この作品は創作であり、津橋総一、閑谷順司、高遠行嗣、原田真義、小芝範人、長田肇、新島吾郎、甲浩之、水﨑恭太郎は架空の人物です。
三十代前半で手がけたドラマがヒットして以降、大小さまざまな脚本賞の常連となり、勢い衰えず映画、ドラマ、舞台と引っぱりだこの脚本家、
「津橋! 久しぶりだなあ」
「ご無沙汰してます」
もうだいぶ集まってきてるよ、と高遠は言い、津橋を手招く。二十数年前、津橋と高遠は同じ大学の演劇サークルに所属していたのだった。当時そのサークルは学内でもかなりの大所帯だったが、所属する学生の大半とそりが合わずに浮いていた津橋は、高遠を筆頭に方向性の合致する数少ない友人たちを集めて独自の派閥を結成し、細々とではあるが楽しくやっていた。しかし、大学を卒業して以来、個々ではともかく全員で集まる機会はまったくなく、津橋が彼らを呼び集めたのは今回が初めてのことだった。
促されるまま上がった二階の宴会座敷には、高遠の他にすでに三人の男の姿があった。
「早いね。八時半って伝えたはずだけど」
手荷物を傍らに置いて席に着いた津橋の言葉に、新島が「俺はここんとこしばらく暇だから」と応える。
「新島さんのとこ、今あんまりみたいですよ。僕、今日は休み取ってて、昼から新島さんと飯行ってきたんですけど、もうずーっと泣き言ばっかり」
にやつきながらそう付け加える甲の肩を新島は小突き、こいつ自分が今調子いいからってなめてんだよ、と顔をしかめてみせた。
「甲はすぐ調子乗るからね。原田さんは?」
津橋が原田のほうへ視線を向けると、彼は高遠にもう酒を飲んでもいいかと伺いを立てている最中だった。この人は飲み会好きだから、と高遠が肩をすくめると、甲と新島も揃って頷き、昔から飲み会だけは一番早く来て一番遅く帰ってましたよね、帰ってないときもあったな、などと言い合う。高遠からビールをせしめて飲み始めた原田は何を言われてもどこ吹く風で「あと何人だっけ」と津橋に尋ねた。
「えー、
小芝
「閑谷だってさ」その名を聞いて原田は目をみはる。「懐かしいなあ。あいつ何やってんの今」
さあ、と全員が首を傾げる中、閑谷と同期だった甲が「確か普通に就職してたはずなんで、どっかの会社員だと思いますけど」と自信なさげに答えた。まあそんなもんかという空気が流れ、話題は小芝と長田のことに切り替わる。あのふたりよく予定合わせられたよな、と新島が言うと皆一様に頷き、原田がぼやくように「あいつらあんな売れてんのにこんな集まり出てる暇あんのかね」とつぶやいた。高遠が苦笑する。
「原田がそれ言うのなんか悲しいな。同業でしょ」
「俺はぼちぼち、慎ましやかにやってるからさ」
でも友達が売れるのは嬉しいもんだねやっぱり、と一同が和やかに笑い合っていると、にわかに階下が賑わしくなり、小芝、長田、閑谷の到着を店員が知らせにきた。来た来た、とはしゃぎ気味に高遠が階段を下りていき、すぐに三人を引き連れて戻る。互いに懐かしがって挨拶を交わしているところへ、矢継ぎ早にたくさんの料理と酒が運ばれてきて、場は一気にわっと盛り上がった。そんな中、津橋の向かいに座った閑谷は、配膳する店員のひとりを呼び止めて「ウーロン茶もひとつお願いできますか」と頼む。
「閑谷って下戸なんだったっけ」
「おれは一滴もだめですね」
津橋と閑谷がそんな話をしていると、横から小芝が「昔さあ」と入ってきた。
「閑谷くんが間違ったかなんかで誰かの酒ひと口飲んじゃってさ、覚えてる? 次の日休んでたよね、確か」
「ああ、はい。二日酔いなのかわからないんですけどね、一日動けなくて」
そんな弱かったか、と周囲で笑いが起こり、閑谷も自嘲するように薄笑いを浮かべる。それからすぐ全員の手元にジョッキやグラスが揃い、誰からともなく乾杯という声が上がって、なだれ込むように宴会が始まった。焼き鳥やら刺身やら天ぷらやらもつ鍋やらがずらりと並ぶ中、丼に盛られた肉じゃがに目をとめた長田が「これってあれですか、もしかして」と高遠に問いかける。
「あ、そうそう。作ってみたんだけどね。みんな覚えてんのかなあ、これ。ちょっと食べてみてよ」
