第190話 虚飾の婚礼

 セロドニア王都サン=セロディア。その中心に位置する王宮の近隣に、荘厳な姿を誇る建築物がある。天を突くように高く伸びる尖塔、魔鉱石で飾られた白壁、色とりどりの光を放つステンドグラス――セロドニア大聖堂だ。


 今そこには、国内の上級貴族や王族、『聖教』の高位神官、さらに友好国からの使節たちが次々と到着していた。

 目的はただひとつ。ここで執り行われる式典――シルフィローゼとドブリュールの婚礼に列席するためである。


 大聖堂の一隅に設けられた控室。

 その中で、純白のウェディングドレスをまとったシルフィローゼが佇んでいた。

 そこに二人の女性が足を踏み入れる。


「やっと結婚ね、シルフィローゼ」


「出来の悪い妹だけど、ひとまず片付いてくれてせいせいするわぁ」


 シルフィローゼは声の主――二人の女性へと顔を向けた。けばけばしい化粧、華美な布飾りのドレス、宝石を散りばめた装飾品――互いに酷似した恰好をしている。


「本日は、お越しいただき……ありがとうございます、お姉様」


 シルフィローゼは、形式通りの挨拶を口にする。この二人こそ、セロドニア王国第一王女と第二王女――ベリグネーラ・ボルボン・デ・セロドニアとバルディーレ・ボルボン・デ・セロドニアである。

 ベリグネーラの方はガルフィリアに似てややけわしい顔立ち。バルディーレの方はボルフィリオに似た、不気味な程に長いまつ毛の持ち主だった。


「それにしても……王族の婚礼にしては、なんとも質素ねぇ。あたくしの時なんて、もっともっと華やかだったわよ?花火まで打ち上げたんだからぁ」


「仕方ありませんわよ、ベリグネーラ姉さま。今はキルヒェンとの戦争中ですものぉ」


 セロドニア最大の教会を貸し切り、国内の貴族と王族を一堂に集めた大規模な挙式。常識的に見れば豪華絢爛そのものだが、彼女たちにとっては『地味』に映るらしい。

 ベリグネーラとバルディーレはずかずかと歩み寄り、シルフィローゼを値踏みするように見据えた。


「ま……あんたなんてしょせん、卑しい存在。『真の王族』であるあたくし達とは違う。この程度の挙式がお似合いかもしれないわねぇ」


「ええ……そうですわ、そうですわぁ」


 クスクスと笑いを交わす姉二人。さらに続ける。


「でもまあ、キルヒェンの新国王……ジークヴォルトと結婚するよりは、まだマシじゃないかしら?」


「そうですわねえ、お姉さま。どうせジークヴォルトなんて、ガルフィリアお兄様に勝てる訳ないんだから」


 二人は、ガルフィリアから『今度の戦いは絶対に勝つ』と言われている。そして、その言葉を信じ切っていた。


「もしジークヴォルト王と結婚していたら大変だったわねぇ、シルフィローゼ。敵国の王妃なんて立場じゃ、ジークヴォルト王と共に首を撥ねられていたかも」


 そんなベリグネーラの皮肉に対し、シルフィローゼは静かに言葉を返す。


「――あの人は、負けません」


 静かな……しかし、確信に満ちた声だった。


「あの人は……ジークヴォルト殿は、誰よりも強い」


 その言葉に、二人の姉は同時に顔をしかめた。


「なによ!? ジークヴォルトが、ガルフィリアお兄様に勝つって言いたい訳!?」


「シルフィローゼ、あんた……セロドニアの敗北を望んでいるのぉ!?」


 鋭い言葉に対し、シルフィローゼはゆっくりと首を振った。


「私はただ、事実を述べただけです。ガルフィリアお兄様にもこの事は申し上げました。……ジークヴォルト王には、勝てないと。聞き入れてはもらえませんでしたけれど」


 確信に満ちた眼差しが、姉二人を射抜く。彼女達は思わず言葉を失った。憤りを覚えながらも、反論の言葉が浮かばない。


「……く、くだらない!」


「ええ、もう行きましょう……お姉様!」


 吐き捨てるように言い残し、二人は控え室を後にした。



 王家の婚礼は、まず壮麗な楽団の演奏から始まり、その後に新郎新婦の入場となる。いま大聖堂には、華やかな旋律が響き渡っていた。


 大聖堂へ通じる扉の前では、純白のドレスに身を包んだシルフィローゼと、上級貴族の礼装を着る男が入場の時を待っている。

 男の方は痩せた顔つきで、顔中に白粉を塗り、目鼻立ちを強調する化粧を施していた。さらに、服の至る所に詰め物を入れて自身を筋肉質に見せかけようとしている。自らを飾り立てているつもりなのだろうが、その姿はむしろ異様で不気味な印象を与える。――彼こそ、キルヒェン最後の『五大貴族』ドブリュールであった。


