宇宙刑事バーン【序章読切】

夏目勘太郎

第0話 悪の秘密結社

 とある人里離れた山奥に、土や草で巧妙に隠された秘密の洞窟があった。

 その地下へと続く階段を下ると、明らかに人工的な鋼鉄の基地へとたどりつく。

 何を隠そう、そこは世界征服を狙う悪の秘密結社『スパイウェア』の秘密基地なのだ。

 基地の最奥には、何故か壁に埋め込まれた怪物のような顔をした異形のレリーフがある。

 結社の幹部達はそのレリーフからボスの指示を仰ぎ、世界を征服するための作戦の様々な内容を決議する。

 そして今日もまた、幹部達はボスの前に集合し、今後の活動内容についての会議を開いていた。


「我らを邪魔するあの忌々しい男は一体何なのだ!」


 スパム大佐がテーブルを叩き、誰に言うでもなく激高した。

 いかにも自分は軍人だとでも言いたげな、黒地に金色の縁があしらわれた軍服を身に纏っている。

 片目にはアイパッチ、口には大きなパイプを咥えた中年の男性だ。

 もしスーツを着ていたら紳士に見えたかもしれないが、傍目から見れば軍人というよりは軍服マニアのおっさんにしか見えない。

 ここではあえて突っ込まないことにするとして……そのスパム大佐がパイプを噛み砕くような勢いで苦渋に拳を握っていた。


「落ち着け、大佐。

 奴のことだが我の情報網でも詳しい事が分からぬ。

 ただ、大佐の持ってきた戦闘記録を分析すると、どうやら我々の存在に以前から気付いていたようだな」


 幹部達のリーダーであり、ボスの頭脳・結社の軍師とも言われるウィルス元帥は、感情を起伏させないしゃがれた声で言った。

 どこかのアニメで見るような魔術師然とした大きなローブを身に纏い、その顔はフードで半分以上隠されている。

 しかしフードに隠れた闇の中には、ギラリと光る怪しげな双眸が隠されている。

 数少ない露出部分である手は皺枯れており、しゃがれた声と併せて考えると、元帥はかなりの老齢であることが見て取れる。


「ケケケ、大佐も寄る年波には勝てませんなあ。

 あのようなどこの馬の骨と知れぬ者を前に敗走するとは」


 そう言ったのはワーム師団長だ。

 その体躯は他の面々に比べて二倍近い大きさであり、四肢は存在するものの、どこからどう見ても人間には見えなかった。

 ひと言で表せばそれは爬虫類人間と表現するのが一番近い。

 体表の半分近くを濃緑の鱗に覆われ、横に裂けた口からズラリと凶悪な歯が並んでいる。

 さらにその奥からは蛇のような不気味な舌が時折顔を覗かせていた。

 ワーム師団長の言葉にスパム大佐が立ち上がり何かを言い返そうとしたが、それをウィルス元帥が手を出して抑える。


「ワーム師団長、冗談としては面白くありませんな。

 奴が何者かは分からぬが、少なくとも我々の戦闘員どもでは全く歯が立たなかった程の力を持つのだ。

 我はひとまず小競り合いを繰り返しながら様子を見るのが得策かと思う」


 横から野太い声を出し、ワーム師団長をたしなめたのはブラクラ将軍だった。

 重そうな闇紫の全身鎧を身に纏った暗黒騎士は、鎧の隙間のどこを覗いても深い闇しか見えない。

 本当に中身が存在するのかどうかも定かではない。

 ボスが生み出した怨霊騎士という噂もあるが、下手にボスを詮索すると命の保障が無いので、そこに触れないでおくことが幹部達の中では暗黙の了解となっていた。


「何を言われる将軍。我らがコケにされたのだ。

 この屈辱、今すぐにでも晴らすべきだ!」


 ブラクラ将軍の言葉に、立ち上がって声を荒げるのは幹部の中でも新参者であるニムダ女史だ。

 どこかで売っているのか、それともオーダーメイドなのかは分からないが、どちらにしてもそれを購入するのはとても恥ずかしい肌の露出が多いボンテージファッションと、それを申し訳程度に包む軽装の鎧を着けている。

