心にかかる鍵
「では、五日以内に何か上級職に就ける可能性はありますか?」
「……実は、一件だけ存在します。ですが、これは通常の分析料金には含まれず、追加の特別照会費用がかかりますが……」
「払います。」ウィルヘルムが即答する。
ルーカンは追加料金を受け取り金額を確認した。
「……かしこまりました。それでは追加検索を……」ルーカンは診断装置から棚まで歩き、そこから取り出した一冊の重厚な本のページを捲る。
「はい、該当項目が見つかりました。該当するのは、《ブリッツ・ワード》という隠し上級職です。」
「聞いたことないな、それ。」レオンが眉をひそめる。
「当然です。公式には未公表の職種で、達成条件も極めて限定的です。今レオン様が達成すべき条件は一つだけ……“命を賭けた一対一の戦闘で、Aランク魔物または魔族を打ち破ること”。殺す必要はありませんが、相手はこちらを殺す意志で戦うことが条件であると明記されています。レオン様はそれ以外の条件をすでにクリアされております。」
「……マジかよ。Aランク魔物なんてこの都市にいねえし……魔族って……人類の敵の魔族だろ?」
ウイルヘルムは目配せでスリハンに何かを問いかけ、スリハンは軽く頷いた。
──あの間者はまだいる、と。
「はい。ですが、レオン様の実力と運、そして支援があれば、不可能とは限りません。」
部屋に沈黙が落ちた。ルーカンは静かに、紙を揃えながら言った。
「──以上が、現時点での診断結果となります。」
ルーカンは印字されたレオンの診断結果をレオンに渡し、言葉を続ける。
「次の方、タリンゴス様、どうぞ。」
タリンゴスはひょこっと手を挙げながら、軽い足取りで装置の前に立った。
「というか、この機械を解体したい……」
「分解しないでください。」
タリンゴスが両手を装置に置くと、淡い光が彼の身体を包み、魔力の波動が静かに測定されていく。横の水晶板に数値が浮かび上がった。
「……魔力量、十一万五千八百二十。レオン様と同じく、生産系の初期職では考えにくい数字です。能力の分布は全体的に平均的ですが、手先の器用さが突出しています。生産職『ツイーカー』の中でも、特に高精度の作業に適応しています。」
職員が淡々と読み上げながら、印刷されるタリンゴスのクラス職歴を見て、少し目を細めた。
「ふむ……今までクラスの経験として計上された発明品を見ると、非常に直感的で面白いアイデアが多いですね。即興性と応用力には目を見張るものがあります。ただし、大きなプロジェクトに集中した形跡がない……惜しいです。」
タリンゴスは鼻をかいた。
「一つの発明に時間も金もかけていられないからさ。いつもすぐに使えるやつを時短かつ安く仕上がらないと行けないし。」
ルーカンは微かにうなずいた。
「はい、それがクラス昇格を妨げる主因の一つです。現状は『ツイーカー』ですが、進級の候補はいくつかあります。」
一つ指を立てる。
「今まではアシスト討伐は多かったが、自分の手による討伐数は少ないため、魔物討伐スコアを後233以上増やせば上級職『ウォーモンガー』に昇進出来ます。」
「げっ、『ウォーモンガー』って生産職と戦闘職の悪いとこ取りで有名のハズレクラスじゃん?」
「確かに『ウォーモンガー』は他の上級職と比べるとやや見劣りします。二つ目は『インベンター』。条件は再現可能な青写真の提出。つまり、設計図による技術証明が必要になります。それに加えて、要件を満たす新発明の集中開発ですが、これに関して、『何が判定基準としてシステムに評価されるか』を把握している我々のテクニカルコンサルタントによる有料チューターの指導が必要です。かの偉大なゲオルグ・ツァンラートブルク様が究極職に昇進する前も、『インベンター』として活躍されていました。」
ルーカンは誇らしげに説明した。
『インベンター』は確かに生産系上級職の頂点だが、字の読み書きが出来ないタリンゴスが設計図を書くことは出来ないし、指導を受ける時間的余裕もない。
そこからルーカンはいくつかの生産系上級職の昇進条件を提示したが、時間がかかる上に生産寄り過ぎて戦闘力がいまいちなものばかりだった。
「……実は、隠しクラスが一件だけ存在しますが……」
「払うからさっさと言え……言ってください。」
「タリンゴス様の場合――この稀少上級職『レギオンガジェティア』への適性判定が既に出ているのです。」
「へっ?」
「即興性、応用力、多角的発想……全て要件を満たしているにも関わらず、判定が『転職不可』になっています。理由は――」
プリントアウトを確認したルーカンが、目を細める。
「“
「精神的……?」
「ええ。システムは、タリンゴス様が“自らの才能を制限し、本気で成功してはいけない”と、自分に命じていると判断しています。この状態では、条件を満たしてもこの上級職へは進めません。」
「……解除するには?」
「専門のメンタルクラス支援士が必要ですが、当ギルドには現在在籍しておりません。」
「金払えば、なんとかなりませんか?」
ウイルヘルムが面倒臭そうにまだ銀行手形を取り出そうとする。
「申し訳ありません。こちらの症状に関しては、金ではどうにもなりません。」
タリンゴスはぽかんと口を開けたまま、視線を宙に泳がせた。
「……親父の件……か?」
レオンが遠慮がちに尋ねた。タリンゴスからは親父に殺されかけたとしか言われていない。それ以上のことはタリンゴスにとって禁句であると皆も認識している。
案の定、タリンゴスは下を向いたまま、何も言わない。ふざける余裕も、皮肉る元気もなかった。
レオンは何も言わず、いつものようにタリンゴスの肩をげんこつで殴った。
……ただ、いつもと違って、拳には全く力がこもっていなかった。
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