第8話 それは幸せの味。
「おかえりー」
ミミィが帰宅すると、レリアが凄いジャンプ力で抱きついてくる。
「ふんぬっ!」
そのままだと後ろに倒れそうになるところを持前の体幹で耐え……られず結局倒れるミミィ。
鍛えてないのに体幹がしっかりしてる訳が無いのです。
しかしギリギリ残っていた浮遊の奇跡によって、地面に頭を叩きつけるのだけは何とか回避できたようです。
「こらー、危ないでしょー」
「ごーめん」
お腹の辺りに頭をスリスリするレリアを軽く然りつつも頭を撫でるミミィ。
レリアが猫だったら喉がグルグル鳴ってるし、犬だったら尻尾がぶんぶん振れている事だろう。
「疲れたー、とりあえずなんか食べたーい」
「あっ、ねえねえ、見て。見て」
ぱぁっ!と顔を上げて起き上がり、ミミィの手を引いて引っ張るレリア。
「なになに?どうしたの?……ってこれ!!」
部屋の机の上には、お店で出てくるようなパンケーキがそびえ立っていた。
とは言っても5センチほどの高さの円柱形のパンケーキが2つ重なってるのだけなので、「そびえ立つ」は多少大げさな表現ではあるのだけれど、ミミィからしたらそれはもう神々しさすら感じてそびえ立っているように見えたのだ。
「これねー……作った!!」
「作った!?!?これを!?!?」
どう見ても買って来たとしか思えないこれを……作った!?
近づいてじっくりと見つめると良い匂いが漂ってきて空腹を刺激する。
「座って、座って」
机の前に座ると、よりパンケーキが高くそびえ立っているように見えて感動すらしてしまう。
パタパタと一度キッチンへと行ったレリアが戻ってくると、トレイの上にいろいろと乗せて戻って来た。
「はい、では――――まずはこうー!!」
パンケーキの上に、四角く切られたバターが乗せられる。
これはもう、ティアラを被った姫である。
「う、美しい……!!」
思わず声が漏れるミミィ。同時にお腹がくぅと鳴る。
「そこへさらにどーん!」
ティアラの上から、金色に輝くとろりとしたヴェールのようなハチミツ。
「はわわわわわわわ!!!」
甘い匂いに脳がとろけそう!!
「さらにどどどーん!!」
続いてマイナスイオンを伴う滝のように降り注ぐシロップ。
パンケーキ、バター、ハチミツ、シロップ―――――すべてが混然一体となったそれはもはや快楽発生装置である。
「はい、どうぞー」
最後に手渡されたのは、ナイフとフォーク……ミミィは震える手でそれを受け取ると、声にならない声で囁く。
「……これ、食べていいの?許される?許されるやつ?」
「―――許します!」
かつて無いほどのドヤ顔でそう言い放つレリアの声に、涙すら出そうになったミミィは、ゆっくりとパンケーキにナイフを入れる。
「やわらかい……!」
初めて人をダメにするクッションに触った時とだいたい同じ感動を覚えつつ、一口サイズに切り分けて、もう一度レリアに視線を送ると慈愛の表情で頷きを貰ったので、ミミィは心してそれを口へと運ぶ。
「ふわあああああ……!」
口の中いっぱいに広がる甘みと、香ばしいパンの焼けた匂い。
そしてなによりも――――
「何この食感……!ふわっふわ……ふわっふわなんだけど……!!」
口の中に入れた途端にとろけるようなふわふわの触感でありつつ、噛むとわずかな弾力があり心地よく、さらに内部に浸みたバターとハチミツがじゅわりと湧き出してくる。
これはもはや甘さではない。幸せだ。
口の中に幸せが溢れてくる……!!
「どう?どう?……どうかな?」
ウキウキしつつも少しの心配を込めて問いかけるレリアを安心させるように、ミミィは心からの笑顔を見せる。
「めっっっっっっっっちゃめちゃに美味しい!!なにこれ!なにこれ!いつの間に!?」
その言葉に微塵も嘘を感じなかったので、レリアは一安心と同時に再び渾身のドヤ顔を返した。
「えへへー、良かった。ほら、この前ドーナツ作るのにベーキングパウダーとか買ったでしょ?あれ他にも何か使えないかなー、って検索したら出てきたから、作ってみちゃったー」
「天才……いや、てんしゃい!てんしゃいレリちゃん!!」
全力でハグするミミィと、さらにドヤ顔になり鼻を膨らませるレリア。
「いやさー、ミミィがお仕事頑張ってるから、帰って来たら美味しいもの食べさせてあげたいなーって……思っちゃったんだー」
「てんしゃいの上にやしゃちぃ!!てんしゃいやしゃちぃ!!」
天才で優しい、と言いたいらしいがもはや言葉として成立するギリギリなくらいに感情が高ぶっている。
「えへへー、よーしよーし。いっぱい食べてねー」
いつもとは逆にレリアが甘やかす側に回る。
二人の関係性はたまに逆転する事があり、だからこそ二人の関係は決して上下ではなく対等なままずっと一緒に居られるのだろう。
「ううー、嬉しいよー、美味しいよー」
ほぼ泣きながらパンケーキを食べ進めるミミィの横で、なにやらモゾモゾとしているレリア。
それに気づいたミミィは、(もっと褒めて欲しいのかな……?)と思ったが、どうにも様子が違う気がした。
しばし考えてみたが特に何も浮かばなかったので、思い切って直接質問してみる。
「―――どしたのレリア?何か言いたいことでもあるの?」
その問いに、身体をビクッとさせてさらに体をモジモジさせつつ視線が意味無く左右に動く。
それでピンと来た。
ははぁ……これは何かお願い事をしたいんだな……?
なるほど、わざわざお菓子を作っていたのも、私の機嫌を取る為か?
もちろん、先ほど告げられた優しさが全く嘘だとは思わないけど、そういう意味もあるのだろう。
だからって別にそれでがっかりしたりはしない。むしろ可愛さすらある。
親になにかをねだりたい子供が進んでお手伝いをしたり勉強したり肩叩きをしたりするのと変わらない、可愛いものだ。
「なぁに?言いたいことがあるなら言っていいわよ?」
「うん、あの……あのね?あのね?」
目を伏せて、何度も手を握ったり開いたりしつつ、緊張してる様子のレリアだが、大きな深呼吸を何度か繰り返した後、覚悟完了の表情で口を開いた。
「あのね、ミミィ――――――アタシ……新しいオーブンが欲しいの!!」
その、考えてもいなかった言葉に、ミミィは全然理解できなかったけど、一言こう返した。
「――――――なるほどね?」
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