高遠に薦められ、なんだなんだと肉じゃがを取り分けて口に運んだ一同は、すぐに「うわっ」という悲鳴まじりの反応をし始めた。
「すっごい焦げてる味しますね。見た目普通なのに……」甲が眉をひそめる。「でもなんか知ってる気もするな」
「絶対みんな知ってるはずだよ」
にやにやして全員の顔を眺め回す高遠に、やっぱりこれあれでしょう、と長田が懐かしそうに目を細めて言った。
「あのなんでしたっけ、店の名前はちょっと忘れましたけど、ほら大学の目の前に飯屋あったじゃないですか。たまにみんなで行った。あそこの肉じゃがですよね」
じゃがいもを頬張りながらのその言葉で、本当だあの味だ、あったなあそんなの、と感慨深げな頷きが広がる。
「あれ最初失敗したのかと思って、でも何回行って何回頼んでも同じ味だったんだよな。よく再現できましたね」
「俺あれ嫌いだったんだよ。なのに新島がいっつも頼んで食べさせてくるからさ、慣れて結構好きになっちゃった」
思い出話に花が咲く横にいながら、しかしただひとり怪訝そうな顔をしていたのは閑谷だった。隣に座る長田が「覚えてない?」と訊くと、首を傾げて「全然そんな記憶ないな」とつぶやく。そこに、閑谷あそこ行ったことないんじゃないの、と逆隣の原田が首を突っ込んできた。
「いや、いましたよ。サークルのあと全員で夕飯食いに行ったりしてましたもん」
「そうだったかあ? こいつみんなでなんかやるとかそんなん嫌いだったろ」
「でも飯とか飲み会とか、誘えばちゃんと来てましたよ。原田さんはあれですよ、すぐ酒飲んで酔っぱらっちゃうから、あんまり覚えてないんですよ」
長田と原田は閑谷を挟んでやいやい言い合う。津橋はにんじんを箸の先でつつきながら、店のこと覚えてないの、と閑谷に尋ねた。
「いや、店は覚えてます。肉じゃが食べたのも覚えてるんですけど、焦げた味っていうのがちょっと、わからないですね」
「えっ」高遠がやや不服そうな顔をする。「したじゃん、焦げてる味」
「しないですよ別に」
閑谷は箸で肉の切れ端をつまみ、これも、と言い添えた。いやいや、するんだってば、という困惑したような声が飛ぶ。
「閑谷くんさ、味覚おかしいんじゃないの。大丈夫なの?」
小芝が真剣な顔でそう言うと、一同もうんうんと同調したが、閑谷はどうも納得できない様子で「そうなんですかね」と応えるのだった。どことなくしらけた雰囲気になる中、甲が場を仕切り直すように「まっ、いいじゃないすか」と明るい声を出す。
「そんなことよりみなさん、どうですか、最近は」
それを皮切りにおのおのの近況報告が始まり、宴は再び賑やかさを取り戻した。原田が最近酒の席で犯した失敗や高遠家の夫婦喧嘩などの些細な笑い話から、小芝と長田が共演した映画の撮影現場でのちょっとしたスキャンダル、甲が勤めるテレビ局の中で起こって抹消された小さな事件など下世話な内容に至るまで、ひと通り語り合って落ち着いた頃、話題はふとこの集まりが開催された経緯についてのことへ移る。
「——びっくりしたんだよ、津橋から電話きたとき」
津橋は俺のことなんかもう忘れてるもんだと思ってたからさあ、と笑う高遠の言葉に「おれもそうなんですよ」と閑谷が乗った。
「津橋さん、なんで急におれらのこと集めたんですか」
全員の注目が津橋に集まる。うん、とひとつ頷き、津橋は傍の手荷物を漁って古い紙束を取り出した。
「これなんだけど、多分、覚えてるよね、みんな」
それは大学時代に津橋が書いた劇『毒をくらわば』の台本だった。殺人が常態化しているフレンチレストランに何も知らない客が訪れるブラックコメディだ。短い沈黙があり、そりゃ覚えてるけどさ、と誰かが小さくつぶやく。紙束を覗き込んだ一同の反応はまちまちだったが、それまで陽気だった表情に陰が差したのはおおむね同じであった。長田、小芝、高遠、原田が役者を、津橋、新島、甲、閑谷、そして
「……で、これがどうしたんだよ」
新島が険しい目で津橋を見る。津橋は俯き加減に、情けないことを言うようだけど、と語り出した。
「もうすぐさ、締切がひとつあるんだけど、書けないんだよ、なんにも。今回だけじゃなくて、もうここ一年ぐらいずっと、新しいものはなんにも書けない。なんにも思いつかない」
「なんにもって」小芝が苦笑する。「身の回りであった面白いこととか、そういうのから膨らませて話作るの得意だったでしょ」
「ないよ。ないんだよ。面白いことなんか。一日中家で机に向かってるだけなのに、面白いことなんかあるわけないんだよ。……最近は昔書いたのを書き直してどうにかやってたけど、もうこれしか残ってない」
津橋は居住いを正してさらに言葉を続けようとしたが、それは「わかった、わかった」という高遠の声で遮られた。
「それ使おうとしてるんだ、津橋は。今日はその話を通すための集まりなんだ」
なんか悪いね、楽しい会だと思ってたからさあ勝手に、と高遠は口の端で笑う。津橋は手元のジョッキの中に視線を落として「すみません」と応えた。わずかなひりつきが場を満たしていく。そんな中、ひとり「別にいいんじゃないですか」と言い出したのは閑谷だった。
「津橋さんの作品なんだし、津橋さんの自由でしょう」
「そりゃそうなんだけど、あれはだってさあ……人が死んでるんだし」
長田がそう言うと、甲が深く頷いて同意を示す。小芝も「慎重になったほうがいいだろうね」と渋る様子を見せた。高遠と新島は無言になってどっちつかずの姿勢をとり、原田は我関せずといった態度でひとり酒を飲み続ける。
「まあ、時間はまだまだありますから」
みんなでちゃんと話し合いましょうよ、という閑谷の提案をきっかけに、誰からともなく口を開き始め、当時の記憶がさらわれ出した。
『毒をくらわば』が大学祭で上演されるに至ったのには、その年の演劇サークルの会長の怠惰がそもそもの原因としてあった。自らの意思で会長になったわけではなかった彼は演劇に対する熱というものをまったくといっていいほど持っておらず、その無関心が伝播したのかサークルメンバーもほとんどが同様のありさまだった。津橋たちはそんな彼らに半ば押しつけられるようにして毎年恒例となっていた大学祭での公演を任されたのだが、これをむしろ好機と捉え、少人数ながらも張り切って準備を進め、そして本番当日を迎えた。
「準備期間も全然なかったんですよね。結構ぎりぎりになってから急にやれって話になって」
甲の言葉を聞いて、あの会長やなやつだったな、と新島が忌々しげにつぶやく。
「小物とか頑張ってかき集めたなあ」小芝が遠い目をして言った。「衣装なんか長田くんがバイト先から勝手に借りてきたやつだったでしょ」
「え、あれってそうだったんだ」
驚く高遠に、「牛丼屋の制服です」と長田は苦笑する。
「ぼくの友達も観にきてたんですけど、それで笑ってるやつがいて、やめときゃよかったなと思って」
客のほとんどが関係者の家族か友人だったとはいえ、評判はかなりよかった。一日目の午前午後、二日目の午前と三度の上演が終わったとき、出演者の四人が演出を付け足したい場面があると言い出した。冷蔵庫を開けるとシェフの生首が出てくるクライマックスシーンにもっとインパクトを加えたほうが面白いのではないかというその意見に裏方担当の五人も賛同し、どんな演出がいいかと話し合う中で、ドライアイスでスモークを出すのはどうですか、と言ったのは水﨑だった。水﨑は九人の中でも一番後輩で、明るく、頼もしく、何かと気の利く性格をしており、面倒事を積極的に引き受けるたちだったため、この公演でも雑用とシェフの死体役を兼務していた。
最終上演の前、二時間ほどの自由時間で、水﨑はドライアイスを調達してきた。模擬店を出している知り合いから分けてもらったらしかった。舞台裏の配置分担は上手袖に津橋、下手袖に新島と閑谷、照明ブースに甲となっていたが、上演が始まる直前になって閑谷が体調不良を訴えて場を離れ、その関連でややごたついたこともあり、ドライアイスの管理は水﨑に一任された。水﨑はドライアイスを小道具の冷蔵庫の中に置いた。この冷蔵庫は背面もドアになっていて舞台の裏手から中へ入ることができるように作ってあり、内部は起立した状態の人がひとりちょうど収まる程度の広さだった。
「そういえば閑谷くん、あのときって何があったの」
小芝の問いに、閑谷は「腹壊してたんですよ」と答えた。
「なんで? なんか変なもん食ったの?」
