祠
雨人 咲(ウビト サキ)
第1話
『祠』
怪談において『祠』と聞くと、おどろおどろしくて、それでいて踏み入ってはならない神聖さがあり、人間にとっての不可侵な領域と言わんばかりに無言の圧力を放つ、凝縮された重みのある小さくて無骨なものを想像してしまう。しかし、現実には結構そこいらにあって、なんというか神社やお寺のミニチュアとでも言うような可愛らしい、『ちょこん』という表現がピッタリなものが多い。
時たま少し仰々しく可愛らしくはない大きさのものもあるが、やはり前述の想像に沿うようなものでは到底ない。
なのに何故私は大袈裟な想像をしてしまうのか、少し考えたことがある。
それはただの憶測というか私の想像の域を超えない程度の考察ではあるけれど、怪談における祠というものは、これから起こる恐怖体験や不可解な現象のスイッチであり、導火線なのだと思う。
全てはそこから始まり、背景や渦巻く闇はその祠の後ろに蠢いており、怪異も障られる物も祠というものを中心に話が進む。
もちろん例外もあるし、やはりテーマというか、その会談の要として登場する以上中心にならざるを得ないという前提もある。しかしごまんとある祠にまつわる怪談を俯瞰的に考えた時、何度も何度もあらゆる話のあらゆる角度で怪異の中心とされた『祠』という存在はそれだけに怪異や念が蓄積され、私の頭の中で歪にそして大きく成長していく。
そうして私の想像する祠は、強大で邪悪で、そして天災のように、人間ではどうしようもない厄災を振りまく諸悪の根源として君臨するようになった。
という考察だ。
ここまで長々と書いたものの、私の祠に対するイメージはあくまで怪談の中での話だ。
そして、怪談は基本的に全て作り話だと思っている。
だから私は現実で見かける祠に恐怖や畏怖の念を抱いたりはしない。
あくまで最初に述べた私の祠に対する想像というものは、怪談話を創作物として楽しむためのスパイスでしかない。
なのでこれからする話は私と同じような楽しみ方をして欲しい。つまりフィクションという前提を頭に入れておいて欲しい、という意味である。
それでは、前置きが長くなってしまったがこれから私の子どもの頃の不可思議な体験談を綴ろうと思う。
私が子どもの頃に流行った噂話がある。
それは子どもらしい突飛な迷信であり、信憑性などの話は埒外な他愛ないお祈りだ。
―――学校近くの祠に椿の種をお供えすると願いが叶う。
誰が言い出したのか、私は誰から聞いたのか、もうさっぱり覚えていないが確かそんな噂だった。
当時の曖昧な記憶なので自信はないけれど、確かに椿の種子だったはずだ。
その日はとても寒く、吸った空気が鼻腔と肺を刺すような乾燥していて冷たい気候だった。
友達のあやちゃんと遊ぶ約束をした私は自宅で彼女が来るのを待っていた。
程なくして彼女は冬の匂いを纏ってやってきて、暖かい部屋で一緒にゲームでもしようと思っていた私に開口一番
「種をお供えしに行こう」
と言った。
わざわざ寒い外へ、微塵も信じていない迷信を試しに行くのが心底嫌だった私は一応抵抗したが、やりたいと言えばやらねば済まない子どもらしい純粋さ、あるいは強引さに結局負けてしまい、しぶしぶ一緒に祠へと向かう事になった。
道中で、既に種子をいくつか用意していた準備のいい彼女からいくつかそれを渡されながら、一体なにをお願いするのかと聞いたが、はにかむような笑顔ではぐらかされ、最後まで教えてはくれなかった。
途中、彼女が目が痒いと擦っていた際にちらりと袖口から見えた手首あたりに真新しい痣があった気がするけど何も聞かなかった。
少なくとも、その痣の意味するところを当時の私は理解していなかったと思う。
