第5話 悪の領地経営

「な、なんだこれは……!?」


「げ、ゲスラー代官が死んでいる!?」


「あ、あの馬車の紋章は伯爵様の……!」


 ざわめきが聞こえ、俺は視線を動かした。するとそこには遠巻きに俺を見ている農民の一団があった。農作業の帰りか何かでここを通りかかった者たちだろう。俺は農民達に向き直り口を開く。


「せっかくだ、この機会に教えておこう。俺はジークヴォルト・フォン・クレヴィング。クレヴィング伯爵家の新当主だ」


 俺の言葉を聞くと、農民たちは雷にでも打たれたかのように平伏した。


「し、新当主様でしたか!」


「そうだ。そして代官のゲスラーは俺が粛清した」


 俺のそんな宣言に、先ほどの夫婦が言葉を補足する。


「ジークヴォルト様は俺たち夫婦をゲスラー代官から守ってくれたんだ」


「それに、代官の不正を暴いてくださったのよ」


 その言葉に農民達は顔を見合わせ……そして、沸き立った。


「おお!それは、なんという……!」


「あ、ありがとうございます新当主様!ゲスラー代官には苦しめられていたんです!」


「でも、領主様に密告したら殺すと脅されていて……!こ、これでわしらの生活も楽になります!」


 農民たちは俺に感謝の眼差しを向ける。だが、俺はあくまで冷たい表情で彼らを見下ろした。


「何を言っている?ひょっとして俺の事を善良な領主だとでも思っているのか?」


「え……」


 農民達を取り巻く空気が一気に冷える。


「お前達にとっては残念な話だろうが……俺はゲスラーなどよりもずっと強大な悪だ。お前達を救ってやりたいなどという正義感で動いた訳ではない」


 農民たちは絶句した。せっかくゲスラーというゲス悪党が消えたと思ったら、今度は別の悪が姿を現したとなれば当然だろう。


「俺はいずれ、悪の帝国を作り上げこの世界を支配するつもりだ。その第一歩として……」


 ごくり、と農民たちが息を飲む音が聞こえた。


「まずは、この地域の税率を大幅に引き下げる。続いて我がクレヴィング家から人を派遣し、住居の補修及び道の整備を行わせる。それとこの地域には病院もないようだから診療所をひとつ建設しよう。さらに、学校だな」


「え、え!?ぜ、税率を引き下げた上に、そんな事までしてくださるのですか!?」


 農民達が恐る恐るといった様子で俺の顔を見上げる。


「わ、私たちのために、そのような事を……!」


「違う、お前達を救うために動いた訳ではない、と先ほど伝えたばかりだろう。これらの施策は全て、俺のために行うものだ」


 俺は農民達を見回す。


「いいか?この地域はゲスラーの悪政により疲弊している。このままの状況が続けばいずれ完全に崩壊するだろう」


 農民の状況を見る限り、今がギリギリの瀬戸際だ。これ以上今の生活が続けば栄養失調で倒れる者が続出するだろうし、もしそこで病気でも流行したら終わりだ。


「だから税率を下げ住居を改善し、診療所を建てる。さらに将来を見越し学校を作り教育を施し、有用な人材を育てる。――全ては、俺のためだ」


 強大な悪となるためには、そのための収入源や俺の手足となって動く部下が必要だ。俺はそれを作り上げるために領地を改革する。それだけの話。


「だからお前達はこの俺のためにせいぜい真面目に働き、子供を学校に通わせるといい。ああ、そうそう……将来、この地の生産性が向上して取れ高が増えれば、増えた分は我がクレヴィング伯爵家が然るべき値段で買い取ってやろう」


 その言葉に農民達が沸き上がる。


「さ、作物を多く作ればそれを買い取っていただけると!?」


「い、今までは一生懸命作物を作っても税で取り上げられるだけだったのに……!」


 農民達は俺の言葉に驚愕しているようだが、俺からしてみれば決して驚くような事は言っていない。転生者である俺は知っている――人を動かすには報酬インセンティブが必要であるという現代の常識を。


 給料が貰えるからこそサラリーマンは仕事に励み、ファンからの声援を糧にして役者やアイドルは努力し、☆や♡での応援があるからこそウェブ小説家はやる気になって小説を書く。

 だから少しでも面白いと思った小説があればどんどん☆や♡で応援した方がいい。そうやって作者を調子に乗せる事が出来れば作品のクオリティも上がる……かも、しれない。


 フ……話が逸れたか。


 ともかく、今までこの地域では農民がどれだけ作物を作ろうと結局はゲスラーに吸い上げられるだけだった。そのような状況で真面目に畑仕事を頑張ろうと思う者などいないだろう。

 この地域の生産性が徐々に落ちていたのはそのためだ。


 しかし……もし一生懸命頑張ればその分収入が増えるとしたらどうする?収入を増やすために頑張る者が出てくるのは間違いないだろう。


 俺は、他人に対して『正義感』だとか『誠実さ』を要求しない。俺は悪役……他人を動かすためには、『欲望』を刺激する。『もっと沢山稼ぎたい』『もっといい生活をしたい』そんな欲望を刺激し、俺の領地を発展させる。

 そしていずれ……悪の帝国を築き上げる。


「や、やるぞ……俺は新しく土地を開墾して、今よりいい生活を手に入れてみせる!」


「おお!今までは一生懸命働くのなんて馬鹿らしかったが、これなら……!」


「うちの子、実は勉強が好きなの。でも、学校なんて都市部にしかないから通わせるなんて無理だと思ってた。だけどこの地域に学校が出来れば……きっと喜んで勉強するはずだわ」


 喜びの言葉を口にする農民達。ククク……そうだ。せいぜい、自分達の幸せのために努力するがいい。それが引いては、俺が悪として飛躍する事に繋がるのだから。

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