『毒をくらわば』作・津橋総一

登場人物

給仕ギャルソン … 長田肇

支配人ディレクトール … 小芝範人

給仕長メートルドテル … 高遠行嗣

客 … 原田真義


◯フレンチレストラン・店内(夕方)

 明転。

 上手にはワイングラス、ナイフ、フォークなどがセッティングされた二人掛けのテーブル。

 下手には厨房の入口と大きな業務用冷蔵庫(上下ツードア式)。

 下手袖から床に倒れた制服姿の人物(シェフ)の脚が出ている。

 厨房の入口前で険しい顔をして向かい合っているスーツ姿の支配人と制服姿のメートル。

 上手から軽い足取りで登場する私服姿のギャルソン。

ギャルソン「おっはようございまーす。いやあ寒みっすねえ今日も」

支配人「——なんでこんなことになるかね。俺はおまえを信用してたんだけどなあ。おまえに限ってさあ、こんなことはしないと思ったんだけど」

 ばつが悪そうに俯くメートル。

メートル「申し訳ございません、本当に、その、つい、色々と、あの……」

支配人「いいよ。言い訳は。まったくさあ……どうするかね」

 ギャルソン、怪訝そうな顔になってそろそろと支配人に近寄っていく。

ギャルソン「あのう、なんかあったんすか」

 支配人、メートルを睨みながら下手袖を顎で示す。

支配人「あれだよ」

ギャルソン「あれ?」

 下手袖を見に行くギャルソン。

ギャルソン「うわっ!」

 ギャルソン、大慌てで厨房の入口まで駆け戻ってくる。

ギャルソン「ちょっとちょっとなんであんなことなってんすか! シェ、シェフが……」

 メートルを指差す支配人。

支配人「こいつだよ。こいつがやったの」

ギャルソン「なんでまたそんなっ」

 メートル、不服そうな顔をする。

メートル「だってシェフがここやめるって言うから……」

ギャルソン「だからって殺さなくたっていいでしょう!」

メートル「でもあの人、警察行ってここのレストランのこと全部話してやるって言い張って……私だって一生懸命説得したんですよ、でも聞く耳も持ってもらえなかった!」

支配人「もういい! もういい、騒ぐなよ。疲れるだけだよ」

 支配人、首を大きく横に振ってため息をつく。

支配人「これでもうここに残ってんの俺たち三人だけだよ。先月まではよかったよな、みんなで楽しくやってたじゃねえかよ」

 首を傾げるメートルとギャルソン。

メートル「そうでしたっけねえ」

ギャルソン「もうあんまり覚えてませんよ、ぼく」

メートル「ものすごく昔のことみたいですよねえ」

支配人「オーナーがあんなこと言い出さなきゃなあ、パティシエがオーナー殺すこともなかったし、ソムリエがパティシエ殺すこともなかったし、コミがお客様殺すこともなかったし、スーシェフがコミとソムリエ殺すこともなかったし、シェフがスーシェフとお客様殺すこともなかっただろうにな。オーナーが全部悪いよオーナーが。何が経費削減だよ。そりゃ確かにパティシエは仕事全然やってなかったよ、だからっていきなりクビにするこたないよ。まあ結果自分のほうが首にされちまったんだけどな。アハハハ!」

ギャルソン「よく喋りますねえ。ご機嫌ですね」

 真顔になる支配人。

支配人「やってらんねえよ。あれからまだ一ヶ月しか経ってないなんて信じらんねえな。ついにシェフまで殺しちゃってよ、どうすんだよ。誰が料理作るんだよ。俺は無理だよ。ええ?」

メートル「ですが支配人、シェフをあのまま放っておいたら私たちみんなブタ箱行きだったんですよ」

支配人「馬鹿野郎。シェフのあの包丁さばきがあったからなんとかここまでやってこれたんじゃねえか。シェフがいたからあんなにたくさん死体ばらして全部料理にしてお客様に提供できて、経費も削減できてたよ、肉なんか仕入れなくていいんだからよ。それで全部うまくいってたんじゃねえかよ。なあ。違うか? 誰がシェフ解体すんだよ。おまえやれよ。おまえのせいでこうなったんだからおまえが責任取るんだよ。あと料理も作れよ」

