第11話 彼女の苦手なもの

 先ほどあったことを2人に話すと胡桃が「何それ!」と大声を出した。


「ムカつく~。りーくんをパッとしない奴とか目悪すぎ! 長田よりりーくんの方が断然カッコいいし! ねっ、渚ちゃん!」

「はいっ。りょ……八神くんの方がカッコいいです! パッとしてないなんて長田くんは、りょ……八神くんの良さがわかってません!」


 時々、亮平と呼びそうになり危なかったが、渚咲は胡桃の言葉に同意し、コクコクと力強く頷く。


「胡桃も藤原もありがとな」


「りーくんは優しすぎ、怒ってもいいのに……。てか、渚ちゃんのこと憶測で色々言ってたのもムカつく! 渚ちゃんがりーくんのこと好きになるはずないとか。勝手に人の好みを決めつけるなって話」

「だよな、今度また同じこと言ったら今度こそ謝罪させる」

「おうおう、そうしよ!」


 海人と胡桃は謎の団結を見せ、教室の中へと入っていった。俺と渚咲も中へと入り、席に着くと渚咲はこちらを向いた。


「八神くん、すみません。私のせいで嫌な思いをさせてしまいました」


「! 藤原は悪くない。ムカつきはしたが、俺がパッとしないのは事実だ。長田が言ったことは間違ってない」


 彼女は何もしていない。だから謝る必要なんてない。悪いのは自分だ。


 顔を上げて前を向こうとしたそのとき、頬に柔らかくて温かくて安心する手があてられた。


「藤原?」


「八神くんは自分を卑下しすぎです。もっと自信を持ってください」

   

 彼女はそう言って俺の頬をふにふにしてきた。パッと手が離れると彼女は微笑んだ。


「そう、だな……」

「えぇ、大丈夫です。誰がどう言おうと亮平くんのいいところは私がちゃんと知ってますからね」

「…………ありがと」



***



 放課後。今日も4人で帰り、周りを気にしつつ2人で同じ家を目指して帰っていると急に雨が降ってきた。俺も渚咲も傘を持っていなかったため走って帰ることに。


 家へ着くとすぐにタオルで頭や服、カバンを拭いて、中に入っている教科書が濡れていないか確認する。


「突然の雨でしたね」

「だな。このままだと風邪引くしお風呂ためて先に入るか」

「はい。あっ、入る前に温かいお茶でも……」

「いや、先に……っていない」


 渚咲はそう言うと自分の部屋へカバンを置きに行き、キッチンへと向かう。


 俺も自分の部屋にカバンを置きに行ってからリビングへ向かうとテーブルにはお茶が入ったティーカップとひとくちカステラが乗ったお皿があった。


 窓から外を見ると先ほどより雨の強さは増していて、まだ帰ってきていないお母さんは傘を持っているのか気になり、連絡を入れる。


 ソファに座ると隣に渚咲は座り、俺に膝掛けをかけてくれた。


「ありがと……けど、これは渚咲が使ってくれ」

「ダメです。しっかり温かくしてください。私は……そうですね……」


 渚咲はんーと悩んだ後、俺にピトッとくっつき、膝掛けをかけ直した。


「これなら構いませんか?」


 2人で1つの膝掛けを使うのはどうかと渚咲に提案されるが何だか良くないことをしているような気がする。


「まぁ、これなら……」

「ふふっ、さて、温かいうちに────きゃっ!」


 外から雷の音が聞こえ、渚咲は悲鳴を上げると共に俺の腕へと抱きついた。


 足が机に当たり、ティーカップから危うくお茶が溢れそうになる。


「渚咲?」


 捕まれた手が小さく震えている。多分、大きな雷の音が怖かったのだろう。


「雷、苦手なんです……少しだけこのままこうしていてもよろしいでしょうか?」


 腕にぎゅっと抱きついたまま彼女は顔を上げて不安そうな表情をする。


「いいよ」


 彼女を安心させたくて優しく頭を撫でるとまた大きな音がして渚咲は、体をビクッとさせて、抱きしめている手に力が入る。


「亮平くん、離れないでくださいね」

「あぁ、離れない」


 彼女を安心させるためにそう言うが少し限界が来ている。今まで彼女なんていたことがないため異性とここまで距離が近くなることなんて当然なかった。慣れないことに心臓の音はどんどん大きくなっていく。


(心臓の音、伝わってないよな……?)


「あっ、このままじゃ、温かいお茶が冷めないか? 手繋ぐか、そのまま腕ぎゅっとしてていいから飲んで落ち着いた方がいい」


 怖さのあまり力が入りすぎているんじゃないかと思い、お茶を飲むことをすすめると渚咲はコクりと頷き、俺の手を取り、優しく握ってきた。


「とても温かいです……」

「じゃあ、俺も飲もうかな」


 手を握っていない方の手でティーカップの取っ手を持とうとすると渚咲は首を横に振った。


「あ、温かいというのはもちろんお茶もですけど、温かいのは亮平くんの手です」

「…………そう、かな?」

「はい、とても安心できる手です」


 不思議だ。手を繋いでいるだけなのに今、とても安心している。


 雷の音が聞こえなくなり、お茶を飲んだ後、渚咲は先にお風呂に入りに行った。怖くて出るまで近くにいてほしいとのことで浴室の外にいることになったのだが、俺は本当にここにいていいのだろうか。


 ドアは2つ挟んでいるが、よくない……本当に……。


 ドアが開く音がすると次は足音がし、渚咲の声が聞こえてきた。


「亮平くん、いますか?」

「いるよ」

「すみません、ついてきてもらって」

「いや、怖いことがあった後に1人になるのが怖いのはよくわかるから」


 俺の場合、ホラー映画を観ると、暗いところに行くのが怖くなる。それと同じだ。


 渚咲が出てくると交代で今度は俺が入り、その間、彼女は怖さを忘れるためリビングでテレビを見ていた。


 お風呂から上がると渚咲はソファから立ち上がり、俺のところへ駆け寄ってくる。


「亮平くん、猫さんは好きですか?」

「猫? まぁ、好きだけど」

「では一緒に見ましょう! 今、猫さんの特集をやっていてとっても可愛いんです」


 一緒に見ようと渚咲は俺の腕にぎゅっと抱きつき、上目遣いでこちらを見てくる。


(何か距離近くね……?)


 お風呂上がりのせいかめっちゃいい匂いするし、今朝の彩音と同じぐらい距離が近い。腕に柔らかいもの当たってるし。


 嫌ではない、嫌ではないのだが、良くない。異性との距離感がわからないと彼女は以前言っていたが、ここは一度教えた方が彼女のためになるだろうか。


「渚咲、少し近い気がする。俺たちはその……ただのクラスメイトなんだし」

「ただの…………」


 渚咲は少し悲しそうな表情をして、俺からゆっくり離れていく。

 

「えっと、あっ、こうして話すようになったし友達、ではあるな」

 

 照れながら友達と言うと彼女の表情は、パッと明るくなった。


「お友達……なってくれるんですか?」

「なるというか俺はそう言ってもいいと思ってるけど」


 一緒に放課後遊んだり、昼食を食べたりしているのに友達ではないという方が不思議だ。


「では、これからは同居人でありお友達ですね」

「あぁ」






           

 

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