第4話 ゲスラー

「な、何故ここにクレヴィング伯爵家の馬車が……?ひ、ひょっとして抜き打ちの領内見回りか!?」


 顔面中から汗を拭き出させて狼狽するゲスラー。


「い、いや、大丈夫だ。作物の横流しを追及されたら改ざんした偽帳簿を見せればいい。大丈夫、誤魔化せる、誤魔化せる……」


 両手で顔を抑えながらブツブツと呟くゲスラー。そうこうするうちにクレヴィング伯爵家の馬車が到着し、ゲスラー達の後方で停止した。そして馬車から降りて来たのは老紳士……エヴァンだ。


「お、おお、これはエヴァン殿……!」


 当主の側近たる執事のエヴァンと代官のゲスラーでは、エヴァンの方が圧倒的に立場は上だ。


「と、突然このような場所に来てどうされたのですかな?ご、ご当主のジークヴォルト様もご一緒でありましょうか?」


「これは……!」


 エヴァンは、むちの先端を持った俺を見て目を見開いた。


「あ、ああ!この農民ですか!こやつは生意気な男でして……」


「ジークヴォルト様!」


「え、ええ……?じ、ジークヴォルト……?」


 あんぐりと口を開けて俺を見るゲスラー。

 ふむ……こうなっては、変装している意味はないな。俺はパチンと指を鳴らす。瞬間、俺の服装は粗末な麻布あさぬののシャツとズボンから、漆黒の貴族服へと変わる。


「ああああ!じ、ジークヴォルト様!」


 おそらくゲスラーは他人の事を顔ではなくその身なりで判断していたのだろう。だから、農民の恰好をしていた俺がジークヴォルトだと全く気付く事が出来なかった。そしてようやく俺がジークヴォルトだと理解したゲスラーは、あまりの驚きに大きく仰け反り……そのまま馬から落下し、「ぎゃひっ」という声を上げた。


「少し来るのが早いんじゃないか?エヴァン」


 俺はエヴァンに向かって微笑む。


「しかし、知るべき事は十分に知る事が出来た」


 俺は、一冊の帳簿をゲスラーに向かってかざして見せる。


「なっ……!そ、それは、ま、まさか……!」


 地面に落下し、泥だらけとなっているゲスラーの顔が青ざめる。


「そう、この地方の作物の取れ高が書かれた帳簿だ。お前がクレヴィング家に提出した嘘の報告書と違って事実が書いてあるものだが……しかし、随分と農民から搾り取っているな、ゲスラー」


「い、いえ、それは……!」


「そして、横流しを行っている作物の量も膨大だ。まったく、とんだ悪代官だよ、お前は」


「ぐっ……ぐううっ……!」


 ブルブルと震えるゲスラー。さて、いったいここからどう出る?


「こ、こ、こ、殺せ……!」


 ゲスラーは、震える声で自身の取り巻き達に向かって叫んだ。


「お、お前たち!じ、ジークヴォルト・フォン・クレヴィングと執事エヴァンを殺せぇぇぇ!」


「え……げ、ゲスラー様、な、何を……!?」


「だぁかぁらぁ!この2人ふたりを殺せと言っている!いいか!?このままではわしらはクレヴィング伯爵家の税収を横領した罪で縛り首だぞ!?だ、だが……この2人を殺せば、なんとでも誤魔化しがきく!」


 ゲスラーは焦点の定まらない瞳で俺を睨みつける。


「きひひ……そ、そうだ!ジークヴォルトは事故で死んだ事にすれば良い……。お、おい!ジークヴォルトを殺した奴には一生遊んで暮らせるだけの金をやるぞ!」


「い、一生遊べるだけの金……!」


 取り巻き達の目に欲望の光が灯る。その取り巻き達をさらに鼓舞するようにゲスラーが叫ぶ。


「そうだ!ジークヴォルトは昔から天才的な才能の持ち主と言われていたが……遊び惚けてばかりのバカ貴族だ!これだけの人数で取り囲めば簡単に殺せる!それで一生遊んで暮らせる金が手に入るのだ!いい話だろう!?さあ、殺せ!殺せぇ!」


「へへ……悪く思わないでくれよ、伯爵……」


 取り巻き達が剣を抜き、ゆっくりと俺に近付いてくる。その様子に俺は思わず笑みが零れた。


「一応言っておくが、俺はお前たちが仕えるゲスラーの主人。つまり、お前たちからすれば主君筋に当たる人間という事は分かっているな?」


「へへへ、命乞いか?伯爵」


「いや、金のためなら主君筋の人間であろうと迷わず殺そうとするその強欲さ……なかなか分かりやすい悪役ぶりだと思ってな。嫌いじゃない」


「何を言ってやがる……さっさと死ねえ!」


 ゲスラーの取り巻き達が俺に向かって殺到する。その瞬間……俺は、魔力を集中させた足で地面を大きく蹴った。青白い閃光が迸り、ビリビリと空気が振動する。一瞬で男たちとの距離を詰めた俺は、今度は手に魔力を集中させ貫き手を放つ。鋭利な刃物と化した俺の貫き手は、取り巻きの男の胸を容易く貫いた。

