第37話 毎日が特別で

 焼きそば、たこ焼き、りんご飴、カステラとたくさん屋台で買った後、花火が見える場所へと移動し、さっそく買ってきたものを食べることにした。


 用意がよく彼女は小さいレジャーシートを持ってきてくれていて敷いてそこへ座る。


 今いる場所は夏祭りの会場から離れた高い場所で花火がよく見えるはずだ。去年もここで見て綺麗に見えた記憶がある。


「明日から渚咲の料理が食べられないのは嫌だな……また生姜焼き食べたいし」


「ふふっ、いつでも作りに行きます。いえ、お弁当を作ってそこに生姜焼きを入れましょうか。私も亮平くんの作る料理が食べれなくなるのは嫌です。あっ、後、朝、寝起きの亮平くんを見れなくなるのも嫌ですね」


「俺の寝起きは見なくても」


「可愛い寝起きで私は好きです。はい、どうぞ」


 渚咲はそう言って爪楊枝で突き刺さったたこ焼きをこちらに近づける。


 ありがとうと言って彼女から受け取ろうとしたが、食べさせてもらう以外の選択はダメらしく口を開けると渚咲は嬉しそうに笑った。


「はい、あーんです」

「ん…………おいひい」

「おいひいなら良かったです」

「真似したな」

「ふふっ、真似しちゃいました」


 いたずらっぽく笑う彼女になぜか俺もつられて笑ってしまう。


 好きだな、やっぱり…………彼女の笑顔は。見ているとこちらまで笑顔になる。


「私もお願いします」

「お願い? えっと……食べさせて欲しいってことで合ってる?」


 何をお願いしているのかわからなかったので確認すると渚咲はコクコクと無言で頷いた。


(可愛いかよ……)


 爪楊枝でたこ焼きを突き刺し、落ちないようゆっくりと彼女の口へ近づけると渚咲はパクっと食べた。


「美味しいです。屋台のたこ焼きはお店で食べたり、自分で作ったりするのとまた違う美味しさがありますね」


「それわかる。何か違うよな」


「はい。亮平くんと食べてるから、かもしれません。亮平くん、記念に2人で写真撮りませんか? 一緒に行った思い出に残したいので」


 彼女は巾着からスマホではなくカメラを取り出し、俺の方へと寄った。


「いいよ、撮ろ。そのカメラは?」

「これですか? これはお婆様にもらったものです。亮平くん、撮りますよ」


 カメラに入っているかどうか確認ができないのでなるべく俺と渚咲はくっついた。


「では撮ります。はい、チーズ」


 何枚か撮り、撮った後は写真を確認。2人とも見切れておらず、上手く撮れていた。


 2人で撮った後はお互い相手を撮り合っていると花火が上がった。


「綺麗ですね」


 花火の音に負けないぐらいの声量で渚咲は俺に伝えてくれて、俺はそれに大きく頷いた。


(また来年も渚咲と来れるかな……)


 次々に上がる綺麗な花火を見ていると手に温かい感触がした。


 目線を下へとやると俺の手の甲の上に渚咲の手があった。


 その手を優しく握ると俺は再び花火を見るため上を向いた。


 暗くて良かった……。顔熱いし、ニマニマした変な顔になってそうだし。


 1時間ほど花火が終わるともう終わってしまったのかとまだ見ていたいと思ってしまった。


「とっても良かったですね。また来年も見に来ましょう。次は胡桃さんと村野くんもお誘いして」

「そうだな、また見に来よう」


 立ち上がり、屋台がある方へと下がると家の方へと歩いて帰る。


 子供みたいと思われるかもしれないがまだ帰りたくなかった。家に帰ってしまえばこの楽しい時間は終わってしまうから。けれど、時間もあるので帰らなければならない。


 隣で歩く渚咲を見ると彼女は歩きにくそうに最初より歩くスピードが落ちていることに気付いた。


(気付くの遅すぎるだろ、俺……)


「足、大丈夫? かなり歩いたけど」

「ふふっ、ご心配ありがとうございます。少しゆっくり帰ってもいいですか? お母様には少し帰るのが遅くなるとお伝えしてますので」

「いいよ。俺もゆっくり帰りたいから」

 

 今日は少しでも彼女と長くいたい。お別れというわけでもないのにそう思うのは不思議だが。


 何も話さず歩いていても変に何か話さないといけないという気持ちにはならなかった。


 家に着くと玄関には見慣れない靴があり、リビングへ行くと渚咲の母、桃花さんがいた。


「あっ、お帰り渚咲ちゃん、亮平。外、暑かったでしょ? 麦茶どうぞ」


 お母さんは帰ってきた俺と渚咲のことに気付くとコップに入った冷たい麦茶を手渡す。


「ありがとうお母さん」

「ありがとうございます、裕子さん」

「どういたしまして。お祭りデートはどうだったかしら?」


 コップを受け取ると喉が渇いていたので冷たい麦茶をすぐに飲もうと口に含むと、お母さんの言葉に麦茶を吹きそうになった。


 むせた俺が咳き込む中、渚咲は「大丈夫ですか」と言って背中を擦ってくれた。


「楽しんできたって感じが2人から伝わるし、いい感じだったみたいね。あれ、桃ちゃん、もう帰るの?」


 椅子から立ち上がった桃花さんにお母さんは気付いた。


「渚咲も帰ってきましたから」

「もっといてもいいのにぃ~。渚咲ちゃん、着替え手伝うわ」

「ありがとうございます」


 渚咲とお母さんは別の部屋へと行くと自然と桃花さんと2人になってしまった。

 

 会ったことはあるがほとんど話したことがないため話そうと思っていても緊張で上手く言葉が出てこない。


 お母さんと桃花さんは正反対の性格な気がするがどう仲良くなったんだろうとふと考えていると桃花さんが口を開いた。


「あの子、最近会う度に明るくなっている気がするんです。多分……亮平くん、あなたのおかげです。ありがとうございます」

「…………俺は何も」


 俺のおかげなのかはわからないが、確かに渚咲は最初より笑顔をよく見せてくれて明るくなった気がする。


「お待たせしました、お母様」

「荷物はまとめてありますか?」

「はい」


 渚咲と桃花さんは玄関へと歩いていき、見送りにと俺もついていった。桃花さんは車を家の前まで移動させてくるとのことで先に家を出た。


「では、お邪魔しました。亮平くん、また学校で」


 手を小さく振り、彼女は背中を向けて行ってしまう。


 彼女には帰るところがある。だから行かないで欲しいと思っていると気づいた時には彼女の手を取っていた。


「亮平くん?」

「たった3ヶ月だけど、俺……渚咲と過ごせて楽しかった」


 引き止めることはできない。けど、これだけは伝えたかった。


「私もとても楽しかったです」


 渚咲は大きく手を広げると俺の背中に手を回して優しくぎゅっと抱きしめる。


「ありがとうございます、亮平くん」

「こちらこそ、ありがとう渚咲」




***


 


「朝ですよ、亮平くん」


 誰かが名前を呼んでいる。知っている声だ。


 すぐにその声の持ち主は頭に浮かんで会いたいと思った。


「亮平くん、起きないと焼いた食パンがカチカチになります」

「食パン…………」


 勝手に目玉焼きがのった食パンだと思い、食べたいと手を伸ばすとぎゅっと優しく手を握られた。


(温かい…………手?)


 目をゆっくり開けると目の前にはそこにはもうここには住んでいないはずの渚咲がいた。


「渚咲……?」

「はい、渚咲です。先に言っておきますけど、夢ではないです、現実です」

「…………現実」


 ゆっくりと起きあがり、目が合うと渚咲はニコッと笑った。


「おはようございます、亮平くん」

「うん、おはよう、渚咲」


 


──────同時刻、藤原家。




 渚咲のいない家で1人、藤原桃花は朝食の準備をしていて、椅子に座ったタイミングでインターフォンが鳴った。


 こんな朝早くから誰かと思いながら玄関を開ける前に桃花はモニターで誰が来たのか確認する。


 モニターを見ると玄関前にはスーツ姿の男性が立っており、桃花は小さく名前を呟いた。


「浩介さん?」





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