 メートル、慌てて両手を振る。

メートル「いやいや、私、何も作れませんよ」

支配人「まかない飯みたいなもんでいいよ」

ギャルソン「あ、ぼくカレーなら作れますよ」

支配人「カレー出すフレンチレストランがどこにあんだよ」

 支配人、メートルを睨みつける。

支配人「何も作れないったって肉焼くぐらいはできんだろ。やれ。それとシェフ奥に引っ込めとけ。床も拭いとけよ」

メートル「はい……」

 メートル、下手袖へ向かってとぼとぼ歩いていき、シェフと共にはける。

 ギャルソンを手招く支配人。

支配人「おい、メニュー持ってこい。『本日のおすすめ』以外のとこ全部線引いて消しとけ」

ギャルソン「はいっ」

支配人「それ終わったら着替えて給仕長のこと手伝ってやれ。俺はちょっと事務室行ってくるから」

ギャルソン「はーい」

 暗転。


◯フレンチレストラン・店内(夜)

 明転。

 冷蔵庫の扉に片手をつき、ふうと息を吐く制服姿のギャルソン。

 支配人、下手袖から大股に歩いてくる。

支配人「どうにかなったか、シェフは」

ギャルソン「頭はなんとか切り離しました。やっぱかさばるんでね」

 首から下を示すジェスチャーをする支配人。

支配人「こっちは?」

ギャルソン「そっちはまだ。とりあえず畳んで入れときましたけど、まずいですかねえ」

支配人「まあいいだろ。腐らなかったらいいんだよ。腐るのが一番困るからな。にしても冬でよかったよなあ。夏だったらここまでやってこれなかったよ」

ギャルソン「ほんとですね」

 皿を手に下手袖から小走りに出てくるメートル。

メートル「支配人。どうでしょうこれ、ちょっと焼いてみたんですけども」

 支配人、皿を覗き込む。

支配人「おう、なんだよ、ずいぶん綺麗に切れてんじゃねえか。おまえがやったのか」

メートル「いえ、これはシェフが仕込んでおいてくれた分がまだ残っていたので」

支配人「だろうと思ったよ。これ焼いただけか?」

メートル「塩こしょうは振りました」

支配人「だめだよそれじゃ。味ごまかせねえだろ。なんの肉か訊かれたらどうすんだ。お客様ですって言うのか。え?」

メートル「スーシェフでしょうけどねえ、おそらくは」

支配人「ソースかなんかかけろ。作り置きのやつあんだろ。なかったら焼肉のタレでもいいよ」

メートル「わかりました」

 小走りに下手袖へはけていくメートル。

ギャルソン「今日って、予約のお客様は?」

支配人「一組いたけどキャンセルにしたよ。フルコース出すのはどう考えたって無理だろ」

ギャルソン「怒ってました?」

支配人「そりゃもう。結婚記念日だったんだってよ。ざまあねえよな。こんな店選ぶのが悪いんだ」

ギャルソン「うわあ。怒鳴り込んでこないですかねえ」

支配人「来たらソテーの材料が増えるだけだよ」

 短く口笛を吹くギャルソン。

 再び皿を手に下手袖から小走りに出てくるメートル。

メートル「タレ、かけてきました。バジルなんかも添えてみたんですが」

支配人「味見はしたか?」

メートル「いえ、まだです。支配人、お召し上がりになりますか」

支配人「食うわけねえだろそんなもん」

メートル「はあ、さようで」

 ギャルソンのほうを向くメートル。

メートル「君は?」

ギャルソン「ぼくも遠慮しときます。最近あんまし食欲ないんですよ。今日も朝からなんにも食べてないですし」

支配人「な。俺もだよ。食えてそうめんぐらいのもんだな」

メートル「あっ、そうめんなら夏にまかないで出してた残りがありますよ。茹でましょうか」

ギャルソン「いやあこの時期にそうめんってのはちょっと。せめてにゅうめんにしてくださいよ」

 グッドサインを出して下手袖へはけていくメートル。

 ドアベルの音が鳴り、上手から登場するスーツ姿の客。

 顔を見合わせ、急いで客の元へ向かうギャルソンと支配人。