 肩のパーツと胸のパーツの先端のトゲトゲには何か意味があるのかは分からないが、そういうファッションをしている女性にありがちな黒い革の鞭を、やはり手にしていた。

 さらに長く下げたストレートの黒髪に、ラメ入りの紫色のアイシャドウと口紅という実に典型的で基本に忠実な悪の組織の女幹部ファッションをしていた。


「ニムダ、発言ならもう少し静かにしてくれ。

 大声を出さなくても十分聞こえる」


 噴煙立ち込める議場を、涼風のように落ち着いた声で沈めたのは、ボスの切り札と言われているサー・トロイであった。

 ニムダ女史は感情的になった自分に気が付いたのか、小さく咳払いをして改めて席に座る。

 実はニムダ女史は、密かにサー・トロイに想いを寄せているという、どこかで見たような設定があるのだが……それは別の話としておこう。


『皆の意見は分かった。

 ウィルス、まずは奴の分析結果を皆に伝えよ』


 ウィルス元帥の背後にある怪物の顔をしたレリーフが目を光らせ、機械的な声を発した。


「ははっ」


 その声に振り向き、ウィルス元帥は恭しく一礼をする。

 声の主はボスなのだ。

 神秘性を出すためなのか、単に安全圏に居たいだけなのかは分からないが、ボスの存在はその怪物のような顔をしたレリーフから出る声だけが証明するのみ。

 現実にボスの姿を見たものは誰も居ないと言われている。

 しかしその威圧感と力は絶大であり、誰もボスに逆らうことは出来ない。


「皆、モニターを見てくれ」


 ウィルス元帥の言葉に、幹部達はモニターに注目した。

 そこには精密機械を思わせるメタルボディに身を包んだ銀色の戦士が戦闘員達を千切っては投げ千切っては投げしているところだった。

 全身を戦闘マシーン型スーツで覆っているのか、その銀色の戦士の身長は、通常の人間とさして変わりない。


「大佐の持ち帰った戦闘記録では、奴は自分を『宇宙刑事バーン』と名乗っておる」

「宇宙刑事……なんだそれは?」


 ニムダ女史は眉を顰めた。

 それもそのはず。

 ニムダ女史をはじめ、幹部達のほとんどは宇宙に出たことはおろか、地球外生物と出会ったことすらない。

 つまり彼女らにとって宇宙は自分と関わりのないものなのだ。

 と、そこでニムダ女史は壁に設置されているボスの声を発するレリーフを見た。

 自分達に関係が無ければ、もしやボスが…… と思ったが、一瞬怪物の目が光ったような気がして、あわてて目をモニターに戻した。

 モニターでは、その宇宙刑事バーンが腰から筒状のものを取り出し、そこから光の刀身を生み出してスパム大佐の教鞭を斬り裂いたところだった。

 そこで形勢悪しと悟ったスパム大佐は、パイプから得意の毒ガスを噴出し、それを煙幕代わりにして残りの戦闘員を率いて撤退した。

 引き際として適切な判断とは思うが、まだ新参者で血気にはやるニムダ女史にしてみれば、戦略的撤退とはいえ自軍の敗走を見て良い気はしなかった。


「――以上だ。

 確かに我らは一度奴を前に撤退せざるを得なかったが、こちらとて本腰を入れていたわけではない。

 そこいらの人間など戦闘員共だけでどうとでもなると考えておったからな。

 このような奴の出現は想定外だった……が、だからと言って予想していなかったわけではない」


 ウィルス大佐は、そういってニヤリと口端を歪めた。

 その言葉にサー・トロイが鷹揚に顔を上げる。


「あの実験が成功したのか?」


 サー・トロイの言葉にウィルス元帥は静かに頷き、その存在すら知らなかった皆に説明する。

 ウィルス元帥が行っていた実験とは『強化型特殊戦闘員』の開発実験である。

 今回のような事態を予想し、戦闘員の強化方法を模索していたのだ。

 そして大量生産は難しいものの、かなり幹部に近い戦闘能力を持つ特殊戦闘員の開発に成功していた。


「ほう、それはどのような戦闘員なのですかな?」


 スパム大佐が興味を示し、姿勢を直してパイプをふかした。

 ウィルス元帥は頷き、説明を続けた。

 今までの戦闘員を別の生物と融合させ、その特長を生かした特殊戦闘員……そう、言うなれば『怪人』を生み出す技術だった。

 ただし若干知能が低いのが難点だが、その戦闘力たるや、今までの戦闘員とは比較にならないほどの力を持っているのだ。


「なるほど、それは興味深い」


 ブラクラ将軍が無機質な声で興味を示す言葉を紡ぎ、闇紫の兜が頷いていた。


「宇宙刑事バーンとやらの力量を今回の記録だけで判別するのは難しいが、しかしいかに奴が強かろうとも怪人となった戦闘員達を使えばどうにでも出来よう」


 フードに覆われているウィルス元帥の表情が少しだけ笑ったように見えた。

 他の幹部もそれぞれ考えはあるようだが、どうやら特殊戦闘員の導入に異論は無いようである。


『ウィルスよ。その特殊戦闘員どもを増やし、我が野望の糧とせよ』


 怪物のような顔をしたレリーフの目が怪しく輝き、そこから発せられる声にウィルス元帥は再び恭しく一礼をした。


「ははっ。特殊戦闘員を使い、必ずや奴を倒してご覧に入れます」


 そして幹部全員が席を立ち、ウィルス元帥に続いてボスの声を発するレリーフに一礼する。


『皆らの働きに期待している』


 そう言うと怪物の目の光は消え、その顔はただのレリーフとなった。

 ここから悪の秘密結社スパイウェアと宇宙刑事バーンとの長き戦いが始まるとは、この時はまだ誰も予想していなかった。




 -続く?-

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