1-3 ケンカの理由
ひとしきり一人で大笑いした後、ヴィオさんは目元を拭いながら言った。
「はー……お酒が入ると加減が効かないねー! あー面白い……ふふふ」
「いや、あの、このまま使い続けて大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫。持続性はそこまでないんだ。体調と一緒さ。でもしばらくは弱めに気力を流す方が良いかもね。うっかり魔物一匹倒すのに焼け野原作るのもどうかと思うしな」
確かに。それぐらいの威力が簡単に出そうだ。これは本当に慎重にならなきゃいけない。信じられない気持ちと不安を持ちながら、杖を腰ベルトへと戻した。ふと顔を上げれば、どうやらヴィオさんも移動するみたいで、荷物を片付け始めている。楽器はケースに仕舞われた。
「さてと。そろそろ家に帰って集いの準備をしなくちゃな」
「あ……僕もそろそろ戻ります。集いがあるんですか?」
楽器を背中に背負い、空の酒瓶をゆるく振りながらヴィオさんは僕の方へと歩いてきた。気がつかなかったけど、僕より背が高い。平均的な男性の身長より高めのようだ。ヴィオさんは僕の隣に並んで、フワフワとした足取りで歩き始める。
「言っただろ? 楽しい音楽が聴けるよ、って。今日は『三つの竪琴』で音楽の集いがあるんだよ。だからちょっと馴らしていたのさ。ファーゴくんもどうせ晩ご飯は『三つの竪琴』で食べるだろ?」
「そうでしょうね」
「じゃあ楽しみにしててよ」
広大な草原を貫く白くて細い道を歩いていけば、民家がぽつりぽつりと見えてくる。村の中心部にたどり着く頃には、日はかなり傾いていた。ヴィオさんは道案内するよ、と言ってくれる。どうやら宿屋までついてきてくれるらしい。僕はそれに内心ほっとしていた。ケンカした後、そのまま一人仲間に会うのは正直気まずいし、心許ない。
宿の近くまで来ると見慣れた人影だ。短い黒髪で、防具は外しているが腰に長剣をさしている、僕と同じ年齢くらいの男。そしてその後ろに、こげ茶色の髪を一つにまとめあげている僕より背の低い女性。自分の背丈ほどもある杖を持っている。
「ファーゴ! お前何してたんだよ!」
強い声が僕に向かってその男から飛んできた。ケンカの相手で、旅の仲間だ。
「……考え事をしてただけだ」
「それで、結論は?」
威圧感のある腕の組み方をし、少し吊り上がった黒い目で僕を見据える。負けじとその苛立った目を僕は見返した。
「僕の考えに変わりは無いよ。『
アージット・チェンバー。旅の仲間の剣士で、血の気が多い奴だ。僕らはこの先の旅に『案内人』をつけるかどうかで意見を違えていたのだった。不慣れな旅には『案内人』をつけるのが定番である。だけど、彼は必要が無いって考えているみたいだった。アージットは今回の任務で
僕らの顔を交互に見ながら困った顔をしているのが、リタルダ・フォルク。僕より二つ年上で、回復系や防御系を得意とする魔法使いだ。こういう状況になると、どうしても僕らに挟まれて困らせてしまっている。穏やかすぎて仲裁にまで至らない事がほとんど。
アージットは自分の変わらない意見をまた僕にぶつけてきた。
「今回の案件はそこまで危険が無いっていう話だろ? 俺たちだけで出来るかやってみてもいいんじゃないのか?!」
「それはあくまでも『かもしれない』だろ? 何かあったら僕たちが全滅することだってある! 安全策をとるに越したことはないよ。僕たちはまだ経験も無いんだから! まずはきちんと任務を遂行することを目標に考えるべきだよ!」
「ね、ねぇ……ちょっとこんなところでやめようよ」
「お嬢さんの言うとおりだぞー」
リタルダの弱すぎる制止にヴィオさんの裏声が追加された。その声でアージットが僕の横にいたヴィオさんに気がつく。気まずそうではあったが、そんなことでこいつの語気が収まることはない。鎮火するのが遅いからだ。リタルダも更に困った顔でヴィオさんを見ている。
「まぁまぁお二人さん。とりあえずさ、そういうのは情報を集めてから決めてもいいんじゃない? 旅の基本! 情報収集! だよ!」
と、すたすたと僕らの先を歩き、『三つの竪琴』と書かれた店の入り口を、恭しい手つきで案内した。さすがのアージットも困った顔で、誘導されるがままに店へと歩いていった。僕とリタルダもついていく。ヴィオさんは扉を押さえて僕らを迎え入れ、中へと案内した。
酒場の中は、時間の関係なのかそれほど人はいない。天井が、よくある民家と違って高く、広く見えた。大きなカウンターの奥には沢山のカップと、樽。そして干した果実のたくさん入った大きな瓶。何かの
「ぃよーう! ヴィオリーノ! 早いな!」
「お客様をお連れしましたぞ!」
「おお、そこの若いお三方か! さぁさぁこちらへ!」
僕らの険悪な雰囲気なんて飲み込まれてしまうほどの朗らかさだった。なんだかさっきの言い合いがばかばかしく思えてくる。
「ようこそテムリッジへ! 『三つの竪琴』の店主、コルノ・モーダンだ。ここは表向きは酒場だが、村のちょっとした仕事の請負や、旅人への情報提供なんかもしているのさ。まぁそこに座るといいぞ!」
僕らは戸惑いながらお互い顔を見合わせた。そして後ろからヴィオさんに押されるようにして席に着く。リタルダだけはヴィオさんに椅子を引いてもらっていた。
「で? 何しにこんな田舎村へ? 何か欲しい情報でも?」
「……アークボローから軍の任務で派遣されてきた。この先のギルウェイまで行くつもりだ」
それを聞いた店主がカウンターに手をつき、先ほどより真面目な顔で僕らの顔を見回す。
「なるほど、国王直属の軍の一員か。ギルマスまで行かず、中途半端なギルウェイまでとは、それなりの理由がありそうだね?」
アージットが説明を続けた。ヴィオさんは座らずに僕らの横で微笑みながら酒瓶を揺らしている。
「スウェイ山脈にある鉱山周辺で、不穏な魔力の動きがあるという報告があったそうだ。それに関しての詳細な情報収集に向かえ、と命を受けている」
「なるほどね。つまり山脈手前のスウェイドンと、山脈越えからのギルウェイの両方から情報収集するってわけか。……一応テムリッジは情報が各地から集まりやすい場所だが、今のところそんな話は流れてきていないが。なぁヴィオ?」
コルノ店主がヴィオさんの方を見る。ヴィオさんはさぁね、と手を上げてみせた。そして僕たちのことについて追加の説明をする。
「で、そこまで行くのに案内役がいるかどうか、で悩んでおられる様子ですよ?」
「ただの情報収集なので要らないと俺は思っているんですが」
勝手にアージットの奴が、僕らの意見も聞かずに話してしまう。そこでコルノ店主がふむぅ、と自分の口ひげをひねりながらしばらく思案する様子を見せた。
「まぁ……旅に不慣れなら案内役はいてもいいと思うがね。一人ぐらい旅のパーティに
「ちなみに、案内役を頼めばすぐに手配できそうですか?」
僕はアージットに負けじと質問した。その質問を聞いて店主はなぜかニヤリと笑う。
「出来るぞ。優秀な奴をね。なぁ? 『
店主の視線の先にはふやけた笑いのヴィオさんがいた。
「おっ? ギルウェイまでなら十分可能だよ。旅案内に調律付きで、安心で最強状態での任務遂行を提供しちゃうよー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます