第7話 神に弄ばれた女。
「逆に聞くけど、なんで死のうとしたん?」
「急にフランクな喋り方!?」
「いやなんかもう面倒になって……で、なんで?」
その問いに、女性は少し考え込み……ゆっくりと口を開く。
「わたしは、神様に弄ばれたんです」
――――――……んんーー??
ミミィは心の中で大きく首をかしげる。実際に体も少し傾いていたかもしれない。
それは――――どっちの意味なんだろう?
なにか不幸な運命や不運に見舞われたことを、「神に弄ばれた」と表現してるだけの可能性もあるけど……実際に弄ばれた可能性も捨てきれない。
気まぐれに人間と接触を持ち、恋愛関係にまで発展してしまう神も少なからずいる。
もし本当にそういう意味で弄ばれて、捨てられて、その結果自殺を選んだのだとしたら―――――それをマズいと思った神が、依頼という形で死なせないように私たち女神に命令を出したのだとしたら―――――
「……ぶっとばしてぇ……!」
制裁という名の暴力への渇望を思わず口に出すミミィ。
そもそも人間の女性に手を出すこと自体気に食わない。
神は奇跡の力で、人間界に降りる時の仮の肉体は外見を自由に変えることが出来るので、相手の好みど真ん中の容姿になることも出来る。中身がおっさんの神だとしても、だ。
さらに言えば心も読めるから相手の望む行動をとることも出来るし、いざとなれば心を操る事さえできる。
つまり、神がちょっとした遊びで手を出す相手として人間の女性は簡単に落とせる都合の良い存在なのだ。
しかもそれは別に禁止されてはいない。
倫理的によろしくないとはされているが、明確に禁止されているのは子を成す事だけなので、避妊さえしてしまえば交わる事は禁じられていない。
それもまたミミィとしてはムカついている部分なのだが、ルールを決めているのは男性の神たちなので、そこは残しておきたいのだろう。
どんな世界でも、ルールを作る人間にとって都合のいいようになっているのだ、この世の中は。
そのうえで、トラブルになったら尻ぬぐいを私達女神にさせようっての!?なにそれマジでクソ過ぎる。
ミミィの心の声も乱暴な口調になろうというもので、怒りが込み上げてきた。
しかし、だとすればなおさら、癪な話ではあるけれどこの女性を死なせるわけにはいかない。
そんなことで命を落とすなんて、あまりにも不条理が過ぎるじゃないか。
しかしその前に、しっかりと内容を確認せねばならない。
「なるほど……具体的には、何が起こったのですか?」
何が起きたのかわからないと、説得……神託をするにしても方向性が分からない。
「――――すいません、女神様相手とは言え、詳しいことを言うのはちょっと……思い出したくない事も多くて……」
そんな悲しそうな顔をそう言われたら、中々追求しづらい……。
「そんなに細かく言わなくてもいいから、なにかこう……大まかにこういう方向性だよー、って……それくらいならどう?」
少しの時間、迷いを見せていた女性だが、少しずつ語り始めた。
きっと、胸の内を吐き出したし気持ちもどこかにあったのだろう。
「簡単に言うとその……恋愛のトラブル……ですね」
「……なるほど」
まだわからない。
普通に人間同士の恋愛トラブルでもこういう悲劇的な展開はあり得る話だ。
「その人とは、幼いころからの幼馴染で……」
……となると、神様ではないかな?
