白銀刀

示門やしゃ

第1話

月夜の晩。静まり返った町の中を、一人の男──デヴィッドが鞄を抱えて歩いていた。

 鞄の中身は違法薬物、俗に言う覚せい剤だった。末端価格にして一億円相当の量が鞄の中に入っている。これを日本本土で売れば、デヴィッドの将来は安泰だった。軍に見つかるまでは。

 違法薬物の取引現場を押さえられて、抵抗した売人が軍に射殺されてしまった。デヴィッドも同じように射殺されかけたが、命からがら日本の藍橋まで逃げてきた。

藍橋でも軍が目を光らせている。この場所でも彼らに見つかる可能性は十分にあった。

デヴィッドは一刻も早く、日本本土へ行きたかったが、彼の近くにある港は軍に抑えられていた。

これでは船に乗れないので、デヴィッドはもう一つの港に行こうとしていた。そっちはまだ見てはいないが、まだ逃げられる可能性はある。

──あいつさえ、冬月栄三さえ出張ってこなければ。

デヴィッドには懸念があった。並の軍人相手ならば逃げられるが、冬月栄三が相手となれば別だった。無傷では帰れないだろう。

冬月には『白銀刀』という異名があった。

この異名は冬月が敵を斬っても、あまりの剣速により、刀に血が一滴も付着しなかったことが由来している。

──噂じゃあ、マシンガンでも倒せなかったって話だが、さすがにこれはガセネタだろ。

 万が一、冬月の相手をすることになったとしても、デヴィッドには勝算があった。

 デヴィッドは薬物と一緒に、リボルバー式の拳銃を持っていた。聞いたところ、冬月は剣の腕前は一流だが、銃火器の扱いは三流以下らしい。

──銃の撃ち合いになれば殺れる。ヤツも軍人の端くれなら、銃ぐらいは持ってるだろ。

下を向きながら歩いていると、人にぶつかってしまった。その拍子に、デヴィッドは尻餅をついた。

「おっと、悪いな」

 ぶつかってきたデヴィッドに対して、無精ひげの男は謝罪した。

「この野郎、いてえな!」

 デヴィッドはズボンに着いた砂を払って、再び立ち上がった。

「おい、どこに行く?」

 無精ひげの男はデヴィッドを引き留めた。その問いに、デヴィッドは苛立ちながら答えた。

「ああ? 港だよ港」

「港ならこの近くにもあるだろ」

「ここじゃねえ。島の向こうにある港だよ」

「……そうかい」

「もういいだろ? 俺は急いでんだよ」

 デヴィッドはその場を足早に立ち去ろうとした。

「待ちな」

 デヴィッドを無精ひげの男が引き留めた。

「今度は何だよ?」

「島の向こうなら、こっちの方が近い」

「本当か?」

「ああ。おれが案内しようか?」

「頼むよ」

 デヴィッドは無精ひげの男の後をついて行った。


 舗装された山道の中をデヴィッドと無精ひげの男は歩いていた。

「なあ、あんたが持っているそれは何だ?」

 デヴィッドが無精ひげの男に質問する。尋ねられた無精ひげの男は、手に持っていた筒状の鞄に目をやって、答えた。

「これか? まあ、仕事道具だ」

「仕事道具? あんた、普段何してんだ?」

「狩りみたいなモンかなあ。特に、お前さんみたいなのを狩るんだよ」

「……は?」

 二人は山道の十字路で立ち止まった。

「どういうことだ?」

「おれの管轄で薬物をばら撒こうとした下郎は、お前さんだろ? デヴィッド」

 デヴィッドはすぐにリボルバーを片手で構えた。

「あんた……誰だ⁉」

「滑稽だねえ。まだ分からねえのか。おれは冬月栄三だ」

 デヴィッドの額から冷や汗が流れる。

 今目の前に、一番警戒していた人物が立っている。だが、有利なのはデヴィッドのはずだ。彼は今、リボルバーを構えて、標準を冬月の頭部に定めている。それなのに、冬月は動揺を見せていない。

「動くな!」

「手前(てめえ)を追っている相手のナリも分からねえのに、よくここまで逃げてこられたな」

 そう言って、冬月は筒状の鞄を開けて中身を取り出した。

 鞄の中身は日本刀だった。

「そう構えるなよ。今投降すりゃあ、斬りはしねえ」

 日本刀を出し切る前にデヴィッドは発砲した。しかし、それが冬月の頭部を捉えることはなかった。

放たれた弾丸は、冬月がヘッドスリップのような動きで躱してしまった。

「馬鹿だねえ」

 冬月は日本刀を鞘から取り出した。その様子を見たデヴィッドは乱暴にリボルバーの引き金を引いた。

「クソっ、当たれッ! 当たれッ!」

 一発、二発……五発とリボルバーは発砲される。しかし、どれも冬月には掠りもしなかった。

五発目を撃ち終わった後、引き金を引いても銃弾は発射されなかった。デヴィッドは引き金を引き続けたが、リボルバーは空撃ちされる。

──こいつさえ殺せば、あとは薬物(ヤク)を売って儲けるだけなのに。

リボルバーは空撃ちされる。

──こいつにさえ見つからなければ。

リボルバーは空撃ちされる。

「後悔先に立たずってやつだ」

 気が付くと、デヴィッドの真ん前に冬月が立っていた。

 デヴィッドが後ずさろうとしたと同時に、彼の視界が空に向いた。

 デヴィッドの視界はしばらくの間、暗転と明転を繰り返し、やがて右に倒れて止まった。

 ほぼ同時に、自身の背面がデヴィッドの視界に入ってきた。目に映ったのは首がない、彼自身の胴体だった。

 デヴィッドの胴体は背面を地面に着けて、あお向けに倒れた。

 ──何がどうなって……?

 状況を理解する間もなく、デヴィッドの意識は薄れていった。

 薄れゆく意識の中でデヴィッドが最期に見た物は、月に照らされて銀色に輝く刀だった。


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白銀刀 示門やしゃ @zimon-yasha

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