支配人「いらっしゃいませ」

ギャルソン「いらっしゃいませ、えーっと、一名様ですか?」

客「あっ、はい。すみません、予約してないんですけど大丈夫でしょうか」

支配人「ええ、ええ、大丈夫ですよ」

 客をテーブルへ案内するギャルソン。

ギャルソン「こちらのお席にどうぞ。ただいまメニューお持ちいたします」

 ギャルソン、小走りで下手袖へはける。

 慣れていない様子で店内をきょろきょろと見回す客。

 支配人、にこやかな顔でテーブルの横に立つ。

支配人「食前酒のほう、いかがいたしましょう」

客「あ、えっと、あんまりわからないので……おすすめでお願いします」

支配人「かしこまりました」

 うやうやしく頭を下げ、下手へ向かう支配人。

 ギャルソン、メニューを手に下手袖から出てくる。

支配人「おい、おまえ、ワインわかるか?」

ギャルソン「いえ全然。給仕長なら多少はわかると思いますけど。呼びましょうか」

支配人「いいよ。あいつは料理があんだろ。まあなんか適当に出すか」

 早足で下手袖へはける支配人。

 ギャルソン、テーブルへ駆け寄る。

ギャルソン「お待たせいたしました、こちらメニューでございます」

 メニューを開いて客に渡すギャルソン。

客「ありがとうございます」

 メニューを受け取って目を通し、困惑顔になる客。

客「えーっと、これはあの……『本日のおすすめ』以外はないってことでしょうか?」

ギャルソン「はい、『本日のおすすめ』でございますね、かしこまりました、少々お待ちください」

 客の手から素早くメニューを取り上げ、すたすたと下手へ向かうギャルソン。

 支配人、ワインボトルを手に下手袖から出てくる。

支配人「これしか見つかんなかったよ」

ギャルソン「これ赤玉ポートワインじゃないすか。いいんすか?」

支配人「いいだろ。うまいし」

 メートル、下手袖から顔を覗かせる。

メートル「にゅうめんなんですけど、出汁の作り方がわかりませんで」

支配人「いいよにゅうめんは後で。お客様がいらっしゃってんだよ。さっきの肉あっため直して出すぞ」

メートル「レンジでいいですか」

支配人「いいけどバジルはよけろよ。しなびるから」

メートル「はいっ」

 下手袖に引っ込むメートル。

ギャルソン「肉だけで大丈夫なんすか?」

支配人「おまえ、サラダみたいなもん作って出せるか。野菜切って盛るだけでいいから」

ギャルソン「あ、はーい」

 下手袖へはけるギャルソン。

 支配人、テーブルに歩み寄る。

支配人「お待たせいたしました」

 卓上のグラスにワインを注ぐ支配人。

客「ああ、ありがとうございます」

支配人「失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」

 うやうやしく頭を下げ、下手へ向かう支配人。

 ギャルソン、二枚の皿を手に下手袖から出てくる。

支配人「おまえなあ、定食屋じゃないんだから一皿ずつ出せよ」

 客の元へ向かうギャルソン。

 ため息をつく支配人。

 メートル、下手袖から顔を覗かせる。

メートル「スープとかも出したほうがいいですかねえ」

支配人「作れんのか」

メートル「私は作れませんけど」

支配人「じゃあいいよ出さなくて。もうさっさと帰ってもらおうぜ」

 ギャルソン、テーブルに歩み寄る。

ギャルソン「お待たせいたしました」

 二枚の皿を客の前に置くギャルソン。

客「ありがとうございます。おいしそうだ。いただきます」

 ナイフとフォークを手に取り、食事を始める客。

 客の様子を眺めるメートルと支配人。

メートル「でもワインと肉とサラダだけってどうなんでしょう、フレンチレストランとして……」

 支配人、メートルを睨みつけて怒鳴る。

支配人「ごちゃごちゃ言うな! しょうがないだろシェフいなくなっちゃったんだからっ」

