魔力調律師の即興旅行記 ーマイナー職種のおじさんが音楽で僕らを最強に仕上げるー
あかつきりおま
第一章 吟遊詩人じゃないよ
1-1 川辺の酔っぱらい
今日は天気がいいからぁー
川べりで寝そべってー
チビチビ果実酒やりながらー
空に向かって歌うのさぁーーーー
平和なーーテムリッジ村でー
最っ高ーーーの昼下がりを歌うのさぁーーー
……センスが無い。
声は凄くいいのに、歌詞のセンスが最悪だ。子どもが作るような単純さで大人の怠惰さを歌うと、ここまで何も響かないとは。
僕は少し一人になりたくて、軍の任務の途中で訪れた、村の中心を流れる川にやってきていた。川といっても、向こう岸は飛び石が川の真ん中にあれば、飛び越えられそうなくらいに細い。流れも穏やかでどちらが上流か、よく見ないとわからないほど。川の向こうには、ただただ草が青く茂る平原が続いていて開放的だ。
とりあえずどこかに座って頭を落ち着かせたい、と思って歩いていると、その歌が聞こえてきた。その声は澄んだ空によく通り、深みがあって心地良い。その声に合わせた弦楽器の旋律も川の流れと合っていて、まるでその場所に存在する自然現象のような音楽。つい惹かれて音のする方へ歩いてきてしまった。
「ぉあっ!? びっくりしたー……うん、見かけない顔だね」
川のすぐ側に座っていた男が、驚いた顔をして僕の方を振り向く。美声の主は僕が思っていたより上の年齢であるようで、意外だった。少しうねりのある無造作な栗色の髪に、手入れのあまりされていない顎まわりの無精ヒゲ。お酒を飲んでいるのだろう……少し紅潮した頬にまどろんだ目。少しヨレてしわが多くなってしまっている服。仕事をさぼる村の厄介者の雰囲気がした。
「あ、すいません……邪魔をして」
「遠出の服装、ということは旅の途中かな? どっちに行くの? アングレア方面? ギルマスまでか?」
僕は深緑色の外套を羽織ったまま歩いてきた事を思い出した。宿で荷物だけ置いて、服はそのままで来ていたらしい。
「えっと、ギルマス方面でギルウェイに行く予定です」
「ふーん」
男はがりがりと頭を掻いた。そして今聞かれたくない質問を的確に投げてきた。
「で? 山越えてギルウェイに行くのに一人って事はないよな? 仲間は?」
「……あ、いますけど」
「キミだけお散歩してる感じ?」
「そ……うですね」
「そうかいそうかい。うんうん」
何故か何かを納得したような反応を返してきた。それからその男は大きな伸びをする。そして手にしていた見慣れない弦楽器を無造作に大きな石の上に置いた。男は身体を完全に僕の方へ向けて、にまっと笑う。
「お兄さん、名前はなんての? 見た感じ魔法使いかな? あ、おじさんはヴィオリーノっていうんだ。ヴィオって呼んでおくれ」
「僕は、ファーゴ・ドミナンです。魔法使いで、アークボローから来ました」
「ファーゴ君ね。ようこそテムリッジへ!」
そういうとヴィオさんは笑いながら手を広げて歓迎! とやってみせた。僕は面倒な気もしていたけれど、別に急ぐわけでもないし、宿に戻る気も無かったので、ちょっと話に付き合うことにした。
「テムリッジは初めてかい?」
「はい。実はこれが初めての遠出で……僕はアークボロー出身なんですけど、外に出る機会が今まで無かったもので」
ヴィオさんはまた何度か頷くと
「そりゃあ、あんな城塞都市に住んでいたら出る気も失せるよな。都会だし、なんでも揃うし、わざわざ田舎に出ようなんて若者は普通思わんよ」
と、微笑んだ。アークボロー、僕の出身地でありこの国の首都だ。西方に山を従え、都市は外敵から守るための巨大な城塞に囲まれている。
ヴィオさんの言うとおり、城塞の中は栄えていて店がひしめき合っている。首都でもある故に、国中から物と人が集まり、いつも活気に溢れている街だ。だから敢えてアークボローの外に出る必要は無く、その中で全てが完結出来る環境。僕を含めた同年代の人間はよっぽどの用事が無い限り、自発的に外へ出ることは無い。
「何にもないでしょ。一応ここは、ギルマスとバディプールからの交通の要所なんだけど、見ての通りさ! でもね、俺はそれがお気に入り。アークボローは少々騒がしすぎるんだよ」
「僕にはここが静かすぎますけど……」
音もなく流れていく川に、草原を渡る風の音が穏やかに通り過ぎていく。あまりにも静かで、頭にぽっかりと空白が出来たみたいな感覚だ。
「ファーゴ君もそのうち分かるさ。それで、今日はどこに泊まる予定? 二、三日滞在するのかな?」
「確か『三つの竪琴』という酒場の横にある宿です。出発はまだわからないですけど、そう長くはいないかと」
「そうか。酒場には情報が集まるから是非立ち寄るといい。楽しい音楽も聴けるよ!」
ヴィオさんは楽しそうにそう言った。実際楽しそうなのだが、僕の心はあまりそれに今は興味を惹かれない。ヴィオさんは一人で笑った後、僕の顔を少し真面目な顔でじっと見つめてきた。
「ところで……ズバリ言うけど、ファーゴ君。ケンカしたんだろ」
「えっ」
「旅の仲間とケンカして、テム川に来たんだろ?」
「……あー……はい。まぁ、そんなところ、です」
僕の心を占めていたことがばれている。そう、この村に着く前に僕は仲間と意見の食い違いで言い争いになった。苛立つ気持ちが抑えられなくて、僕は一人の時間を持とうとこの川に来たのだった。ヴィオさんの陽気な雰囲気についていけないのは、半分ぐらいはそのせい。
「おじさんはねー音を聞いたら分かっちゃうんだよ、色々」
「そ、そうなんですか」
「音は正直だからな。君の歩いてきたときの足音、口調、動いたときの音、それで色々わかっちゃうんだなー」
何故か得意そうにヴィオさんは言った。そして自慢げに続けた。
「俺は、『魔力調律師』だからね。音については敏感なのさ」
「魔力……? 調律?」
今まで聞いたことが無い職業名だ。何をするのだろう? それにさっき話していた『音でわかる』ことと、その職業に何の関係があるのだろう? 魔力を『調律』とは、どういうことなのだろう?
僕の先ほどのまでのモヤモヤした気持ちは、違うモヤモヤへと姿を変えた。
このモヤモヤには、ワクワクが入っている。
そして、この出会いは僕に新しい世界を開く旅の始まりだった。
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