第8話 見てもらいたい

 みんなで話し合った結果、パンケーキを食べることになり、各自好きなもの頼み、テーブル席へと運ぶ。


 誰がどこに座るかだが、先に胡桃と海人が隣同士に座ったため、俺と藤原は必然的に隣同士になった。


 今日も夕食は少なめですねと俺にだけ聞こえる声量で藤原は呟き、パンケーキを食べ始めた。


「八神くん、とっても生地がふわふわで美味しいですね」

「そうだな」


 食べた瞬間、消えていくような柔らかさで上にクリームやキャラメルソースが乗っているがパンケーキだけでいける。


 食べて、時々、隣にいる藤原と話していると斜め前から視線を感じて顔を上げると胡桃がじっとこちらを見ていた。


「なんだよ、胡桃」

「胡桃さん、どうかしました?」


「いや、何か……仲いいなって。嫉妬とかそういうのじゃないんだけど、ん~」


 胡桃は腕を組み、何かを考えている中、俺は海人と目で会話していた。


「(言ってもいいんじゃないか? 胡桃なら変に言いふらしたりしないし)」

「(そうだな……)」


 仲のいい友人にこれ以上、嘘をついて隠し続けるのは非常に胸が痛い。彼女に言うことを決めたことを藤原に伝えてから俺は胡桃に同居のことを話すことにした。


 話すと胡桃は驚き、そして以前あったこと、今日の出来事に「だからか」と納得していた。


「ズルいぞ、りーくん。私も渚ちゃんのお弁当食べたい!」

「羨ましがるところそこかよ。作ってもらったのはあの日だけだからな?」

「それでもズルい! そして可愛さを独り占めしてたのもズルい!」


 ズルいとか言われましても……と思いつつ隣に座る藤原を見ると彼女は手を口元に当てて笑っていた。


「ご希望があれば胡桃さんにお弁当作りますよ?」

「えっ、いいの? それなら卵焼き! 卵焼き美味しそうだったし!」

「遠慮を知らんのか、胡桃さん」

「知ってるよ。けど、食べたいもん」

「ふふふっ、いいのですよ。料理は好きですから。1人分増えたって大変ではないです」


 無理してるのではと彼女のことを見たが、大丈夫ですよと藤原は俺にだけ聞こえる声量で言った。


 彼女がそういうなら本当に無理しているわけではないのだろう。なら俺は止めない。


「渚ちゃん、ありがとう! 天使! お弁当交換ってことで私は渚ちゃんの分作ってくるね!」

「胡桃さんの……では、楽しみにしてますね」


 

***



 パンケーキを食べた後は服屋に行きたいとのことで女性向けのところへ行くことになったが、なぜか俺も海人も誘われた。


 入りにくいし、俺らがいてもと思い逃げようとしたが胡桃に「渚ちゃんの可愛いところ見たくない?」と言って引き止められた。


 普段見ない藤原を見ることができるからついてきたわけではない。決して。


「渚ちゃん、これ絶対似合うよ!」

「…………そうですかね? 一度着てきます」

「うんうん。あっ、試着室行くならりーくんついてってあげてね」

「なぜ俺なんだ。ここは胡桃が行くべきだろ」

「お願いね」

「聞いてない……俺は────っ!」


 絶対に行かないと言おうとしたが、藤原が子犬のようにこちらを見ていて言葉を止める。


「いや、俺が行こう」

「ありがとうございます、八神くん」


 俺と藤原は試着室に向かい、胡桃と海人はその場に残って服を探していた。


(知り合いに会いませんように…………)


 両手を合わせてぎゅっと握り、何かのお祈りをしつつ試着室へ着くと藤原は中へと服を持って入っていった。


「では……」

「あぁ」


 カーテンが閉まり、藤原が試着を終えるまで俺は壁にもたれ掛かって外で待つ。


 誰かに会わないかというドキドキと藤原が着替えているということにドキドキしていて、心臓の音が先程からうるさい。


「八神くん八神くん」

「藤原?」


 小さな声だが名前を呼ばれた気がして、壁から離れて彼女の元へ近づく。するとまた彼女の声がカーテン越しから聞こえてきた。


「に、似合っているかどうか感想が聞きたいので見てもらってもいいですか?」

「俺に? いいけど、胡桃に見てもらう方がいいんじゃないか?」


 ファッションセンスに自信がない俺でいいのかと思い、彼女に尋ねる。


「八神くんに見てもらいたいです……」


 近くにいるから、わざわざ胡桃を呼ぶのはと思っているから、と色々考えるが、今、藤原が見てほしいと思うのは俺だ。


(ここで断るのは違うな……)


「わかった」

「ありがとうございます。では、開けますね」

「あぁ」


 そっーとカーテンを開けるとそこには白のティーシャツに膝に少しかかるぐらいの長さの黒のスカートを着た藤原がいた。


 学校ではスカートが短く、黒のタイツを履いているが、今目の前にいる藤原はタイツを履いていなかった。


 まるで見てはいけないものを見てしまったような……けど、ここで目をそらしたりしたらそれこそ変な雰囲気になる。


「八神くん、どうですか?」

「…………凄い藤原に似合ってて可愛い」

「!」

「けど、それで1人で外に出るのは良くないと思う」

「……それは私も思います。このスカート短すぎますもんね」


 それもそうなんだが、これは生足を見て変な奴が寄ってくる可能性がある服だ。


 保護者というわけではないが同居人として同級生として心配だ。


「ですが、私は気に入ったので買います。胡桃さんオススメですし、八神くんが可愛いと言ってくれたので……」


 そう言って彼女は少し恥ずかしそうにしながら髪の毛を触る。

 

「で、では、着替えますね。八神くん、ありがとうございます」

「お、おう……」


 カーテンが閉まり、着替え終わるまで再び俺は壁にもたれ掛かって待つ。


 さっきとは違う。体が熱い。熱でもあるんじゃないかと思うほどに。


(はぁ…………)


 落ち着くために深呼吸すると聞き覚えのある声がした。


「あっれ、亮平じゃん。こんなところで何してんの?」


 知り合いに今は会いたくない、そう願っていたが、声がした方を向くとそこには中学、高校と同じである春風彩音はるかぜあやねがいた。


 セミロングのふわふわの髪に見た目はいかにもギャル。俺が仲良くしなさそうなタイプだが、彼女とは仲がいいのかわからないが長い付き合いがある。


(1番会いたくない人に出会ってしまった)


 彩音は、俺のことをじっと見た後、試着室の外に靴があるのを見つけてニヤニヤしながら再び俺のことを見てきて、腕を指でつついてきた。


「やるじゃん」

「勘違いだ」

「けど、亮平、妹とお姉さんいないよね?」

「親戚だ」

「なるほど……まぁ、そういうことにしとく」


 彩音には嘘をつけない。だから間を空けず答えたがダメだったか。


「じゃ、また学校でね~」


 手を振って、彩音は友達らしき集団の元へと戻っていく。


 1人になるとどっと力が抜け、はぁとため息をつくとカーテンが開く音がしてひょこっと藤原が顔を出した。


「今の声は春風さんですか?」

「あぁ、よくわかったな」

「聞いたことある声でしたので」

「なるほどな」


 しばらくなぜか藤原にじっと顔を見られていたが、何かあるわけではないようで服を持ってレジへ向かっていった。






       

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