「昼飯にたこ焼き買って食べたんですけど、あれが生焼けだったらしいですね」
そんなもん食ってるうちに気づくだろ、と新島が言う。
「やっぱ味覚おかしいんだよ、おまえ」
「その節はご迷惑をおかけしました」閑谷は軽く会釈をした。「結局最後まで戻れませんでしたし」
幕が開き、前半が終了してシェフの死体が舞台からはけた後、水﨑はしばらく下手袖で新島の手伝いをしてから、スモークの準備をするため冷蔵庫へと向かった。その後、そろそろ冷蔵庫を開ける場面という頃になって、最終確認をしようとした新島が冷蔵庫を覗き込んだ状態でぐったりとしている水﨑を発見し、すぐさま下手袖にいた高遠の元へ向かい冷蔵庫を開けてはいけないと伝えた。それから、脚本の流れとは異なったものの高遠は舞台上に出ていき、冷蔵庫を開けられなくなったことを出演者全員に伝達し、四人でアドリブを乱発して無理やりに話を終わらせたのだった。水﨑は緊急搬送された先で死亡が確認された。
落ち度は全員にあった、というのが、八人が当時出した結論だった。しかしそれぞれの腹の底ではどうだったか、実際のところ、自分に責任はないという考えの持ち主がひとりやふたりでないことは誰しも承知していた。みんなで集まろうという話が今までに一度も出なかった理由の一端はそこにもあったのだろう。
重苦しい空気が立ち込める中、ふと甲がひとつ手を叩いて「とりあえず」と声を上げた。
「いったん、鍋食べません? さっきからみなさん全然手つけてませんけど、そろそろ煮えすぎちゃってますよ。あれだったら雑炊とかにしちゃってもいいと思いますけど、とりあえずこれ食べましょうよ、話はちょっと置いといて。ねっ」
甲のとりなしで、ぎこちない雰囲気ながらも飲み食いが再開される。そんなとき、これまで唯一ペースを落とさずに日本酒の瓶を傾け続けていた原田が「雑炊やだな俺、うどんがいいなあ」とやたら間延びした大声で言った。
「うどんないの、高遠。うどん。うどんがいい俺」
「あるけど……みんなは? うどんでいい?」高遠は呆れ顔で一同を見回す。「雑炊かうどんかラーメンか、一応選べるんだけど」
いいですようどんで、と新島が応えると同調して全員頷き、高遠は「じゃ頼んでくるから」と言って階下の厨房へ向かっていった。
「原田さん、飲みすぎじゃないですか」
横に座る閑谷のその言葉に原田はへらへらと笑い、なら水もらってきてくれよ、などとせがむ。おれがですか、と露骨に面倒そうな顔をされても「店員にさあ、ぱっと言ってきてくれたらいいだろ」と喚いてきかない。閑谷は仕方なく立ち上がって座敷を出ていった。始まったよ、と誰かが小声で言う。原田はお構いなしにううんと唸り声を上げて畳に寝そべった。ああもう、と長田がため息をつく。
「ちょっと、寝るなら端っこで寝てくださいよ。閑谷の席ですから、ここ」
ほらどいてどいて、と揺さぶられ、原田は這いずるように移動を始めたが、ふいに「なんだこれ」とつぶやいて起き上がった。それまでのやかましさが嘘のように静かになったのを不審に思い、全員が原田に視線を向ける。その手には黒いカバーのついたスマートフォンが握られていた。画面に表示されているのは赤い色の波形と経過時間を示しているらしい数字の列だ。
「録音してやがる」
原田は階段のほうをちらりと見て声をひそめた。
「これ閑谷のだ。あいつの座布団の下にあった」
一瞬にして場が凍りつく。いや、そんなわけ、と甲が引きつり笑いを浮かべたとき、「高遠さんが持ってきてくださるそうですよ」と言いながら閑谷が戻ってきた。
「閑谷」新島が原田の手元を指差す。「それ、おまえのか」
閑谷は新島の指す先に目をやり、ほんのかすかにまばたきをして、表情を変えないまま強い力で原田の手からスマートフォンを奪い取った。どうして、と長田が抑揚のない声を漏らす。そこへ、水の入ったピッチャーとコップを持った高遠が入ってきて「うどん、しばらくかかるよ」と言いつつ原田にコップを渡した。そうしてから、妙に張り詰めた空気に気がついて、なんかあったの、と尋ねる。
「閑谷が録音してました。多分、さっきまで話してたこと、全部です」