 続いて今度は横にいる男に手刀を放つ。魔力の込められた俺の手刀の切れ味は、まさしく刀。男の左肩から右脇腹を容易く断ち切った。そのまま速度を緩めず、ゲスラーの取り巻き達の間を走り抜けた時……もはや、そこに立っている者はなかった。


 取り巻き達は全員、体から血飛沫を迸らせ断末魔すら上げる事なく地面に崩れ落ちる。


「え……?」


 地面にへたり込んでいたゲスラーのみが、唯一の生存者だ。彼は自分の取り巻き達の様子を見ながら、信じられないといった面持ちで辺りを見回している。


「な、な、なんで……」


「お前も言っていたじゃないか、ゲスラー。ジークヴォルトは昔から天才的な才能の持ち主と言われていたが遊び惚けてばかりのバカ貴族だ――と。そのバカ貴族が本気になって鍛錬した結果手に入れた力だ。さて……」


 俺は最後に残ったゲスラーへとゆっくりと歩み寄る。


「ひぃぃぃ!ジークヴォルト伯爵様!お、お許しを!お許しをぉぉぉ!」


 ゲスラーは地面に頭を擦り付けて懇願する。


「わ、わしが間違っておりました!申し訳ございません!どうか、どうか……あ!そ……そうだ!」


 媚びへつらうような笑顔でこちらを見上げるゲスラー。


「わ、わしの命を助けてくだされば、今までの横流しで得た金は全てジークヴォルト様に差し上げます!ど、どうでしょう!?ジークヴォルト様にとっても悪い話ではないと思うのですが……!」


「フフ……なるほど、なるほど……ゲスラー、お前は本当に俺を楽しませてくれる」


 俺はへたり込んでいるゲスラーの体を持ち上げ、その場に立たせてやった。


「お前は本当に……素晴らしい男だよ、ゲスラー」


「え?へ、へへへ……そ、そうでしょうか。そ、それでは……わ、わしの命は助けてくれるので……?」


 ゲスラーは伺うような視線で俺に問いかけてくる。しかし、俺はそれを無視して話を続けた。


「お前は農民から金を搾り上げ、それが露見すると主君である俺を殺そうとした。そして俺の殺害に失敗すると掌を返して俺に媚びへつらい、命乞いをする――今のお前の姿こそ、まさしくゲス悪役のあるべき姿だ。誇れ、ゲスラー」


 俺は、先ほど殺した取り巻き達の血で赤く染まった手でゲスラーの肩をがっしりと掴んだ。


「俺は、心より嬉しく思う……お前のようなゲス悪役に出会えた事に」


「え?は……はは……?」


 ゲスラーは俺の言葉の意味が理解できていない様子だ。それでも褒められている事は分かるのか、愛想笑いを浮かべている。


「そして……そんなお前にふさわしい最期を与えてやろう」


 俺は、貴族服の左腰に差してある剣をゆっくりと引き抜いた。鋭利な鋼鉄の塊が太陽の光を冷たく反射させる。


「え、え……?は、伯爵!?」


 後ずさるゲスラー。


「ま、まさか、まさか……わ、わしを殺す気ですか!?ど、どうして……!」


「言っただろう?お前にふさわしい最期を与えてやると。ゲス悪役のお前を、それ以上の悪である俺が粛清してやる。ゲスな悪役が自分より強大な悪に粛清されるというのも――悪の華だ。喜べ、ゲスラー。お前にとって最高の見せ場だぞ」


「な、何を言っているのですかジークヴォルト様!?そ、それよりも……わ、わしの命を助けてくだされば、あなた様はわしが今まで横流しして儲けた金を得る事が出来るのですぞ!?そ、その方がジークヴォルト様にとっての利益になるのでは……!?」


「なるほど、なかなかいい話だ。しかし、お前を殺して金を奪っても結果としては同じだな」


「あ……」


「さらばだ、ゲスラー」


「ひぃぃぃぃぃっ!」


 水平に薙ぎ放たれた剣はゲスラーの首を容易く断ち切った。鮮血が雨となり降り注ぎ、ゲスラーの首が宙に舞う。その様子を眺めながら俺は呟いた。


「最期まで素晴らしいゲス悪役ぶりだったぞ、ゲスラー。お前に対し心から賞賛を送ろう」

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