第2話 彼女はアンテナ人間 送信型
永田 ミコ
彼女の声は”よく”聞こえる。
登校してきた生徒がガヤガヤと音をたて話している朝のホームルーム前にも関わらず。
彼女はすごい。
まずめちゃくちゃ可愛い。いや美しいというべきかもしれない。
一年にして陸上部の実質的なエースであるミコは無駄が削ぎ落とされつつも女子らしいボディラインをキープし肌は健康的に焼けている。彼女が出る大会には規模によらず観客が押し寄せる。熱狂的な視線やカメラを向けるのは彼らが陸上好き以上の気持ちを持っていることがわかる。しかしそんな彼らも彼女の笑顔には敵わない。キリッとした眉に大きな瞳、尖った鼻はタカを思わせる。最初は威圧感を感じるかもしれないが一度微笑むのを見ればその思いはギャップ萌えで氷解し陸上通いの仲間入りだ。
そんな彼女が僕の耳元にからかうような甘い声を囁く。
『無視はひどいな〜。せっかく挨拶してるのに〜』
返事はしない。
たとえ返事をしたとしても僕の声は彼女には届くことがないからだ。
ミコは世間で言うところの美少女であり
1万人に1人と言われているアンテナ人間であり女性では珍しい送信型なのだ。
送信型は自分の考えを相手に送ることができる。
これは受け取る人がアンテナ人間でなかったとしても多少ノイズが走る程度なので問題はない。
僕が教室の左前の席なのに対し、彼女は対極の右端、ドア前の席だ。
先ほどの挨拶は送信型であるミコからすればなんて事のない距離だが、
受信型である僕からすればかなりハードルが高い距離だ。
しかも彼女はドアの付近で友達同士談笑をしている。
彼女の言葉通り返事をしようとすれば普通の人間と一緒で
大声で返事をするか彼女の元まで行って返事をしなければいけない。
どちらにしろアンテナ人間であると言う事以外一般的な人間の僕にとっては難しい。
それに彼女はそもそも返事を求めていない。
ただ僕をからかって楽しんでいるだけだ。
普通近くの人から挨拶をされればそちらを向いて返事をするだろう。
しかし彼女はその場にはおらず少し離れた場所で談笑している。
そうすると僕は誰もいないもしくは近くにいた人に突然挨拶をする人間となった。
その結果として僕の存在はアンテナ人間とか以前に変な人として注目を浴びることとなった。またミコが王子とはやしたてられるなか名前やアンテナ人間 受信型、つまり彼女の対の存在としてヒメと呼ばれるようになった。
激動の半年だった。
思い描いていた中学校生活とはかけ離れている。
もちろん無視されたり差別を受けたりしたいわけではない。
ただ何が起きても良いように肩に力を入れっぱなしだった。
しかし明日からは夏休み。
夏季教室というのが幾日かあるらしいが関係ない。
毎日のようにからかってくる同級生や永田ミコと1ヶ月近く距離を置けると言うこともあり待ち遠しくて仕方がなかった。
先生から出される大量の夏休みの宿題に対するブーイングも
僕にとっては夏の訪れを告げるファンファーレだ。
夏休みに向けた心構えも程々に帰りのホームルームが終わる。
では帰ろう!!
カバンの紐を緊張から解放された肩にかけ
教室後方のドアへと行き意気揚々と向かう。
「ヒメ帰るのストップ。ちょっと話あるんだけど」
柔らかな感触が柔らかな方へと沈み込む。
いつもとは違う情報の伝達。
安息の夏休みを待ち遠しにしていた山田 キサキにとって
不吉の予兆以外の何者でもなかった。
僕はアンテナ人間 受信型 @baibaisan
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