汝、同胞か
ギルドの会議室を後にし、ウィルヘルム、レオン、タリゴス、スリハンの四人が受付フロアへと戻ってきた。
そこには既にティージとポマニが待機していた。二人は、別に演技をしているわけではないが、「パーティー内恋愛が破局したチームメンバー同士」という戦士ギルドあるあるとも言える素振りが功を奏し、誰にも疑われることなく例の間者を警戒の目で見張っている。
(運がいいな、レオン。魔族に目をつけられたと思ったら、クラスチェンジのネタだったとはな)
スリハンは魔族の女に目もくれず、その前を通り過ぎる。
ウイルヘルムも他の四人も目を合わせることなく、そのままギルドの外へ。
間者の女は何も言わず、黙って彼らの後を追った。
ギルドの外に出た一行は、賑わう中央通りを逸れ、路地裏のほうへと足を運ぶ。
道幅の狭い石畳を抜け、古びた倉庫の裏手に続く小道へと進む。まるで偶然迷い込んだような足取り――だが、全ては仕組まれていた。
そして、倉庫の角を曲がった瞬間。
「今だ」
ウィルヘルムが低く告げると同時に、ティージとレオンが素早く動いた。
ティージの影が彼女の足元から蛇のように伸び、細い脇道の奥へと消える。
その中に彼女自身の姿もふっと溶け込むようにして消えた。
レオンは一瞬、体からマナが迸り、風のような速さで反対方向の路地へと駆け抜けていく。
残されたのはウィルヘルム、タリゴス、スリハン、ポマニ、そして――罠。
数秒後、曲がり角を回って現れた女。
警戒心を滲ませながら、先を見やる。
だが、すぐに異変に気づいた。
「……二人、いない?」
彼女の視線が走る――一瞬だけ、後方に目をやろうとした時。
「逃げ道はないよ」
冷たい声が背後から響く。路地裏から影が女スパイの足元まで伸びた。
「おい、影で隠れているから脅しセリフは俺に譲るべきだろ?」
ティージの反対側では、レオンが既に待ち構えていた。全身に緊張感を走らせ、いつでも飛び込める姿勢。
そして前方。
「やあ。お姉ちゃん、一人でお散歩?」
ウィルヘルムが、にやりと笑って言った。子供の口調に切り替えている。
タリンゴスは投げナイフを手に、スリハンの手から鞭が垂らされている。ポマニもショートソードを構えている。すでに出口は、どこにもなかった。
「さて――話でも、聞かせてもらっていい?」
(リーダーを潰せばなんとかなる)
魔族の女はすぐに決断した。地面に手を向けると、マナが迸り、砂利道から土の爪が四方八方へと疾駆した。ウイルヘルム以外の5人が土の爪を避けると、土の爪は融合して巨大な土の塊になり、ウイルヘルムの上から押し潰さんばかりに覆い被さる。
「おお、土魔法!あとで教えてもらうからね!」
しかしウイルヘルムはすでにそこにいなかった。
『履霜堅氷至』を足元に使ったウイルヘルムは氷の上を滑走して魔族に急接近した。
魔族の女は氷の滑走路もろとも地面を流砂に変え、ウイルヘルムを絡め取ろうとする。
すかさず地面に向けて空破掌を撃ち、その反動で飛び上がったウイルヘルムは、空破掌と金剛不壊の合わせ技『風神絶壁』で魔族の女を旋風の檻に閉じ込める。
「!!汝、同胞か!?」
ウイルヘルムの技を見て驚いた魔族の女は、魔族の共通語で問いかける。
ウイルヘルムは首を傾げる。
「魔族の言葉は分からないけどね。」
金切音のような轟きとともに、炭素で固めた拳が『風神絶壁』を突き破り、ウイルヘルムを襲う。
「なるほど、風の檻は牽制と索敵を同時にこなしているわけか!」
スリハンはウイルヘルムが岩の拳を避けた動きを見て驚嘆の念を露わにした。『風神絶壁』は敵のマナの動きに反応して掻き乱され、その乱れた部分は敵の攻撃の位置を予め示してくれる。
(魔族にも効くはずだが、もし効かなかったらそれはそれで面白い)
ウイルヘルムは魔族の女が開けた『風神絶壁』の穴に右手を入れて、魔族の女の左脇にそっと触れた。
点穴。彼女の体内に入った気は、血とマナの流れを滞らせる。
(しまった……でも、なにこれ……!)
魔族の女は体内に流れ込んだ異質な力に本能的な危機感を覚え、反射的に自分のマナを全身に巡らせた。侵入してきた“何か”を押し返すように、魔力の奔流をぶつける。
(おお……察知して反応した?やっぱり只者じゃないな)
ウイルヘルムは、彼女が点穴に対する対策を「知った上でやった」ものではないとすぐに見抜いた。これは理屈じゃない。動物的な勘と、極めて繊細なマナの制御の賜物だった。
前世の気功の攻防戦を再び体験出来たウイルヘルムは、思わず満面の笑顔になる。
(何この人急に笑い出して……コワッ!)
魔族の女は右手に炭素を集め、岩の棘を作ろうとするが……
ウイルヘルムが彼女の体内に送り込んだマナを急に引き抜いて、彼女が抵抗のために送ったマナが勝手にマナの循環を崩し、岩の棘は形成する前に霧散した。
(隙あり!)
ウイルヘルムは左手で彼女の右の脇下にそっと触れた。
彼女の両手が急にぶらんと垂れ下がった。右足の蹴り上げも、ウイルヘルムに触れる一歩手前で力が抜かれた。
「魔族にも通用してて良かった。これで腕は動けないし、魔法もスキルも使えないね。」
ウイルヘルムは、技の検証が出来たことで、無邪気な笑顔を浮かべた。
「では、ちょっと話に付き合ってもらうよ。」
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