 言い終えてからはっとして口を押さえる支配人。

 客、支配人のほうへ視線を向ける。

客「シェフの方、いらっしゃらないんですか」

 苦笑いするギャルソン。

ギャルソン「ああいや、ちょっと色々ありまして」

客「そうでしたか。なんだかすみません、そんなときに来てしまって」

ギャルソン「いや、そんな、お気になさらず」

客「やっぱりどこも大変なんですね。不況ですもんねえ。わたしも最近職場がごたついてますよ」

ギャルソン「へえ。どちらにお勤めなんですか?」

客「駅前のスーパーなんですけどね。経営難とかで、上が頭痛めてるみたいです」

 ギャルソンと客の様子を横目にため息をつく支配人。

 メートル、小さく肩をすくめる。

支配人「あっ」

 ふとメートルに向き直る支配人。

支配人「おまえ、あれ忘れてるよ」

メートル「なんでしょう」

支配人「パンだよ、パンがなきゃ始まんないよ。主食だぞ」

メートル「すぐ切ってきます」

 下手袖に引っ込むメートル。

 肉を食べ進める客。

客「このソース、おいしいですねえ。材料は何を使ってるんですか?」

 ギャルソン、困り顔になって視線をさまよわせる。

ギャルソン「それは……えーっと、秘密です。門外不出の、秘伝のソースということで」

客「そうか、そりゃそうですよね。でもこの肉も、食べたことのない味で……これはなんの肉なんですか?」

ギャルソン「それもあの、まあ、秘伝のということで」

 笑う客。

客「ええ? 気になりますよ、教えてくださいよ」

ギャルソン「いやいや、アハハ。失礼いたします」

 一礼して足早に下手へ向かうギャルソン。

支配人「あんまり長話してんじゃないよ」

ギャルソン「いやすいません。あれ、給仕長は?」

支配人「パン切ってるよ。遅えな。俺見てくるから、おまえバター用意しとけ」

ギャルソン「はーい」

 下手袖へはける支配人。

 カトラリーを置き、きょろきょろと店内を見回しながら立ち上がる客。

ギャルソン「バター、バター……」

 ギャルソン、冷蔵庫の上段の扉を開ける。

 厨房の入口に近づいていく客。

客「あのすみません、トイレって……」

ギャルソン「うわっ!」

 驚いて客のほうを振り向くギャルソン。

 扉を開けたままの冷蔵庫の中にシェフの首がある。

客「ああーっ!」

 シェフの首を指差して絶叫する客。

 ギャルソン、下手袖に向かって大声で叫ぶ。

ギャルソン「支配人! 支配人!」

 下手袖から飛び出してくる支配人。

支配人「おまえ何やってんだ!」

 泣き出しそうになって何度も頭を下げるギャルソン。

ギャルソン「すいません! すいませんっ」

 支配人、下手袖に向かって怒鳴る。

支配人「給仕長! 包丁だ、包丁持ってこい!」

メートル(声)「どうしました!?」

支配人「シェフを見られた! 逃すな!」

 パン切り包丁を手に下手袖から駆け出してくるメートル。

メートル「うわああっ!」

 メートル、パン切り包丁を振り上げて客に迫る。

 逃げようとするもののテーブルに行く手を阻まれる客。

客「どうしてっ……」

 客、死に物狂いで卓上のナイフを掴む。

 客に襲いかかるメートル。

 メートルの振りかざすパン切り包丁を避け、鮮やかなナイフさばきでメートルの首筋を切り裂く客。

 倒れるメートル。

 唖然として一連の様子を眺めるギャルソンと支配人。

 呆然と立ち尽くす客。

 支配人、ゆっくりとした足取りで客に歩み寄る。

 支配人についていくギャルソン。

支配人「あんた……うちのシェフにならないか」

ギャルソン「まかないも出ますよ。たいしたもんじゃないけど、にゅうめんとか……」

 客、小さく震えながらもゆっくりと頷く。

 暗転。

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