過去に片親で寂しい思いをしていると、何気なく吐露した彼女の顔や、数ヶ月前に名字が変わった事、名字が変わってすぐは明るかった彼女の表情が時間と共に徐々に翳りを帯びていた事、それらの様々な事実が同じ場所に収斂し、ひとつの予見を示唆していたが、若干6、7歳の私には事実の紐付けをすることも、それをすることによって得られるものに価値を見出すこともできず、無雑さからくる自覚のなさで、単なる事象として見過ごすことしか出来なかったとも思う。
祠はどこにでもある神社のミニチュアみたいな建造物に申し訳程度の金属でできた貯金箱みたいな賽銭箱と鈴緒が付いていた。
既に至る隙間に無造作に置かれたままの種子が、祠の劣化具合と相まって、誰にも手入れされていない印象を受ける。
彼女は早速適当な場所に種子を置いて手を合わせた。願い事が沢山あるのか、それとも余程強く念じているのか、はたまたなんとなく気まずさを感じている私が勝手にそう感じただけなのか定かではないが、彼女の祈りは随分と長く感じた。
特に願い事がない上に曰くを信じてもいない私は所在なくまごついていたが、いつの間にか祈りを終えた彼女の含みある視線に促されて、せめて形だけでもやっておこうと漠然とした頭のまま彼女の真似をした。
仏壇の前や墓参りでこうやって手を合わせる時、毎回頭が真っ白になる。
別にパニックになるとかではなく、何となく雑念は消さねばならない気がする、といった曖昧な理由だ。
そもそも予てからの疑問だった。
いつの間にか手を合わすのが当たり前で、かといって手を合わせて何をするといったことは誰も教えてくれず、しかし皆神妙な顔で手を合わせて微動だにしないし、なぜかそうしなければならない。一体なんの時間なのか甚だ分からなかった。
さらに厄介なのが、だからといって全く関係の無いことを考えたり、雑念が入ってしまうとなんだか不謹慎な事をしているような、あやふやな罪悪感が湧いてしまう。
そういった色んな疑問や感情が脳内というパレットの上でないまぜになり、やがて一色になる感覚。
なので厳密には頭は真っ白ではなくのっぺりとした重くてくすんだ色だし、雑念も消えている訳でなく単に重なりすぎて見えなくなっているだけ。
例によって今回もそんな風に言いようのない感情を抱えたまま手を合わせた時、ふと思った。
はっきりと輪郭を保っているような思考ではないので『思った』という表現が合っているか分からないが、強いて言葉にするならば
「彼女の願いが叶いますように」
そんなふうに願った。
一瞬でも。
それが何を意味するかは分からないし、なぜそう祈ったのかその時の自分の心情すら分からない。ただ、彼女の祈りの成就を概念的に願ったことだけは確かだ。
次の日、彼女は学校に来なかった。正確に言えば次の日『から』彼女は学校に来なかった。
先生から転校したとの情報だけ得られたが、それ以外の事は何も分からずじまいだった。
当時の私は彼女の転校に対し何を思っただろうか。今となってはもはや思い出す術もないが、案外なにも考えていなかったかもしれない。
大人になった今の私の頭で考えれば不穏な推察は十二分にできるかもしれないが、答えの知りようがないことを考えたとて全て邪推だろうと思う。
だけど。
だけどひとつだけ、この話を数十年経った今でも思い出す原因であるほどに気がかりなことがある。
彼女の転校の原因は私のせいではないだろうか。
彼女がもし、叶うわけもないと思い、思ったが故に浅はかな願いを祈っていたら。そんな願いを私が祠に確約させてしまっていたら。
まぁ、ただの妄想に過ぎない。
私は心霊やオカルトなぞ信じないし、そんなことあるわけがないのだ。きっと。
だからこの話はあくまでフィクションとして楽しんでほしい。決して信じないでほしい。
でなければ、この話が真実だとして、一体私は彼女に対して何をしてしまったというのか。
あの時私は『何』に対して祈り、『何』が願いを叶えたというのか。
祠 雨人 咲(ウビト サキ) @satohkibi
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