「でも不思議なんですよね……子供の頃に一緒に居た記憶はあるのに、何をして遊んだのかはイマイチ思い出せないんです」
じゃあそれ神様だわ。
記憶を改ざんして幼馴染ということで近づきやすくするという卑劣なやり方。それはもう神様に違いないわ。
「彼とは同じ会社に就職して、そこで再会したんです。一緒に働いていくうちに少しずつ関係が深まっていって……」
……じゃあ神様と違うかー。
神様はわざわざ一人の女性を落とすために会社に就職なんてしないし、一緒に働くような面倒なことしないもんね。
「彼、凄いんですよ。普通の人なら不可能なくらいの成果をどんどん上げて、会社の中でも注目の存在だったんです!」
それはもう神様だわ。
戯れに人間社会に入り込んで、神の力でチヤホヤされるのアイツら大好きだもん。それだわ、神様だわ。
「でも彼には奥様が居たんです……だから、わたしは彼を好きだったけど……無理かなぁって思ってて……」
ほな神様と違うかー。
わざわざ既婚者を装う必要性が無いもんね。
「でも彼は私の事好きって言ってくれて、奥様とも別れるって……それを聞いて、わたしなんか……凄く、ゾクゾクしてしまって……!わたしって、略奪愛とかに憧れ合ったんだ!って」
それはもう神様だわ!!
あいつら心読んで、相手が一番惹かれるシチュエーションとかやるし!!この子にとってはそれが略奪愛だったんだわ!
「なのに、彼はある日忽然と消えてしまったんです……周りの人に聞いても、そんな人居たかなぁ……ってみんな……わたし信じられなくて、ショックで……こんなのって神様の悪戯過ぎます!!わたしはいったい、何に恋をして、何に心と時間と体を捧げたんだろう……って考えたら怖くて……!衝動的に死にたくなってしまったんです……」
絶対神様じゃねぇか!!!
マジぶっ殺す!!!
いつか絶対に突き止めてぶっ殺す!!!
つーかちゃんと責任取ってこの子の記憶も消しなさいよ!!!どうせ適当に記憶操作したけど、想いの強さとか、いろいろ証拠が残ってたりして記憶が呼び起こされたんでしょ!!
いやー、これはもう死だわ。
死、あるのみだわ。
神は死んだ!!私が殺す!!
……よし、神殺しはもう決定事項として、あとはこの子を助けよう。
記憶を消しちゃえば簡単なんだけど……また復活する可能性もあるしなぁ……どうしたものか。
―――――よし、とりあえず説得してみるか。
「……なるほど、事情はわかりました……けれど人間よ……その相手は、本当にあなたが命を捨てるだけの価値がある存在でしたか?」
ミミィのその言葉に、女性は感情を昂らせる。
「なによ!!あなたに彼の何がわかるって言うの!?わたしにとって彼は、本当に運命の人だって、そう信じられる人だったのよ!」
ああー、ヒステリックなタイプだー。面倒くせぇーーとは思いつつ顔には出さないミミィ。
「でも、何も言わずに居なくなったのでしょう?そんな相手の為に命を捨てるのですか?」
「それは……きっと何か事情があるのよ!そう、そうよ、何か事件に巻き込まれたのかもしれない!そうよ、そうに違いないわ!」
思い込みも激しいタイプだー……さっきまで神に弄ばれたとか言ってたじゃん。今度は事件なの?
こういうシチュエーションに酔うタイプは自分の都合のいいように物事を正当化するから――――――……あ。
そこまで考えて、ふと名案……のようなものが浮かぶミミィ。
一瞬見せたのは……とても悪い笑顔でした。
「―――なるほど、そうかもしれませんね……彼は、今でもどこかであなたの助けを待っているのかもしれません」
「――――やっぱりそう思いますか!?」
肯定してあげることで、バッ……と目に鈍い光が宿る女性。
おそらく彼の事を周囲の人間に話しても、誰も肯定はしてくれなかったのだろう。当然だ、おそらく痕跡を消しているので、周囲の人間からすればその彼氏が居たという話すら信じてはもらえないだろうし、その人が急に消えたとか、周りも覚えてないとか、そうなるともうオカルトか妄想、もしくは精神を病んでいるという評価になるだろう。
「肯定」は、今の彼女にとっては、麻薬だ。
「ええ、思います……であれば、あなたはやはり命を捨てるべきではない……周りが皆 彼の事を忘れてしまったのだとしたら―――――彼を助けられるのは、あなただけです」
その瞬間、女性の中を駆け巡るどす黒い快楽。
自分だけが、彼にしてあげられること。
自分だけが、気づいてあげられる。
自分だけが――――――
恋に心を奪われて命を捨てるまでにのめり込む人間にとって、彼にとって自分が特別な存在であるというその高揚感、優越感、それは「生きる理由」というあまりにも充分過ぎた。
「そう、そうよね、そうだわ!!彼を助けなきゃ!!わたし、わたしが―――!!」
ちょっと自分の言葉が効きすぎてるなとミミィが思った時にはもう遅い、今更否定したらそれこそ面倒なことになる。
この方向で突っ走るしかない!!
