第24話 同居人の様子がおかしい

 翌朝。制服に着替えて、1階のキッチンへと向かうとそこにはエプロンをつけてお弁当を作っている渚咲の姿があった。


 お弁当は2つあり、どうやら俺の分も作ってくれているようだ。


「渚咲、おはよう」


 後ろから声をかけると彼女は振り向き、軽くペコリと頭を下げた。


「おはようございます、亮平くん。お弁当、自分の分だけではおかずが余ってしまったので亮平くんの分も作ったのですが……」

「ありがとう。食べるよ」


 作ってもらって食べない選択肢は考えられないのでそう答えると渚咲の表情がぱぁーと明るくなった。


(可愛いな……)


「お弁当作ってくれたから朝食は俺が作るよ。だから渚咲はゆっくりしてていいよ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」


 お弁当作りは終わったので渚咲はキッチンから立ち去り、俺は朝食を作り始める。


 今日は少し早めに起きて時間もあるのでフレンチトーストにしよう。


 食パン、牛乳、砂糖、バター、卵と必要なものを用意するとソファに座っていた渚咲がやって来た。


「亮平くん、何を作っているのですか?」

「フレンチトーストだよ」

「フレンチトーストですか。私、好きです」

「それは良かっ……? なっ、渚咲さん?」


 砂糖と卵を混ぜようとすると渚咲が俺にピトッとくっついてきた。


「何でしょうか、亮平くん」

「何でしょうかって……どうかしたのか?」  


 くっつかれても嫌じゃないし、やりにくいというのもないが、急すぎてどうかしたのかと心配になる。


「亮平くんの近くにいたいなと思いまして。お邪魔でしたら少し離れたところで見てます」

「邪魔じゃないよ。ゆっくりしててって言ったけど、一緒に作る?」

「作ります!」

「……わかった。じゃあ、渚咲にはこれお願いしようかな」

「はい、どんとこいです!」


 拳を軽く胸へと当てて彼女は小さく笑った。


 フレンチトーストを2人で作り、その後は一緒にリビングで朝食をいただく。


 食べ終えたらまだ時間があったので学校へ行くまでは自室で自由な時間を過ごしていた。本を読んだり、スマホゲームをしたりするがなぜかどれも集中することができなくて、気付いたら今朝の渚咲のことを考えていた。


(距離が近くなったような気がしたが……気のせいだろうか)


 そろそろ学校にと思い、スマホをリュックへと入れようとすると誰かからメールが来た。


 誰からだろうと確認すると連絡先を交換した覚えのない鈴宮からのメッセージだった。


『突然ごめんね、鈴宮玲奈です。中学の時のクラスのグループから八神くんを見つけて追加しました。この前、あまり話せなかったので会って話したいです』


(なんだこれ……)


 嫌と思うと同時に嫌な予感と会って何を話すんだという疑問が湧いてくる。


 俺は鈴宮とはもう会いたくないし、話したいとも思わない。会って話すことなんて1つもない。


『ごめん。俺は話すことない』


 きっぱりと断りの返信をするとすぐに既読がついた。


『私はあるの。だから少しだけ時間がほしい』


(少しだけって……今さら何を話すんだよ)


 断りのメッセージを入れるとドアをノックする音がした。


 ドアをゆっくりと開けるとそこにはカバンを持って立っている渚咲がいた。


「どうかした?」

「あっ、えっと……一緒に学校に行こうと誘いに来まして」

「同じ家から一緒に出るのは不味くないか?」

「周りを警戒しながらなら大丈夫かと」

「…………まぁ、そうだな」


 この近くに知り合いの家はないし、誰かに見つかる確率は少ない。だから大丈夫だろう。


 スマホをリュックに入れると目の前にいる渚咲は下へしゃがんだ。


「何か落ちましたよ?」

「ん?」

「学生証です」

「あぁ、スマホのカバーのポケットに入れてた……」


 渚咲は拾ってくれて、俺へと渡そうとしていたが、彼女は学生証をじっと見て渡してくれない。


「渚咲?」

「明日……」

「? 明日がどうしたんだ?」

「明日、亮平くんの誕生日じゃないですか!」

「えっ、あっ、うん……そういやそうだな」


 あまり自分の誕生日を特別に思ったことはないので渚咲に言われるまで忘れていた。


「私、ケーキ作ります!」

「ケーキ……いや、嬉しいけど、別に特別な日ってわけでもないし」

「特別な日です。どんなケーキが好きですか?」

「…………チョコ?」

「わかりました、明日が、楽しみにしてください。では、行きましょ?」


 渚咲は学生証を返してくれると俺の手を優しくぎゅっと握ってきた。


(んん? いつもより距離近くない? それとこの手は……)


 熱でもあるのだろうかと思い、彼女の額に手を当てるが、熱はなさそうだ。顔は真っ赤になったけど。


「りょ、亮平くん……こ、この手は?」

「いや、熱でもあるのかと。けど、俺の気のせいだったみたい」

「ね、熱ですか……私は大丈夫ですよ、元気です」

「それなら良かった」


 海人との待ち合わせ時間に間に合うよう渚咲と家を出て、駅に向かって並んで歩く。


「今日は暑いですね」

「あぁ、暑いな。そろそろ衣替えかもしれない」

「衣替え……亮平くんの夏服が見れるんですね」

「俺の夏服に需要ないと思うけど……渚咲が夏服を着始めたらみんな驚くだろうな。見たいと思う人、多そう」

「私も需要ないですよ。長袖から半袖になるだけですし」


(渚咲は需要あるんだよな……)


「そういや、渚咲はここ最近、胡桃と一緒に登校してるって聞いたけど、今日は?」

「駅で待ち合わせです。亮平くんと一緒にいることはお伝えしてます」

「そっか。なら胡桃と海人は一緒に待っていそうだな」


 渚咲と駅まで歩き、海人と胡桃を見つけると2人の元へと向かった。


「あっ、渚ちゃん! おはよ! 今日のテスト返しが嫌で行きたくなかったけど渚ちゃんに会いたいから来たよ」

「おはようございます、胡桃さん」


 渚咲と胡桃がぎゅーと抱きついている中、俺は海人に挨拶しに行く。


「おはよ」

「おはよ。藤原さんと登校って始めてじゃね? 何かあったのか?」

「別に何もないよ。けど……」

「けど?」

「いや、何でもない」

「なんだよ、気になるじゃん。そういや、亮平は藤原さんのことどう思ってんの? 異性として好きとかはないのか? 入学した頃は話してみたい人って言ってたけど」


(渚咲のことをどう思っているか……か)


 海人の言う通り最初は渚咲と話してみたいと思っていた。それが隣の席になってから、同居人になってから叶って、今では友達だ。


 今は友達、クラスメイト、同居人であるが、これからは変わっていく。夏祭りが終わったら渚咲とは友達のままでいられるが一緒にいる時間は今より少し減ってしまう。


「異性としてどうなのかは俺にはわからない。けど、俺にとって彼女は特別なんだと思う」


 どう特別なのかはわからないが、渚咲は仲のいい女子友達とは何かが違う。一緒にいたい、彼女の隣にいたいと思う。


 目の前を歩く彼女の背中を見ていると振り向いた彼女と目が合い、渚咲は微笑んだ。






     

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