第3話 悪役の流儀
サラと別れしばらくすると、前方の丘の上に白壁の建物が見えてきた。おそらくこれがゲスラーの代官屋敷だろう。
「一介の代官の屋敷にしては随分と豪華な家だな」
ゲスラーの代官屋敷は、全て白レンガで作られた三階建ての庭付きだ。今まで通ってきた村の粗末な建物と比べるとその立派さがひと際目立つ。
「おい、お前!何をしている!」
門の前に立っていた衛兵が俺に気付き声をかけてきた。
「ここはゲスラー様の屋敷だ。卑しい農民如きがジロジロ見るな!」
「ほう……」
俺は唇の端を釣り上げる。
「『卑しい農民如き』か……」
「なんだ、文句があるのか?貴様らのような農民は俺達とは身分が違うんだよ!」
衛兵はこちらに近付くと、樫の木で造られた警棒で俺の顔を思い切り叩いた。
「はは、ちょうど今むしゃくしゃしてたんだよ!ボコボコにしてやるから覚悟しろ、農民風情が!」
「ククク……」
「あ!?何笑ってやがる!?」
「いや、なかなかいい悪役っぷりだと思ってな。そうやって自分より身分の低い者を見下し、暴力を振るう……いかにもザコ悪役らしい振る舞いだ」
衛兵の理想のザコ悪役っぷりに、思わず笑い声が漏れてしまう。
俺は――悪役が好きだ。一番好きなのは強大な悪役だが、ザコ悪役というのも俺はきちんと評価している。ザコがいるからこそ、強大な悪役が引き立つというもの。
「いや、嬉しいよ。お前ようなザコ悪役と出会えて。本当に……嬉しい」
「なんだと!?貴様、舐めてんのか!?」
衛兵は警棒を投げ捨て、腰の剣を抜いた。そして迷わず俺に斬りかかろうとする。農民の命などこの男にとっては虫けらと同じようなものなのだろう。
「ザコ悪役にはザコ悪役らしい倒し方をしてやるのも、真の悪役の努め――か」
俺は呟くと同時に、衛兵が剣を振り下ろすよりも速く相手の胸に拳を叩き込んだ。いわゆる正拳突きだ。しかし、ただの正拳突きではない。魔力が拳に集まり、青白い光が瞬く。その瞬間、空気が震え俺の突き出した拳から衝撃波が巻き起こる。
「ぐはあっ!」
俺の正拳突きで衛兵の鎧には穴が空き、そのまま代官屋敷の方へ吹っ飛んでいく。そして代官屋敷の門を破壊し、最後は屋敷の壁にぶつかってレンガを破壊した。
「いいぞ、衛兵。お前はザコ悪役として俺に倒される事で立派な役目を果たした。褒めてやろう。やはりザコ悪役は嚙ませ犬として欠かせない存在で――いや、聞いていないか」
衛兵は完全に意識を失っている。そして、屋敷の壁が破壊される程の衝撃音が響いても屋敷の中から誰も出て来ないという事は……ゲスラーは外出中という事だろう。
「ちょうどいい。少しお邪魔させてもらうとするか」
俺は衛兵が破壊したのとは別の壁を蹴りで破壊し、ゲスラーの屋敷に侵入する。
「執務室は……ここか」
俺は二階に上がり、ゲスラーの執務室の扉を開けた。そして本棚の中から何冊か本を取り出した後、ようやく目当てのものを見つける。
「やはり……本物の帳簿があったか」
俺が手にしているのは、ゲスラーの治めるマルクト地方の作物の取れ高、税収などが書かれた帳簿だ。そこに書かれている数字は、クレヴィング伯爵家に報告されたものと大きく異なっている。
「やはり、実際には作物の取れ高は上昇していない。それどころか徐々に低下しているな。にもかかわらず税収が増加しているのは、農民に対する税率を年々引き上げているため……か。しかも、これは……かなりの量をゲスラーが着服しているな」
ゲスラーは農民への税率を増やし、そこから得た作物の一部を横流ししている。この屋敷もそうやって得た金で建てられたものだろう。