「―――そうです、あなたには使命があるのです。彼だけでなく、出会う人たちを助け続けると、いつか辿り着けるでしょう。あなたの望む地へ―――」
ミミィに課された依頼は、彼女が生き続けるようにすること。
その方向性までは指示されてない。
つまり、彼女に生きる意味を与えればそれで良いのだ。
「……女神様……!!ありがとうございます……!でも、わたしに出来るでしょうか……」
気持ちは前向きになってきているようだが、不安が足かせになって一押しが足りない。
こうなれば―――
「あなたならできます。……けれど、言葉だけでそう言っても信じて貰えないでしょう。ですから―――あなたに、力を授けましょう――――」
ミミィが手をかざすと、そこから光が放たれて、女性の全身を包み込む。
「こ、これはいったいなんですか女神様?」
「今、あなたに特別な力を授けました……人を助ける為にきっと役立つでしょう」
「と、特別な力……?わたしに?それは、どんな力ですか?」
自分を包む光に戸惑いつつも、内心興奮を隠せないのが女性の表情から見て取れる。
「それは、あなたが多くの人を助けていけばきっと明らかになるでしょう……では、私はこれで……」
「えっ、ちょっ……待ってください!いったいどんな能力なんですか!?」
「人を助けるのに役立つ能力――――とだけ言っておきましょう。励んでください。その先にきっと――――」
ミミィは少しずつ距離を離していき、建物の外へ出た瞬間に上空へと昇り始める。
「ちょっと!女神さまー!ちょっとー!!」
叫ぶ女性を無視して、ふわふわと空へ。
女性が助走をつけてジャンプして掴もうとしてきたので、慌てて少しだけ速度を上げて空へ。
「あっ!届かない!ジャンプ力じゃないんだ!役立つ能力、ジャンプ力じゃないんだ!」
むしろなぜジャンプ力だと思った……?
ジャンプ力で出来る人助けなんて限られてるよ!
とツッコミたい気持ちをグッとこらえて、神秘性を大事にちょっとした奇跡でキラキラと光をまといつつ、ついでに羽を一枚ひらりと落とす。
背中の羽はあくまでも見栄えだけの物なので羽が落ちたりしたいので、奇跡で生み出した鳥の羽だ。
別に落とさなくても良いのだけれど、これがある事で夢とかじゃなくて本当にあったことだ、という気持ちになって貰えれば儲けもの。
何かを成すまで死ねないな、という気持ちが芽生える確率をわずかでも上げておこう、という策略なのだ。
来た時と同じ上空の扉にゆっくりと入り……入り……?
ドア閉まってる……!!
考えてみたら当然だけどドア閉まってる……!
多少の気まずさを感じつつも、ドアを開ける。
くっ、こっちが外だから、開ける時は手前に引っ張らないとだめだ!
せめて奥に開くなら気づかれない可能性もあったのに!思いっきりドアが下からも見える!失われる神秘性!!!
とは言え開けなければ帰れないので、もうしれっと、当然ですけどね?みたいな態度でドアを開けて、スーッとドアの中に入り……手だけ伸ばしてドアの取っ手を掴み、バタン!と勢い良く閉めた。
もうなんか恥ずかしさもあって女性の顔を見ることが出来なかったミミィだが、ともかくこれにて信託の仕事は一段落したのだった。
ミミィの居なくなった上空を見つめていた女性は、二度ほど大きく首を捻り、
「なんだったんだろう……」
と呟きつつも帰路に就いた。
どうやら死ぬ気は失ったらしいので、この依頼は成功……ということで良いのだろう、きっと。
たぶん。そうであれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます