1-2 調律初体験

 ヴィオさんは隣に置いてあった小さなコップを取り上げると、素早く飲み干した。隣の瓶からみるにきっとお酒だろう。


「はー……皆知らないんだよねー俺はかなり使える職業だと思うんだけどさ」


 ちょっとだけ、残念そうな表情が見えた気がしたが、それはすぐに消えて、さっきまでのなんだか楽しげな顔になる。


「名前の通り、魔力を調律チューニングするんだよ」


「調律……って……」


 僕はよく分からなかった。魔法を使うには自分の中にある『気力』の流れを練り上げて、呪文の力によって具体的な効果を外に出すということが必要だ。そのため、気力の練り上げと呪文の暗唱、これらの練習を経ないと魔法は発現しない。そしてその効果を倍増させるのが『魔法道具』、通称『魔具』だ。気力にエネルギーを吹き込み、何も使わないときよりも遙かに上の効果が見込まれる。


「ファーゴくんもご存じの通り、魔法は『気力』からだ。それは自分の内で作られる。だがいつも状態が万全とは限らないだろう?」


「体調が悪いと思ったものが出ないですね」


 そうそう、とヴィオさんは頷く。


「その状態を整えて、魔法が最大限の力を発揮できるようにするのさ」


「……そんなこと出来るんですか!? 聞いたことがない!」


「出来るんだよ。俺はその修行を積んできたからね。あとは君の持っているような『魔具』と持ち主との調整も出来る。そうすれば、それぞれが万全の状態での威力が発揮できるってわけさ!」


 得意げにヴィオさんは胸を張ってみせた。僕はただ初めて聞いた『魔力調律師』のしている事に驚きを隠せない。そしてまだ信じられないでいた。そんなことが出来るなら、きっともっと色んな場面で活躍が見られるはずだからだ。それなのに首都アークボローでも聞いたことがない、だなんて。


「おじさんはちょっと今、気分がいいから、ほら、君の魔具を貸してみなよ」


「えっ?」


「ここで君と出会った記念にさ、ちょいとやってあげるよ!」


 ほらほら、とヴィオさんは僕の魔具、腰元のベルトに差し込んでいる片腕ほどの長さの杖を指さした。でも自分の大切な道具を初対面の人に易々と差し出すには勇気が要る。とはいえ、『調律』がどんなものかも気になるのは確か。


結局僕は好奇心には勝てなかった。


「ふむ、いい道具を使ってるね」


 手に取るやいなや、ヴィオさんはさらりと言う。そして指先で杖を叩き、小さな音を立てている。先ほどのふやけた表情はなく、真剣な眼差しだ。


「んーー……悪くは無いけど、ちょっと滞ってる部分がいくつかある感じ」


 はい、と杖を戻される。これで終わり?


「じゃあ調律していこう。ファーゴくん、その杖を軽く叩いて音を出してくれ」


「音……ですか?」


「そうそう、調律は音を媒介にするからね」


 僕が戸惑っている間に、ヴィオさんは隣に置いていた弦楽器を手に取る。あまり見たことのない細身の小型楽器だ。楽器の裏側から弓を外して肩に乗せ、弾く構えを取った。指で軽く五本の弦を弾き、それからなにやら楽器の先にあるネジを回している。僕はというと、自分の杖から音を出すなんて考えたこともなかったから、少々困った。とりあえず落ちていた小枝で軽く叩いてみよう。


「小枝か。それなら音はちゃんと聞こえそうだな。では始めるよ。君はただ音を自由に出してくれればいいから。じゃ、どうぞ」


「は、はい……?」


 よく分からないまま僕は音を出そうと枝を持つ手に力を入れる。ヴィオさんがじっとその様子を見つめているのが分かっていた。何故か凄く緊張する。思い切って枝を自分の魔具に当ててみた。



 思ったよりも響きのいい、雑音も少ない、そう高すぎない、木の音がした。自分の杖の音を初めて聞いた、ということが妙に新鮮だった。僕は続けて叩いていく。そこへヴィオさんの弦楽器の旋律が、さりげなく入ってきた。その旋律は杖を叩いて出た音に、丁度良い高さと音量。僕の叩く音が埋もれることなく、むしろ浮かび上がるようにヴィオさんの音が支えてくれているのが分かる。


僕の杖は楽器じゃない。でも、今この場所で生まれてきているのは、間違いなく新しい「音楽」だった。僕はヴィオさんの奏でる音に後押しされて、杖から音をどんどん出していく。それがとても心地いい。


曲の流れに身を任せるだけじゃなくて、僕自身が、杖自身が、曲の一部となる。初めての感覚だった。




 やがて僕たちは同時に音を出すのを止めた。何も打ち合わせはしていない。目配せもしていない。ただ、「終わろう」って思ったら、ヴィオさんも楽器から弓を離した。僕は思わずヴィオさんの顔を見る。彼は満足そうな顔をして楽器を降ろし、僕を見た。


「どうだい、何か感じるかい?」


「えっと……なんだか、軽い気がします、さっきより。それに、音楽を聴いてたときの感覚が不思議で、そこにもびっくりしました」


「そうだね、君は割としっかり僕の音も聞いていてくれたね。だから尚更良い感じに仕上がったと思うよ。ま、とりあえずさ、試しになんか簡単な魔法を使ってみたら?……おっと、攻撃系は止めてくれよ?」


 そう促されて僕は簡単な、初歩の魔法、そして攻撃系じゃないものを使ってみることにした。光の魔法だ。夜に出歩くときに便利なもので、魔法を習いたての時にまずやってみる定番のものだ。


ごく短い呪文を詠唱する。初めの言葉の時点で、僕は内側の『気力』の流れが今までにない軽さであることに気付いた。そしていつもの感覚でやっているはずなのに、出力されそうなその威力は、大きな攻撃魔法並。最後の一言を発するときに高められた気力は、驚くほどに研ぎ澄まされていた。


『灯光』


 杖をかざした瞬間、出現したのは稲妻のような閃光。


夜の足元を照らす光、なんて生ぬるいものではなかった。辺りが一瞬白い光で飛ばされて見えなくなったほど。


「わーーーーお! ちょーっとやり過ぎちゃったかなー!? すっごいの出たね!」


 呆然と口を開けている僕とは対照的に、ヴィオさんはゲラゲラ笑っている。


「まぁでもこれが『調律』の技だよ! ちなみに今のが、君の持っている魔具の引き出せる最大限の力ね。なかなかいいモノだよー波長が合えばそれぐらいは出せるって事だからね」


 僕はまだ色々なことが整理できなくて、何も喋ることが出来なかった。

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