第39話 止められなかった言葉

「えっ…………」


 突然の彼女の言葉に俺はフリーズしてしまう。どういう意味で彼女は好きと言ったのか、唐突すぎて俺にはすぐに理解することはできなかった。


 彼女に目線をやると渚咲は自分の言ったことに気付き、俺からバッと離れた。


「えっとその………さっ、さっきのは……ですね。その…………亮平くんに……」


 さっきのは無自覚で言ったぽく渚咲はパニックになって、耳と顔が真っ赤だ。


「渚咲、落ち着いて。一旦、深呼吸な」

「はっ、はい……深呼吸です」


 彼女はすぅー、はぁーと深呼吸をして心を落ち着かせて、ソファへと座らせた。


 心を落ち着かせなければならないのは俺もだ。好きと言われて先程から心臓の音がうるさい。


 自分もすぅー、はぁーと深呼吸し、渚咲の方を見ると彼女は頬を両手で触っていた。そして、ぺちっと叩くと体を俺の方へと向けた。


「すみません、先程は取り乱してしまいました」


 ペコリと軽く頭を下げ、彼女は俺が目が合うとさっきのことを思い出してしまいそうですぅーと目線をそらした。


「いや、俺は大丈夫だから謝らないで」


 そう、彼女は謝るようなことをしたわけじゃない。俺はただ少し、いや、かなり驚いたが、嫌な気持ちにはなっていない。


「ありがとうございます。隠し事はあまりしたくないので告白しますが、私は、ここ最近、亮平くんとの関係を同居人、友達、特別な人……もうそれだけでは満足できなくなってるんです」


 渚咲の告白は先程の彼女の行動の意味と結びつき、ここ最近の出来事にも納得がいった。


 色々、考えること、思うことがあるがまず思うのはやっぱり渚咲は可愛すぎる。お母さんが渚咲に対して可愛いを連呼する気持ちが今わかった。


(この子、何しても可愛いですわ)


「どうなりたいのかと聞かれると私もわからないので答えられませんが私、亮平くんに触られるの好きみたいで……それで、さっきは咄嗟に好きと口にしてしまって……ほんとすみません」


 思っていた告白とは違っていたが触られるのが好きというのも大きな告白だ。


 異性の友達に触られるのが好きとか言ったら普通は駄目な気がする。その発言によって危ない目に遭う可能性はなくはないし。


「まっ、まぁ……お母さんとかに頭撫でられるのが好きっていうのは俺も小さい頃あったし謝ることでも」

「そ、それは家族だからで私の場合友達……それも男の子に……触られたいなんて思う私はもう変態さんです」

「へ、変態なら俺もだ。渚咲と手繋ぐの好きだし、渚咲とのなでなでタイム?も好きだし」


 言うつもりはなかったが渚咲に悪くないと言いたいだけに焦って自分の暴露までしてしまう。


「そ、それは友達で仲良かったらするかと思います。私はもっとちがくて……ぎゅって抱きつかれたりするのも好きで嬉しいんです」

「同じだと思うけど……てか、俺も渚咲に抱きつかれるのいやじゃないし」


 もうここまでくれば恥ずかしくないという気持ちで俺は彼女に本音を言う。


「頭を撫でられるのが好きなら俺はいつでもやるよ。渚咲がしてほしい時にさ」


 彼女が頭を撫でられるのが好きなのは少し前から知っていること。驚きはしない。


「ほんとにいいんですか!?」


 渚咲の目はキラキラと輝いており、俺との距離をまたグイッと近づけてきた。


「いいよ。場所と状況にもよるけど」

「では2人きりの時に頼みますね!」

「あ、あぁ……」


 2人きりの時の方がこちらとしてもやりやすいのだが、何だかシチュエーションがな……。


「そういや、その服って……」

「あっ、はい。以前、裕子さんと買い物に行ったときに見つけて気に入ったのですが結局私が買わなかったものでして。まさか裕子さんが私のために買っていたとは思いませんでした」


(お母さん…………)


 最終的には本人が喜んでくれているからいいが、渚咲は本当の娘じゃないし、服のプレゼントとか重い気がする。


 まぁ、こんなことお母さんに言っても「娘と思ってるから、渚咲ちゃんに着てほしくて買ったのよ」って言うんだろうなぁ。


「お母さんと買い物に行ったのは初耳なんだが」

「亮平くんが村野くんとバスケしに行っている時とかに行ってましたよ? 私、お母様とはショッピングとかしたことがなかったのでとても楽しかったです」


 これは1回じゃないだろうな。両手を合わせてニコリと微笑む彼女を見たら頭を撫でたくなったが、お母さんが入ってきてギリギリ踏みとどまった。


「2人とも夕飯はどうする?」

「夕飯か……お昼はあっちで食べるとして夕飯はどうしようか?」


 隣にいる渚咲に尋ねると彼女は口元に手をやって考えていた。


「帰宅する時間がわかりませんし、外食の場合は裕子さんに連絡という形はどうでしょう?」

「いいと思う」

「食べてくるなら連絡ね、わかったわ」


 

 お互い出かける準備ができると駅まで歩き、水族館方面への電車に乗る。


 まだ夏休みのため平日でも電車に遊びに出かけようとしている俺たちと同じくらいの年、大学生が多く乗っていた。


 座ることができず乗り降りの邪魔にならない場所に立ちながら俺と渚咲は今から向かう水族館の話をする。


「水族館、楽しみです。私、イルカさん、クラゲさんにお会いしたいです」


 さん付け、可愛すぎかよ。呼び方まで可愛いと思い始めている自分がだんだん怖くなる。俺もお母さんや胡桃みたいになってきている。  


「確かイルカショーをやっていたような……」


 ホームページを見てイルカショーがあるか確認していると渚咲は気になるのか俺のスマホの画面をそっーと覗き込んできた。すると、急カーブの衝撃で彼女はバランスを崩し、俺の方へと倒れてきた。

 

「大丈夫か?」

「え、えぇ…………大丈夫です、亮平くんが受け止めてくださったので」


 彼女は自分の手を俺の手から離すかと思ったが、手をぎゅっと握った。


「手、繋いでもいいですか?」

「聞く前から握ってるけど?」

「そ、それは……我慢できなくて。ダメでしたか?」

「…………いや、ダメじゃないよ」


 優しくそう答えると渚咲の表情はパッと明るくなり、小さく微笑んだ。


(好き、だな……)

 

 これからも一緒にいたい、誰にも取られたくない、好きという気持ちがここ最近強くなっている気がする。


 これはもう友達としての好きではない。俺は渚咲のことを異性として好き。


 本当はこのことを昨夜、渚咲と別れる前に伝えようとしていたが勇気が出ず伝えられなかった。けど、いつまでもそれでは後に後悔する。


(今日、伝えよう)

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