業かなど一目瞭然。


「むしろ好都合だ。そろそろ聖教とも事を構えようと思っていた所だからな」


「わ、分かりましたわ。……それでは、混乱に乗じわたくしわたくしの目的を果たさせていただきます」


 そこで一息置き、シルフィローゼは問いを発する。答えはすでに察している。

 それでも、どうしても口にせずにはいられなかった。


「最後に、あなたの目的を聞かせていただいても?」


「決まっている――ガルフィリアだ」

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