「なるほど、予想はしていたが……ゲスラー、なかなかの悪党じゃないか」
俺は帳簿をズタ袋の中に入れる。そしてゲスラーの屋敷から出た所で、馬のいななきが聞こえた。その音の方へ近付いていくと……そこには馬に乗った中年男と、それを取り囲む数名の男達の姿があった。
「馬に乗っているのは……ゲスラーか?」
俺はゲスラーとはクレヴィング伯爵家で二、三度会った事がある。ひょとりと長い口髭と、側頭部を残し禿げ上がった頭……間違いなくゲスラーだ。俺は近くにあった木陰に姿を隠し、ゲスラーの様子を伺う。
「いやあ、しかしラモット商会のもてなしはなかなかでしたなあ」
ゲスラーの横に立つ男が馬上のゲスラーに向かって声をかけた。ゲスラーは満足そうに頷く。
「まあ、あの商会の面々にとってわしらはお得意様だからのう。もてなしにも力を入れるというものよ。かっはっは」
ラモット商会……確か、中規模の商人ギルドでこの辺りを拠点に活動している商会だ。おそらくお得意というのは、ゲスラーが農民から搾り上げた作物を横流ししている相手がラモット商会という事だろう。
「しかし、少しばかり遊び疲れたのう。屋敷に帰ってゆっくりと……」
「ゲスラー様!」
突如、ゲスラー達の前に夫婦らしい中年の2人連れが飛び出した。2人の服は擦り切れ、靴には穴が空いている。
「なんだ貴様らは!?」
2人連れを睨みつけるゲスラー。
「ご無礼申し訳ございません!ですが私たちは、今日はゲスラー様に嘆願するために参りました!」
「ゲスラー様、どうかお願いでございます!地代をもう少し引き下げていただけないでしょうか……!」
男女は2人揃ってゲスラーの前で平伏した。
「なぁにを言うかと思えば……」
不快そうににフン、と鼻を鳴らすゲスラー。
「地代を下げろだと!?調子に乗るな農民風情がぁ!」
「で、ですが、このままでは私たちは生きていけません!どうか……!」
「甘ったれるな!……おい、
「はっ!」
横に立っていた男がゲスラーに鞭を渡す。2mはあるであろう長大なものだ。ゲスラーはそれを振り上げた。
「これは、生意気にもわしに意見した貴様らへの罰だ!」
ゲスラーは鞭を振り下ろす。風切り音を立てながら鞭の先端は夫婦に向かっていき……しかし、夫婦の体に命中する前に受け止められた。他でもない、俺の手よって。
「き、貴様!何者だ!?」
突然木陰から出てきて鞭を止めた俺に、ゲスラーは驚きと怒りの入り混じる声を上げる。だが、俺はそれを無視してゲスラーに問いかける。
「お前……何をしている?」
「な、何を、だと……?」
「そうだ。お前、今この夫婦を傷付けようとしたな?」
「そ、それがどうした!いいか!?わしは代官だ!この農民達をどうしようがわしの自由だ!」
「馬鹿か、お前は」
俺は冷ややかな視線でゲスラーを見る。
「代官とは領主に任命され、その土地の管理を行う者の総称だ。つまり、真の支配者は領主でありお前はただの役人に過ぎん。この夫婦を傷付けて良いのは支配者である俺だけだ。俺のものに――お前如きが手を出すな」
「お、俺のものだと!?な、何を血迷っている!農民の分際で……!」
鞭を引っ張るゲスラー。だが、鞭の先端を掴む俺の力の方が遥かに強く、鞭は動かない。
「げ、ゲスラー様!」
ゲスラーの後方にいた男が声を上げた。
「ば、馬車が近付いて来ております!」
「馬車?それがどうした!」
「は、はい!それが……馬車に描かれている紋章は、クレヴィング伯爵家のものです!」
「な、なんだと!?」
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