第38話 好きが溢れる
(浩介さん?)
桃花がドアをゆっくりと開けると夫である浩介は出張で立ち寄ったことを説明し、中へ入った。
急遽立ち寄ったため鍵は家にあり、そのためインターフォンで呼び出したそうだ。
「朝からすまない。必要なものがあってな」
必要なことがない限り連絡をしてこない浩介が来たので最初、桃花は大事な話でもしに来たのかと思っていたが、そうではないことを知り、浩介が何も変わっていないことを再認識した。
「浩介さん、たまには帰ってきてはどうですか? メールではお伝えしましたが渚咲は高校を卒業まで八神家に住むことになりましたが、定期的にこの家に来ると言っていました」
「それが?」
「渚咲とたまにでもいいので会ってください。家族と過ごす時間も必要だと私は思います」
よく家を空けてしまっている桃花自身、反省している。本当はもっと娘の側にいてあげなければいけないのに浩介と同じくらい娘と過ごす時間を作っていない。
「そんな時間は私にはない。渚咲はもう家族より学校の友人の方が一緒にいて楽しい年頃だろう。わざわざ時間を作る必要はない」
必要なものを取り終えると浩介は急いで家を出ていった。
***
3ヶ月前。両親の仕事が理由で八神家に清楚系美少女と呼ばれる
長くて短い時間だったが渚咲と過ごした日々は楽しくて特別で、彼女と一緒にいたいと思う気持ちが強くなった。
彼女が家へと帰ってしまう夏祭り当日。ハグしてお別れ、みたいな感じであの日は別れたはずだが、翌朝、起きたら目の前には渚咲がいた。
「忘れ物?」
もう家に帰ったはずの渚咲がこんな朝早い時間にいるので何か大切なものでも忘れたのだろうかと思ったが、彼女は首を横に振った。
「いえ、亮平くんを起こしに来てほしいと裕子さんに頼まれまして」
「へぇ……ん? 忘れ物じゃないならなんで渚咲がここに? 昨日、家に帰ったんじゃ……」
あれは夢だったのか? いや、これが夢なのか? いやいや、さっき渚咲が夢じゃなくて現実って言ってたし夢ではないな。
「ふふっ、ビックリですよね」
「そりゃ……うん」
「私もビックリしました。昨日、家に帰った後に決まったことなんですけど、高校卒業まで同居させていただくことになりました。またよろしくお願いします」
ペコリと丁寧にお辞儀した渚咲を見て俺も自然とペコリとお辞儀した。だが、彼女の言葉をすぐに理解することはできなかった。
(えっ、今、同居って? それも卒業まで?)
嫌じゃない。引き止めようと考えたぐらいだからまた渚咲と過ごせるのは凄い嬉しい。恥ずかしくて言葉には出せないがおさらく顔には出ている。
「お、親は? 桃花さん、海外から帰ってきたから同居の必要はないんじゃないのか?」
「そうですね。お母様は、帰ってきましたが、今後も長期間海外や他のところへと行かなければならないそうで」
そしてそのこと聞いた俺のお母さんはこう言ったそうだ。「高校生の間だけは八神家に住んだらどうだ」と。
お母さんと桃花さんは高校生の間、同居するという話を少し前からしていたらしいが、桃花さんは昨日まで断っていたそうだ。
しかし、昨夜、桃花さんは渚咲から八神家で過ごした話を聞き、まだいたいと思うほど楽しかったという渚咲の言葉を聞いて今朝、同居継続が決まったらしい。
今朝決まって荷物を運ぶ、という展開がまでが早すぎて恐ろしい。
「また一緒に暮らせて嬉しいです」
「俺も…………嬉しい」
「ふふっ。では、先に下、降りてますね」
「ああ」
渚咲が部屋から出て1人きりになると俺は自分の頬をつねった。
(痛い…………)
***
「モカさん、またよろしくお願いしますね。ふふっ、くすぐったいですよ」
朝食を食べ終えて、椅子に座りながらソファの方でモカと戯れている渚咲を見て、俺は気付いたときには口がゆるゆるになっていた。
