上級職相談(ご利用は計画的に)

 自分を狙っているスパイをよそに、顔をヴェールで隠したウイルヘルムが受付に近づく。

「この二人のギルド加入及び転職相談をしたいです。スピードパス料含めて一括払いでお願いします。」

 レオンとタリンゴスを受付のデスクまで連れ、口調を普通のものに変えたウイルヘルムが受付に用件を述べた。スピードパスとは、追加料金を支払って順番を飛ばしてすぐに用件を受け付けるシステムだ。


 小ヴァイス領にいた頃、ウイルヘルムは元々転職条件などクラスについて勉強する予定だった。しかし総合戦闘講義を担当するルキウス・セルウィリウス・マクシムス師から、「上級職を凌駕する実力を有するようになってもクラスが発現しないことから、クラスは発現しないだろう」と判断された。それからスキル対策の訓練にのみ集中することになった。


 レオンとタリンゴスの入会費、転職相談、スピードバスなどの費用をウイルヘルムがこれからの仕事の経費として二人に代わって支払う。二人が前の仕事で得られた報酬の半分以上の金額だ。ギルドのスタッフがウイルヘルム一行を一つの会議室へと案内した。すでに上級職への転職を果たしているティージとポマニは、スパイと思わしき人物を見張るために応接室に残った。


「あの間者が余の金剛不壊の気を目で追っていたって?ということはスリハンも金剛不壊の気を察知出来るだろう?」会議室まで歩きながら、スリハンからスパイについての報告を聞いて、ウイルヘルムが逆に尋ねた。

「もちろん出来た。あの日、レオンに入れた撫でるような蹴りを見て、ああ、この人舐めプしてるなと思った。だから付け入る隙はあると判断して鞭を振るったら、コテンパンにやられた。」

 スリハンは何事もないように自分の失敗を振り返った。


「だからポマニも剣を構えただけで何もしなかったわけか。チッ、俺だけバカみてえじゃねえか。」とレオンが悪態をつく。


 ウィルヘルム一行が案内されたのは、ギルド本部の奥にある応接兼診断室だった。清掃の行き届いた室内には、既に一人の男が待機していた。


 年の頃は四十手前、整った口ひげに深い藍色のジャケット。肩の広さと立ち振る舞いから、ただの事務員ではないことが一目で分かる。重ねた革の書類ケースと、机上に整然と置かれた診断機器の数々が、その役職を物語っていた。二名の入会費、転職相談料、そしてスピードパス料をヴァイス信託銀行の手形で一括払いするクライエントはそうはいない。


 椅子から立ち上がった男は一礼してから名刺をウイルヘルムに渡した。


戦士ギルド ルーカン・メリゲイル

 上席特別顧問

 運営戦略参与

 専任認証官

 規約遵守指導役

 探索案件監査役

 武力行使活動監理官


「ようこそお越しくださいました。冒険者ギルド本部・適正開示部門、上席特別顧問のルーカン・メリゲイルと申します。」


 男はにこやかに立ち上がり、ウィルヘルムたちに一礼した。


「本日は《シュヴァルツ様》より、会員登録、上級職診断およびアドバイスを二名分、およびスピードパスの一括お申し込みを頂いております。誠にありがとうございます。当ギルドとしても、最優先でご案内させていただきます。」


 ルーカンは慣れた手つきで会議室に備え付けられた約2メートルの高さがある棚の戸を開けて、その中の装置を披露した。


 それは、木と真鍮、魔力導管と強化ガラスが美しく組み合わさった機械だった。中央には澄んだクリスタルボール、その下部に配された六つのマナ石が脈動している。周囲の金属フレームには魔術刻印が刻まれ、横には自動筆記型のタイプライターが取り付けられている。


「こちらの診断装置は、魔力傾向、魂質、戦闘経験、精神特性などを包括的に解析し、適性職の候補を算出するものです。ただのステータス計測とは一線を画す、極めて精度の高い分析が可能です。」


 少し誇らしげに装置へ視線を移し、ルーカンは一言付け加えた。


「ギルドとしても最大のスポンサー企業の一つである、最新魔導技術の先駆けツァンラートブルク社による開発品です。」


 ルーカンの案内に従い、レオンが水晶球に手を置くと、マナ石が明るく輝き、タイプライターがカタカタと自動で打鍵を始めた。紙送りローラーに差し込まれた紙に、次々と診断結果らしき文字列が記されていく。


 印字された紙を手に取ったルーカンは、一瞥した後、表情を変えずに読み上げた。


「……ふむ、マナ容量は十八万零九十二。《ランナー》としては極めて高い水準です。肉体的には非常に頑健。筋力は平均的、スピードは《ランナー》にしてはやや遅めですが、それでも常人以上。魔法適性に関しては……正直、かなり厳しい数値ですね。」


「……いつも魔法がうまく出なかったのは、やっぱ才能なかったんだな……」


「さらに興味深い点は、戦闘経験の豊富さ。現行のクラスである《ランナー》としては異常なほど多くの実戦経験を積んでいます。これだけの実戦データがありながら、未だ初級職であるというのは、非常に珍しいケースです。」


 ルーカンは紙の下部に視線を落としながら続けた。


「また、隠密行動、窃盗系スキル、交渉、取引、威圧といった、いわゆる『顔役』と『ローグ』としての素養も豊富です。ただし、全体的に技能が散っており、非戦闘職への分岐には適していません。言い換えれば、器用貧乏なまま成長してしまった、といった印象を受けます。」


「そ、そんなぁ……」


「そして、上級職への昇格に関してですが……残念ながら、従来の職業進化条件の多くを満たしておりません。」


「例えば?」とウィルヘルムが口を挟む。


「はい。例えば《ランナー》の正統転職先トラベラーになるには、砂漠地帯、雪原、深い森林といった各種環境を一定以上踏破する必要がありますが、どうやら都市圏から出た記録がほとんど見られません。また、魔法戦士系は攻撃魔法の使用実績が必須、そして武術系は、特殊武器の修練や精神鍛錬が求められますが、そういった指導歴も確認できません。」


「はは……そりゃそうだ。教えてくれる人なんていなかったし、金もねえし……ヌンチャクとか特殊武器なんて見たこともねえ……」


 レオンが頭を掻きながら苦笑する。


「では、五日以内に何か上級職に就ける可能性はありますか?」とウィルヘルムが尋ねた。


 ルーカンは一拍置き、言いにくそうに口を開く。


「……実は、一件だけ存在します……」

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