「いやはや、吾輩と結婚できるとは……あなたも幸せ者よなあ、シルフィローゼ姫」


 痩せた頬を緩ませ、ドブリュールは笑みを浮かべる。


「吾輩は、いずれキルヒェン王となる身。あなたはやがて、王妃となるのだぞ」


 ガルフィリアはドブリュールにこう告げていた。「ジークヴォルトを討ち果たした暁には、あなたこそがキルヒェンの王となるのです」と。

 ――が、それはあくまで建前に過ぎない。ガルフィリアにとって、キルヒェン王家の血を引くドブリュールはジークヴォルトに対抗するための駒でしかない。

 仮にジークヴォルトを打ち破りドブリュールが王位に就けたとしても……権力基盤を持たぬ彼はガルフィリアの操り人形になるだけだ。そして最後には不要となり、廃位させられるだろう。

 だが、当のドブリュールはその未来に気付いていない。


「本来であれば、第三王女であるあなたが大国キルヒェンの王妃となるなど有り得ぬこと。吾輩と結ばれ、后となれる幸運を噛みしめるがよい」


「――わたくしは、ジークヴォルト王と婚約していました」


 シルフィローゼが小さく呟いた。

 ドブリュールは露骨に顔をしかめる。


「ジークヴォルト?……ひょっとして、まだあの男に未練を抱いているのかね?言うまでもない事だが……もし吾輩との結婚を拒むような真似をすれば、あなたの臣下の命はない。理解しておるな?」


 ガルフィリアは、シルフィローゼに脅しをかけていた。「ドブリュールとの婚姻を受け入れねば、シルフィローゼ派の者達の命を奪う」と。その思惑は、ドブリュールも承知している。

 そしてドブリュール自身、なんとしてもシルフィローゼを手に入れたいと願っていた。ガルフィリアと強固な繋がりを築ける上に、彼女の美貌は諸国の姫君の中でも群を抜いている。


「だいたいジークヴォルトなど、伯爵出の成り上がり。王など名乗る資格はない。それに何より、『五大貴族』を壊滅に追い込んだ……極悪人ですぞ!」


 その非難に、シルフィローゼは静かに口元を綻ばせる。


「おっしゃる通り。あの方は極悪人。でも――真っ直ぐに、自分の夢だけを見ている」


 その時、重々しい音を立て扉が開いた。

 シルフィローゼとドブリュールは、聖教の神官に導かれながら式場へと足を踏み入れる

 場内に響き渡るのは、割れんばかりの拍手。だがそれは心からのものではなく、皆の顔には張り付いたような作り笑いが浮かんでいた。二人はそのまま、『翼司教』ゼオリェラの待つ祭壇の前に進み出る。ゼオリェラはふくよかな笑みを浮かべ、祝福の言葉を長々と述べた。

 そして問いかける。


「光翼神は、そのあまねく光により我らを照らしてくださいます。その光の翼の下にて問いましょう――汝ら、健やかなる時も、病めるときも時も、共にあり、互いに尽くす道を歩むと、そう誓いますか?」


「誓います」


 ドブリュールが即答する。次に視線がシルフィローゼに向けられる。だが……彼女の唇は閉ざされたままだった。


「……どうしたというのかな。次はあなたの番だ、シルフィローゼ姫」


 ドブリュールが小声で囁く。しかしシルフィローゼは静かに首を横に振る。


「――やはり、偽りの誓いは出来ません」


 そう呟いたのち、彼女は凛然と声を張り上げる。


わたくしは――あなたとは、共に歩む事は出来ません、ドブリュール殿。わたくしの大切な人達の命を盾に取り、無理やり結婚を迫るあなたとは」


「な、な、な……!」


 ドブリュールの顔が真っ赤に染まり、会場がどよめく。


「何を言い出すのだシルフィローゼ姫!わ、吾輩に恥をかかせる気か!……え、ええい!指輪を出せ!」


 『聖教』式の婚儀は、互いに指輪を交換し合い、それを指にはめることで成立する。無理やりでもそれを成し遂げねばならない。

 ドブリュールはシルフィローゼの腕を掴もうとした。――だが、彼女は毅然とその手を振り払う。


 彼女は理解していた。この舞台、この瞬間――悪役が輝くこの時に、あの男が現れないはずがないと。


 そして。


 突如、雷鳴を思わせる轟音と共に祭壇上のステンドグラスが粉砕された。


「きゃあっ!」


「何だ!?」


 来賓達が悲鳴を上げる。

 その視線の先――割れ落ちるガラスと共に、天使の如く優雅に、悪魔の如く冷酷な笑みを浮かべる青年が降り立った。漆黒の衣がひるがえり、銀の髪が光を弾いて揺れる。

 後ずさるドブリュールと、微動だにしないシルフィローゼ。その狭間に、青年は静かに佇む。


「き、き、貴様……ジークヴォルト!」


 ドブリュールが絶叫する。


「ま……まさか、ここまで来たのか!?シルフィローゼ姫を救い出すために!」


「救う?」


 ジークヴォルトは冷ややかな笑みを浮かべ、シルフィローゼを力強く抱き寄せた。


「俺は、悪役。――姫をさらいに来たに決まっているだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る