渚咲が住むことになった時は穏やかな日々はもう送れないだろうとか思っていたけれど、今は渚咲がいない方が穏やかに過ごせない。
いつの間にか俺にとって渚がいなくてはならない存在になっているような気がするな……。
「渚咲ちゃん、この前ママ友から水族館のチケットもらったんだけど興味あるかしら?」
そう言って食器を洗い終え、キッチンからチケットを持って来たのはお母さんだ。
「幼い頃に行ったっきりでここ最近は行ってませんので興味あります」
「なら今日、行ってくるといいわ。チケットは2枚あるから亮平とね?」
「えっ、俺も?」
俺には関係ないと思いつつも会話を聞いていると名前を呼ばれ、驚いた。そこはお友達誘って行ってらっしゃいじゃないのだろうか。
「可愛い渚咲ちゃん1人じゃ変な人に絡まれるかもしれないし護衛としてね」
「俺はボディーガードかよ」
「ふふっ、そうよ? 渚咲ちゃんは、亮平と嫌かしら?」
「嫌なわけありません! 亮平くん、予定がなければ一緒に行きませんか?」
渚咲は俺のところに来ると両手を手に取り、ぎゅっと握って上目遣いでこちらを見てきた。
可愛いがすぎる……これ、断れるわけないだろ。断る理由ないし。
「予定ないから俺で良ければ一緒に行こっか」
「はいっ!」
パッと表情が明るくなって喜ぶ彼女もまた可愛くて、この短い間にどれだけ可愛いと心の中で叫べばいいんだか。
「渚咲ちゃん、デートに行くなら可愛い服があるから少し来てくれる?」
「可愛い服ですか?」
デートじゃないんだけどなと思っている間に、渚咲はお母さんに連れていかれてリビングに俺1人となったので自分も出かける用意するため自室へと戻ることにした。
出かける準備にはそこまで時間はかからず、自室でゆっくりしてカバンを持ってリビングへと再び戻るとそこにはいつもと違う髪型をした渚咲がいて、彼女は俺に気付いて後ろを振り返った。
ふわりと髪が舞い、また可愛いと思った俺はドキッとした。
「亮平くん、どうですか?」
夏らしい柄のある白のワンピースに編み込みのハーフアップ。可愛くて眩しく、直視したら消えてしまいそうだ。
「すっごいいい。可愛いし似合ってる」
「ありがとうございます。亮平くんにそう言ってもらえて嬉しいです」
そう言って渚咲は俺に近づいてきて何かを待っているようだった。
何だろうとこちらが待っていても何も起きず、これはこちらが何かする流れなのかと頭をフル回転して考える。
これはハグしてほしいのか、それとも久しぶりになでなでタイムなのか。
わからない、わからないけど、多分後者。理由は特にないが。
恐る恐る手を伸ばして彼女の頭の上に手を置き、優しく撫でる。
これで逃げられたら終わりだなと思いつつ彼女の反応を伺ったが、渚咲は目を閉じて俺の胸に寄りかかった。
「なっ、渚咲?」
間違っていなかった。しかし、こうなる状況は想定外だ。
名前を読んでも彼女はどこか違う世界に行っていて反応しない。
「…………いい匂いです」
「へ?」
「亮平くんの匂いはとても落ち着きます」
匂いというワードに驚き手を止めると渚咲は俺が着ている服の裾をクイクイと引っ張ってくる。
目線をしたにやると渚咲はボソッと呟いた。
「もっとして欲しいです」
小さい声だが耳にはしっかりと届いた。何がもっとなのかはわかる。けれど、こんな至近距離でこんなこと呟かれたらドキドキしないわけがない。
止めていた手をもう一度動かすと渚咲の表情はふにゃりと緩み、自分の口元も自然と緩む。
暫く撫で続けていると渚咲が小さく呟いた。
「亮平くん…………好きです」
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