第12話 メッセージ

 朝、いつもより早めに起きて1階へと降りるとキッチンの灯りがついており、お母さんかと思ったが、そこにはエプロン姿の渚咲の姿があった。


 同居することになっていなければ彼女のこういう姿は見れなかっただろう。


 あまり見ないポニテ。いつも髪を下ろしているので少し雰囲気が違う。


「亮平くん? ふふっ、かくれんぼですか? いるなら声かけてくださいよ」


 人の気配がして後ろを振り返った渚咲はそう言って小さく笑う。


「ごめん、邪魔しちゃ悪いかなって……。今日は学校ないのに早起きなんだな」


 邪魔にならないよう移動し、カウンター越しに話しかける。すると彼女は少し暗い表情をした。


「少し嫌な夢を見てしまって目が覚めてしまいました」

「嫌な夢?」

「はい。どれだけ追いかけても追いつけない、そんな夢です。真っ暗なところをひたすら1人で走り続けていてゴールが見えませんでした」


 彼女は、手を伸ばし、ぎゅっと拳を握るとゆっくりと手を下ろす。


 自分にも似たような夢を見たことがある。ゴールのない一本道をただひたすらに歩いていく夢を。


 あの時は確かバスケの試合の直前で、不安で一杯だったんだっけ。


 嫌な夢を見るときはいつも不安がある。だから渚咲も不安なのかもしれない。


 不安に思っているとしたらやっぱり親と離れて暮らしていることだろうか。


「渚咲って何かSNSやってたりする?」

「SNSですか? あまり使いませんがアプリはあります」

「なら交換しないか? 何かあればメッセージで送れるし」


 同居を始めてから1ヶ月が経ったが、まだ連絡先の交換はしていなかった。


 俺より先にお母さんと交換しているというところに少しモヤるが、急に彼女が近くにいることが増えて話したいなら直接話せることから連絡先の交換をしないと、というのはあまり思っていなかった。


「いいですよ。交換しましょう」


 朝食を作り終えると俺と渚咲は連絡先を交換して、よろしくのスタンプを送る。


「嫌なこと、不安に思うことがあればメッセージで送っていいよ。直接話しにくいこともあるだろうから」


「わかりました。亮平くんも何かあれば送ってくださいね?」


「あぁ、わかった」


 連絡先を交換できたことだし、朝食をと思ったその時、渚咲からメッセージが送られてきた。


 見る前に彼女のことをチラッと見ると口元がゆるゆるになっており、嬉しそうな表情だった。


 何だろうかと気になりつつメッセージを開くとまさかのお誘いだった。


『今日、予定がないのでしたら一緒にどこか行きませんか?』


(これって俺と2人でってことだよな……?)


 だとしたらこれはデートのお誘い。まぁ、渚咲がデートとして誘ってるかどうかはわからないが。


 メッセージを確認して顔を上げると渚咲はスマホを胸の前に両手で持ってニコッと笑った。


(メッセージのやり取り楽しいな……)


『俺で良ければ。どこか行きたいところがあるのか?』


『いえ、まだ決めてません。亮平くんはどこか行きたいところはありますか?』


『俺は渚咲の行きたいところへ行きたい』


『その返事はズルいです』


『そうか?』


「ズルいです。あっ、行きたいところ思い付きました。パンケーキを食べに行きませんか?」


 メッセージではなく渚咲は行きたいところを口にする。


「パンケーキか。それなら駅前とか?」

「そこもとても美味しいのですが、今回はショッピングモールの中にある新しくできたところへ行ってみませんか? 胡桃さんオススメの場所らしいです」

「へぇ、そうなんだ。胡桃が勧めるからには美味しいんだろうな」


 中学の頃から胡桃がオススメする店には何件か行ったことがあるがどこも当たりだった。


「胡桃さんのことよく知ってるんですね」

「そうかな……まぁ、長い付き合いだから」

「……そう、ですか。さ、冷めないうちに食べましょう」

「あぁ、そうだな」


 朝食の準備を手伝おうと彼女の背中を追いかけようとするとズボンのポケットに入れたスマホが振動した。


 画面を見るとまた渚咲からメッセージの通知が来ていて開くと可愛いクマのキャラクターの後ろに炎が燃えているスタンプが送られてきていた。


(えっ、何これ……殺られるの?)


「ハム卵サンドイッチです。そしてアイスココアです」

「おぉ、美味しそうだな。さっそくいただきます」


 席に着くと両手を合わせて、サンドイッチを一口食べる。


(美味しい…………)


 美味しすぎて無言で食べていると渚咲がこちらを見ていることに気付き、顔を上げた。


「美味しそうに食べますね」

「美味しいからな」

「ふふっ、良かったです。私の知人も亮平くんと同じように美味しそうに食べてくれたんです」 


 彼女は嬉しそうに笑うと遅れて渚咲もサンドイッチを食べる。


 いつも朝食はお母さん含めて3人だが、今日は朝早くのためまだお母さんは起きていない。リビングには2人きりだ。

 

 最初は話しかけることすら難しかったが同居することになってからは彼女と普通に話せるようになっている。けれど、こう沈黙になると何を話せばいいのかわからない。


 サンドイッチを食べ終え、ココアを一口飲むと渚咲はポツリと呟いた。


「私、同居人が亮平くんで良かったです。最初はどうなるのかと不安に思っていましたが、八神家の皆さん、とても優しくて……」


 彼女は胸の前で両手をぎゅっと握り目をゆっくりと閉じた。


 良かった。彼女が少しでもこの場所がいいと思ってくれているみたいで。


「後、約2ヶ月ですがよろしくお願いします」


 小さく頭を下げて顔を上げると俺と目が合う。


 最初からわかっていること。彼女が同居人としてここにいるのは3ヶ月の間だけ。ずっといるわけではない。


「ご馳走さまでした。パンケーキですが、お昼にしましょうか」

「あぁ……そうだな」


 食器をキッチンへ持っていく彼女の背中を見送り、俺は1人まだ残っているココアを飲む。


(『ずっと』は絶対にない……)



***



 お昼前。同じところに住んでいることがバレないためにショッピングモール集合となった。


 先に俺が家を出たため当然、待ち合わせ場所にはまだ彼女の姿はない。


 そういや、俺、女子と二人っきりでどこかへ行くのは久しぶりだな。


 近くにある時計を見て駅がある方から来るだろう渚咲を待っていると後ろから誰かに名前を呼ばれた。


「亮平くん?」


 声がした方を向くとそこにはセミロングの髪にトレードマークである黒のリボンをつけた女子がいた。



***



 同時刻。集合場所へ向かい、改札から出ると見覚えのある人を見かけ、あちらが後ろを振り返ると私と目が合った。


「あっ、藤原ちゃん!」

「こ、こんにちは……」


 いつものポニテではなくお団子ヘアだったため一瞬誰かわからなかったが、春風さんだ。


 彼女は私のところへ駆け寄ってきて、ニコッと笑う。


「誰かと待ち合わせ? オシャレしてるし、待ち合わせ相手はもしかして藤原ちゃんが好きな人だったりして」

「友人ですよ。オシャレなのは春風さんもです。とても可愛いですね」

「えぇ~ありがとっ。天使の藤原ちゃんには負けちゃうけど。あっ、真綾だっ」


 春風さんは友達を見つけたのか名前を呼び、手を振った。


 誰なのか気になり後ろを振り向くとそこには真綾と呼ばれた方と待ち合わせ相手である亮平くんがいた。





        

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