新島がそう答えると、高遠は「なんで?」と閑谷の顔を見つめた。閑谷はしばしの間黙っていたが、はは、という乾いた笑い声を突然上げて「言ってませんでしたっけおれ記者なんですよ」とひと息に言う。そしてポケットから名刺入れを取り出し、低俗で知られる週刊誌の名が書かれた名刺を卓上に放り投げた。
「それ結構まずいな」小芝が腕を組んで名刺を眺める。「笑いごとじゃないなあ」
それぞれが呆然とするさまを見て、閑谷は嘲るようにふんと鼻を鳴らした。
「まあまあ。おれのことはいいじゃないですか。今は津橋さんの話でしょう」
「おまえ、津橋のスランプのこと記事にする気か」
「水﨑のことも書くの?」
新島と甲が口々に言うのを、さあどうでしょうね、と閑谷は軽く受け流して取り合わない。しかし、ざわめきの中「呼んだのが悪かったかな」と津橋が小さくつぶやいたのを聞くと、初めてその顔がうっすら歪んだ。
「別におれだって最初からこうするつもりだったわけじゃありませんよ。津橋さんから連絡いただいたときは、純粋に懐かしいなと思って」
閑谷は目を伏せ、微笑に似た口元をつくる。
「でもね、そういえば昔からそうでした、あんたらといると疲れるんです」
そんなにぼくらのこと嫌いだったんだね、と長田が言うと、閑谷は「違う」と噛みつくような声を上げて全員をねめ回した。
「あんたらがおれのことを嫌いなんでしょ。覚えてますか、学祭で公演やるのが決まったとき、
「ちょっと待ってよ、それはさあ」
小芝が挙手する勢いで口を挟む。
「それは、悪いけど、閑谷くんのがつまんなかったからであってさ。閑谷くんを嫌いだったわけじゃないよ。大学生がやって大学生が観るんだよ? あれ、確か独白劇だったでしょ。あそこで求められてるものじゃなかったってだけのことだよ」
「わかってますよ」閑谷は平坦な口調で応えた。「ちゃんと学びましたよ、おれはあのとき。需要のないものを書いたってしょうがないんだって。だから需要あるものを書くことにしたんじゃないですか」
座敷はしんと静まり返る。閑谷はどこか勝ち誇るような表情を浮かべ、自らの手元にあったウーロン茶をぐっと飲んで「では」と立ち上がった。だが、二、三歩も歩かないうちにその体はふらりと崩れ落ち、畳の上に倒れ込んだ。
どうした、大丈夫か、と全員が閑谷の周りに駆け寄る。閑谷、と呼びかけてみるが反応はない。みるみるうちに赤黒く染まっていく彼の顔を見て「こいつ酒飲んだんじゃないのか」と原田が言った。それを聞いた高遠が慌てて閑谷のグラスに残っていたわずかなウーロン茶を飲み、本当だ酒入ってるよ、と顔をしかめる。
「ウーロンハイだったんじゃないですか。取り違えたとか」
津橋が言うと、でも誰も頼んでなかったと思うんですけど、と甲が首をひねった。
「メニューにはありますよね。厨房で間違えることってありますか?」
長田の質問に、高遠は「いやそんなことないはずだけどな」と険しい表情をする。じゃあ誰かがグラス間違って注いじゃったとか、と甲が言うのを遮るように、新島が「そんなことより」と声を上げた。
「あれじゃないか、急性アルコール中毒じゃないか、これ。放っといたら死ぬぞ」
その言葉で一同は騒然となったが、ひとりとして救急車を呼ぼうなどと言い出す者はない。何はともあれ先ほどまでの窮地を突然脱することができたという幸運を誰もが理解し始めていたのだ。
「……まあ、その、とりあえず……落ち着きましょうよ」
全員の顔を見回して甲がそう言った。するとそれを待っていたかのようにおのおの自席へ戻っていき、不思議なほど穏やかな雰囲気が漂う。
「で、どうするの、結局」小芝が津橋に尋ねた。「『毒をくらわば』。使うの?」
「いや……新しく書けるかもしれない」
津橋の口元に笑みがにじんだのを見て、よかったよかったと安堵の声が上がる。仕切り直そうかと誰かが言い出した。それぞれに酒を注ぎなおし、再度の乾杯が行われる。ガラスが軽妙にぶつかる小気味よい音が響く。七人はそうして、いやあ今日は会えてよかった、また集まろうよ、といつまでも笑い合うのだった。
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